2 伝説の怪魚

 ビヨン。
 矢文に挑戦しはじめてから三日目、エイブリアノスはまだ矢を放つことができないでいた。三人が宿泊している部屋、襖の隙間から光が漏れ、賑やかな声も聞こえる。そんな中、自分だけが鼻水を垂らしながら必死に矢をいじっていることが情けなくなってきた。
 ビヨン。
 そして遂に痺れを切らした。
 「うぴぃっ!」
 奇怪な声を上げて、エイブリアノスは矢を掴むと力任せにぶん投げた。
 ダンッ!!
 「ありゃぁ?」
 なんと矢は、まさに彼が狙っていた部屋の前の縁側に突き刺さったのである。エイブリアノスは何となく世の中の理不尽さを感じた。
 「なにかしら___あら?」
 襖が開き、浴衣に丹前のフローラが顔を出した。足下に刺さっている矢を見つける。
 「これは矢文ですね、手紙が着いていますよ。」
 棕櫚は矢から手紙を外し、慎重に開いた。厨房の屋根の上ではエイブリアノスがドキドキしてその様子を見ていた。
 「なんて書いてある?」
 ライが棕櫚の背中から覗き込んで顔をしかめた。
 「汚い字〜。」
 エイブリアノスが腹を立てていたことは言うまでもない。
 「でもなんとか読めますよ。えーっと、大地のリングの場所おしえり?教えるかな?んで、この図です。」
 棕櫚はフローラに図を見せた。フローラは思わず苦笑い。何しろその図というのが、山の絵が描いてあって、そこに打点して洞窟と記され、少し離れたところにソードルセイドと書いてあるだけ。何がなにやら___
 「この位置からいくとフリスト山脈の麓だってことはまあ何とか分かるわ___」
 「でも山は広いよ。雪だって一杯だし、探せないよ。」
 「しかし大地のリングの話を持ち出されて捨て置くわけにもいきません。何しろこれは、皆さんでさえ在処を知らない最後のリングでしょう?」
 「そうそう、順番からいったら僕がつけるの。」
 そんな順番あったかしら?と思うフローラ。
 「どうです?この手紙は明らかに誘いですし、きっとこれを放った奴はまだ近くにいます。一芝居うってみましょう。」
 そして。
 「なんだか知らないけど、こんな汚い絵じゃ訳わかんないよ。」
 「これじゃあ行きたくても、行けないわね。」
 「もう少しまともな絵を描いて送ってきてほしいものですね。あれではちり紙にもならない。」
 ライが矢を抜き取り、三人はわざと声を大にして言いたいことを言った。
 「ねえそんなことより温泉温泉。もうお客さんは入らない時間だし、混浴しようよ混浴!」
 「それ本気で言ってない___?」
 三人は部屋に戻って襖を閉めた。
 「ぬぅぅぅぅ!汚いだとぉ?俺の力作を___おのれぇ___だぁぁぁ!手が悴んで書けねぇ!」
 エイブリアノスは苛々しながら泣く泣く撤収していった。
 「効果あったかな?」
 部屋の中でライはクスクス笑っていた。
 「いずれ分かりますよ。それよりもフローラさん、混浴どうします?」
 「もう!棕櫚くんまで___!」
 さて、まんまと三人に乗せられてしまったエイブリアノス。翌日も弓は持たずに矢だけ持って厨房の屋根に。そして振りかぶって投げつける。
 しかし___
 「あまり代わり映えしてないね。」
 「なんというか___山の形を丁寧に描いても、場所は伝わらないんですよね。」
 翌日。
 「少しは良くなったけど___」
 「やっぱり、洞窟の位置が分かるような道標が足りないわ。」
 翌日。
 「解説が付いたけど___距離感がほしいね。」
 「街道からの距離でも描いてあればいいんですけどね。」
 翌日。
 「これなら分かるわ。」
 「俺も見当が付きます。」
 「うまいうまい。」
 三人は声を潜めて、囁きあった。矢文の内容はそれこそ本当に詳細に描かれていて、洞窟まで迷うことなく辿り着けそうな出来映えだった。
 「それでは差出人を出し抜くとしましょう。」
 「嘘を付くのね?」
 「うわ〜、棕櫚ってば悪人。」
 「人聞きの悪いことを言わないで下さい。」
 そして三人は、今夜も手紙を罵倒しながら風呂場へと向かった。
 「な、なんたることだぁ___!あいつらめぇ!明日こそぉ!」
 エイブリアノスはまんまと騙されてしまう。まったく、努力が報われない。
 翌朝、三人は女将の了承を得てフリスト山脈へと向かった。そのころエイブリアノスは必死に地図を描いていた。

 「あった、きっとあれですよ。」
 相変わらず昼間はどんよりとした曇り空、夜になれば雪が降るという天気が続く。新雪を踏みしめて辿り着いた先はフリスト山脈の麓。最もソードルセイド寄りにある切り立った斜面だ。いくつか折り重なった斜面の狭間に黒い隙間が見え、それが洞窟であるということはすぐに分かった。
 「雪崩があったら入り口が塞がっちゃいそうね。」
 「ですね。あまり大きな音は立てないように気をつけましょう。麓とはいえこれだけの急斜面ですから。」
 それまでなだらかな上り坂だった雪原が、急に壁でもあるかのように切り立っている。面白いが危険な地形だ。
 「行こう。」
 たどり着いた洞窟。女将から借りた防寒具さえ劈くほどの冷気が、全身を痺れさせる。雪で覆われた山の洞窟は、日が射し込むこともなく、床といい壁といい見事なまでに凍り付いていた。
 「随分と形ある道で。」
 棕櫚はカンデラに火を灯した。
 「これって___人の手によって作られた洞窟。」
 ただ彼らの目を奪ったのは、壁や床そのものである。そのどれもがタイル貼りのように精巧に細工され、洞窟の中には秩序ある道が伸びていたのだ。
 「大地のリングはもしかすると___かつてこの地に祀られていた物なのかも知れません。」
 「それが人に忘れ去られ、今もここにある。」
 「或いは、人を拒む仕掛けがあるか___」
 「うわっ!」
 一人で先を進んでいたライが尻餅を付いた。フローラと棕櫚は顔を見合わせて、彼を追いかけた。
 「すんごく滑るよここ、歩きづらいったらありゃしない。」
 「スパイクでもないとまともには歩けないわ。慎重に行きましょう。」
 ライはフローラの手を借りて立ち上がった。尻が酷く冷えて、霜焼けになりそうだった。
 道に枝分かれはなく、登りも下りもないままただ時折左右に方向を変えながら真っ直ぐに続く。道の幅、天井の高さも一律で、目立つ場所はない。
 「ううう___」
 いつの間にか先頭には棕櫚が立ち、ライとフローラはピッタリとくっついて歩いていた。何しろ寒い。奥へ進めば進むほど、比例して気温が下がる。まるで氷室にでもいるような極寒。自然と体は震え、一人では温めきれない。「寒いですね」とは言うものの、淡々としている棕櫚が二人には不思議だった。
 「おや。」
 棕櫚が足を止めた。
 「どどどどうしだの?」
 ライが棕櫚の横から覗き見るようにして尋ねた。
 「行き止まりです。」
 「行き止まり___?」
 「仕掛けがあるのかも知れません。探りますよ。」
 棕櫚はターバンの隙間から植物の種を取り出す。そしてそのまま一念をくわえた。棕櫚の掌のなかで種は芽を出し、花を咲かせ、やがて綿毛に覆われた。棕櫚が一つ息を掛けると綿毛はそこら中に飛び散った。棕櫚は綿毛の動き方に目を配らせ、大気の流れがある場所を読み切った。
 「ここですね。」
 正面の壁の一部に手を触れ、強く押した。すると石の目一つ分だけ、壁が奥へとめり込んだ。するとからくりじみた石の擦れる音と共に、右側の壁が震動した。
 「ライさん、今の場所押してみてくれますか?」
 「ほっ。」
 ライは言われたとおり、右側の壁を押した。すると___
 クルン。
 「うわっ!」
 「きゃっ!」
 扉はまるっきり軽い手応えで回転し、ライは勢いのままフローラを巻き込んで扉の向こうへと出てしまった。騒々しい音がする。
 「ははぁ、岩に似せた木の扉___からくり扉ですね。」
 棕櫚は悠々と扉を開け、からくりの仕掛けを確認していた。扉の向こうはすぐに階段になっていて、下にはライとフローラが折り重なるようにして倒れていた。
 階段で少し下へと進んだ以外は変わらない道が続く。幅も高さも、作りも同じ。相変わらず分かれ道はない。
 「これは___」
 次に現れたのは道を覆い尽くした瓦礫の山だった。見れば天井に大穴が空いている。
 「天井が崩れたみたいね___」
 「あ、見てよこれ。」
 壁にカンデラが引っかけられていた。しかも油が死んでいない。
 「ラッキー。」
 ライは早速棕櫚のカンデラから火を貰い、拾ったカンデラを灯した。
 「行こうフローラ。」
 火をつけると心なしか暖かくなった気がする。少し元気を取り戻したライは、フローラの手を引いて瓦礫の向こうへと進んだ。
 「棕櫚くん。」
 フローラは振り返り、天井の大穴を見上げていた棕櫚を呼んだ。すぐに棕櫚は二人に追いついてきた。
 それから五分も道を進んだ頃___
 「うわっ、行き止まりだよ!」
 角を曲がった途端ライが声を張り上げた。
 「また何か仕掛けかしら___」
 三人はとりあえず突き当たりまで進んでみる。棕櫚は先程と同じ方法で壁を探索し、更に丹念に調べてみること十分。
 「駄目ですね。戻りましょう。」
 「え〜。」
 ここまで来て引き返しとは___余計に寒さが身に浸みる。
 「当てはありますよ、戻るのは途中までです。」
 棕櫚は寒さなどまったく感じていないような、いつもと変わらない微笑みを見せた。
 やってきたのは先程の瓦礫の山。
 「ここです。」
 「ここ?」
 何かあるのだろうか、ライは辺りを見渡した。
 「道は上ですよ。上が空洞だから天井が落ちたんです。」
 棕櫚は瓦礫の上に乗って、身軽に飛び上がると崩れた天井の端にしがみつき、懸垂で向こう側に顔を覗かせた。
 「ありますよ、上に道が続いている。」
 棕櫚はそのまま天井の向こうへと上がっていった。
 「もしかしてここにカンデラが掛かっていたと言うことは___かつて誰かがこの道を見つけたのかしら。」
 ライの肩に乗り、棕櫚の手を借りてフローラも天井に上がる。次はライが棕櫚と同じように懸垂で上がってきた。
 「恐らく、あの瓦礫の下に何らかの目印があったのでしょう。見て下さい、ここからは階段ですよ。」
 周囲は自然洞窟さながらの、岩肌剥き出しの壁で覆われていた。ただ足下だけは階段風に少しだけ手が加えられている。
 「風があるわ。」
 背中から冷たい流れが寄せてくる。上に向かって気流があると言うことは、この先は外にでも続いていると言うことだろうか?

 さて一方そのころ___
 「ごめんください、お邪魔しますよ。」
 一人の岡っ引きが美濃屋を訪れた。
 「あら?みっちゃんいらっしゃい。」
 玄関先を掃除していた千春が笑顔で彼を出迎えた。
 「はは、もうみっちゃんはよして下さいよ、今は岡っ引きの草光晴なんですから。」
 さっぱりとした顔立ちの好青年、彼の名前は草光晴(そう みつはる)。小夏の昔からの友人で、今は新米十手人である。
 「今日はこの前の奴等を召し捕ってくれた人がいたでしょう、あの人にお礼金が出たんで渡しに来たんですよ。」
 「あ、みっちゃんひさしぶり〜。」
 女将を捜して小夏も玄関先へとやってきた。
 「おう、思ったよりも元気そうだな。」
 「いま棕櫚さんたちは御山の方に用があるとかで出かけているのよ。元は旅の方なんですって。」
 「外人さんなんでしょう?あんまり気を許しすぎない方が___」
 「何よ!棕櫚さんの悪口言ったらあたしが許さないよ!」
 小夏が頬を膨らませて草に食ってかかった。
 「わかったわかった、とにかくこれがお礼金ですから、渡してやってください。」
 「ええ。あ、お茶でもいかが?」
 「いえ、聞き込みの途中でしてね、例の辻斬りの件ですよ。それじゃ。」
 草は用を済ませると早々に美濃屋を後にした。何気ない短いやり取りである。しかしこの会話は、たまたま玄関横の路地に隠れていたエイブリアノスを愕然とさせる。
 (お、おお、おおお御山に出かけただぁ!?だ、だぁまぁさぁれぇたぁ〜!)
 エイブリアノスは慌ててフリスト山脈の洞窟へと向かうのであった。

 「先が見えてきました。」
 「本当だ、明るいや!」
 延々と続いていた上り階段の先に、光が見えてきた。外にでも続いているのだろう、随分と明るい。
 「これは___」
 「え?なになに?」
 先に階段を上がりきった棕櫚にライとフローラが追いついてくる。景色は一気に開け、射し込む日の光に一瞬、目が眩んだ。
 「凍結湖___?」
 そこは山間に生じた部屋とでも言おうか、天井から壁の半分が無く、大パノラマになり、身を乗り出せば山の斜面と雄大な景色が眺望できる。一方で内側には深く広がった空洞があり、そこには水面がすっかり凍り付いた湖があった。
 「古い火口跡かも知れません___雪解け水が溜まってできたのかも。」
 「あ、みてよあれ。」
 湖を挟んだ向こう、対岸に、明らかに人の手によって築かれた祭壇があった。
 「あそこに大地のリングがあるのかしら___」
 「行ってみましょう、それしか道はありません。」
 洞窟内に比べて、日の光を受けるここは幾分大気が暖かい。いや暖かいというのは違うかも知れないが、カンデラも必要ないほどの明るさで気分的には随分と楽になった。
 三人は氷の湖を歩き出した。氷の厚さは相当のようで、まったく揺らぐ様子さえなかった。しかし___
 ゴッ!
 妙な音が聞こえた。
 「なんだ?」
 ライが辺りを見渡す。
 ゴッゴッ!
 「何かがぶつかっている___?」
 音が共鳴して発生源が計れない。
 「下です!」
 最初に気が付いたのは棕櫚だ。氷の向こうに僅かに透かして、影が揺らめいていた。
 「何かいる!?」
 ゴガッ!!
 湖の氷が大きく揺らぎ、巨大な亀裂が走った。そして次に影が見えたその時!
 「うわぁぁっ!?」
 氷が一気に砕けた。下から何かが強烈に突き上げ、三人のいた足場の氷は持ち上げられて大きく傾いた。三人は氷を滑り、冷え切った湖の中へと叩き落とされた。水中に沈んだ棕櫚はすぐさま目を見開き、湖中を蠢くものを目の当たりにした。
 (流壊魚!)
 それは伝説の怪魚、流壊魚。どちらかといえば横に広がった身体を持ち、大きな背鰭と瘤のように突き出た額が特徴。口には鋭い歯を並べ、全身は堅く黒い鱗で覆われている。かつてはソードルセイドの河川の多くに棲息していたという巨大な魚で、船を襲うことがあったために乱獲され、絶滅したとされていた。
 (!)
 流壊魚は棕櫚に向かって突進してきた。棕櫚は動きの制限される水中で辛うじて身を翻した。だが流壊魚は一匹ではない。
 「ぷはっ!」
 フローラが氷の隙間から水面に顔を出す。だがそれは危険な行為だ。
 ドガッ!
 流壊魚が氷に激しく体当たりし、分厚い氷の塊が彼女を挟み込むように迫った。
 「っ!」
 フローラの身体を氷が激しく挟みつけた。水中で藻掻いていたライは慌てて剣を抜き、更に氷にぶつかろうとしていた流壊魚に斬りかかった。氷はフローラから離れたが、ぐったりした彼女の身体は赤い帯を描きながら水中に沈んできた。血液の味を求めて流壊魚がフローラに集まってくる。しかし突如巨大な藻が湖中に揺らめき、フローラの身体を包み込むと一気に氷の上にまで運び出した。それは棕櫚が生み出した植物である。棕櫚はライに対して氷の上に上がるようなジェスチャーをし、自らも藻を作り出して一気に氷を突き破って上へと飛び出した。
 「フローラ!」
 ライは氷の上に飛び上がり、藻に絡められているフローラに走り寄った。遅れて棕櫚が藻に包まれて飛び出してくる。
 「フローラさんを頼みます!向こう岸に向かってください!流壊魚は俺が何とかします!」
 それだけ言い残して棕櫚はまた湖の中に飛び込んでいった。ライは戸惑ったが今は棕櫚を信じ、気絶しているフローラを安全な場所に運ぶことだけを考えた。
 (さて___一人になったなら___少しは本気でやりますか。)
 棕櫚は寄り集まってきた流壊魚を見てニヤリと笑った。
 「フローラ、しっかりしてよフローラ___」
 氷の飛び石を渡り、祭壇のある対岸にフローラを運んできたライは、意識無く青ざめた顔をしている彼女を気遣った。リングなんて二の次、今はフローラをどうにかしなければならない。
 「___もしかして息をしてない?」
 ライは焦った、フローラを横にして彼女の顎を上げさせる。やり方は軍にいたのだから心得ているが___いざとなると妙な高ぶりがあった。
 「いやいや!そんなこと気にしてる場合じゃない!」
 ライは水を弾き飛ばしてブンブンと首を振り、フローラの口元にその顔を重ねた。口内を切っていたらしい。はじめてのキスは血の味しかしなかった。
 「まあ、殺しちゃうのは可哀想ですね、こうして細々と生きているんですから___俺のように。」
 棕櫚は植物で全ての流壊魚を捕らえ、締め上げていた。彼の身体には傷の一つもない。興味深いのは___植物が種を介してではなく、直接、彼の掌から吹き出していること。しかもそれはまるで鞭のように黒光りする、不気味なツタだった。
 「蓋をさせてもらいましょう。」
 棕櫚は指先の一本を湖底に向け、小さく輝かせた。光の筋が湖底に走り、棕櫚は両手のツタを消滅させる。流壊魚は仕返しでもするかのように一気に棕櫚に襲い掛かってきた。しかし棕櫚は湖中に放った藻に担ぎ上げられて一気に水面から脱する。そして一つ指をスナップした。
 ズバババババ!
 水面に大量の水飛沫が弾けた。氷の下、水面にほと近い湖中を、大量の植物が真横に向かって縦横無尽に走り狂う。青々として、堅く、節を持ったその植物は氷の下に柵を作りだし、湖を封じた。それは竹。流壊魚が激突しても柔軟に撓り、決して折られることはなかった。
 「しゅ、棕櫚?」
 ライは突然の轟音に驚いてそちらを振り返った。
 「あ、ライさん、フローラさんは無事ですか?」
 「ああ、なんとか。でもまだ意識が戻らなくて___」
 棕櫚は余裕の表情で、氷の上へと降り立っていた。

 祭壇には確かに大地のリングが祀られていた。漸く意識を取り戻したフローラはまだ立っていられないほど不安定だったが、大きな外傷がなかったのは幸いである。ライは祭壇から土色のリングを取り、その指に填めた。実にしっくりくる手応えだったが、ソアラが語っていたような力の流れ込む感触はなかった。
 「やった!」
 しかし最後のリングを手にしたことを彼は素直に喜んだ。後は来た道を戻るだけである。そして___
 「ぐふふぅ、まだ戻っては来てないみたいだぞぉ___」
 エイブリアノスも漸く洞窟が見える場所までやってきていた。




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