4 涙の結末

 フュミレイの裁判が近づいているある日、一つの事件が起こった。デナンドロイ・バンディモが脱走し、見事に逃げおおせたのである。謁見にやってきたリドンの支持者が手引きしたようで、クルグはこれに慌てた。裁判の行方を不利にしかねない行動だ。ましてやバンディモ自身にとっては、もし再逮捕されれば流刑を極刑にされる。
 ハウンゼンをはじめとする面々は野放しになってしまったバンディモの行方に戦々恐々。彼が強硬手段を取るとも限らない。裁判も厳戒態勢で行うこととなるだろう。
 しかし期日は延期されなかった。クルグは一日でも公判が遅くなればと思ったが、それはならなかった。
 「切り札を手に入れるためには___これに賭けるしかない。」
 裁判当日、彼は首都ケルベロスではなく、近隣の河岸都市アステンボリにいた。カルラーンから報せを受け、ひとつの「書簡」を借用するためである。
 フュミレイ・リドン氏の裁判に役立てられたし。
 有効な手段が見出せないまま、裁判に臨まざるを得ない状況にあったクルグは、この報せに全てを賭けたのだ。
 「こんちわ〜。」
 「?」
 裁判当日、フュミレイの牢獄にやってきたのは見たことのない眼鏡の男だった。若く、クルグと年齢的に近いようだ。金髪で、少しファッションに力を入れているらしい整った服装だった。
 「君は?」
 「僕はデビット・ジェラードです。クルグの代理ですよ。」
 デビットは一つ髪を掻き上げたかと思うと、急に浮かれて格子に近づいてきた。
 「君も弁護士なのか?」
 「はい、クルグの友達です。一緒に試験を受けて一緒に受かりました。点数は僕のほうが上でしたけどね。いや、それにしても本当にフュミレイさんだ!いやー、これだからいいんですよねぇ。」
 クルグに比べるとデビットの動機は不純だ。彼は人助け云々よりも著名人や権力者とお近づきになるために弁護士を志したらしい。
 「クルグはどうしたんだい?」
 「用があってアステンボリに行ってます。審議までには帰るとは言ってましたけど、間に合わなければ俺が代役を務めさせてもらいますよ。」
 デビットは胸を張ってそこに拳を当てた。久方ぶりに何の気概も感じさせない、ざっくばらんな人物に出会えたことをフュミレイは素直に喜んだ。
 「ありがとう、頼りにしているよ。」
 「うっひゃ〜、頑張りますよっ。」
 デビットはフュミレイの指しだした手を握りしめ、頬ずりまでしていた。

 「なに?クルグ・ノウが代理人を立てただと?」
 ハウンゼンはザイルからの報告に眉をひそめた。
 「どうやら白竜が奴に何らかの策を弄したようなのです。そのようなやり取りがあったとのたれ込みがありました。もしやもすると___」
 ハウンゼンは指を立て、ザイルを黙らせる。
 「言うな。」
 そして腕を組んで一つ考え込んだ。
 「もしそれが我々とダビリスの密約を証明するものであったりしたら、裁判は急展開する。今日の審議には坊やも来るのだ___小さな危険も侵したくはないな。」
 「陛下が___!」
 真実についてフュミレイの発言があったとしても、それはどうにでもなる。しかし白竜が何らかの事実を掴んでいたとすると___厄介だ。
 「ザイル、クルグ・ノウがケルベロスに戻ってきたなら、裁判所へは近づけるな。殺してもかまわぬ。」
 「はっ。」
 「どうせ代理人がいるのだ。審議は継続されよう。」
 そう、審議は継続される。
 そして実際にクルグは審議の開始に間に合わず、デビットがその舞台へと立つことになった。元来人を食った性格の彼は、この大舞台を楽しむだろうが。
 「被告人、入廷!」
 五日前と同じ流れで審議はスタートする。だが違ったのが、前回以上に会場が厳粛な雰囲気に包まれていたこと。
 (陛下___)
 特別席には、子供には相応しくないほど神妙な面持ちのアドルフがいた。フュミレイは彼の姿を見て気圧される自分を感じる。隣にはハウンゼン。目が合うとあの老人はニヤリと笑ったように見えた。
 一方そのころ。
 「もっとスピードでないんですか!?」
 長い検問を終え、クルグを乗せた馬車は漸くケルベロスの街へと入ることができた。人の姿が少ない街並みを馬車が走る。クルグは必死に御者を急かしていた。
 「競走馬じゃないんだ、無理は言わないでくれよ!」
 だが町中で暴走してはお咎めがある。御者の思惑で、クルグの願いとは裏腹に馬車は普段通りに進んだ。
 「あ〜、もう審議が始まってしまった___途中から入廷できるかだって分からないのに___」
 市街に立つ時計塔を見やれば、すっかり開廷の時刻を過ぎてしまっている。焦りばかりが募り、彼は胸ポケットに書簡があることを何度も何度も確かめていた。
と、その時のことだ。
 「うわわわわっ!」
 御者が突然手綱を引いた。目の前に数人の男が飛び出してきたのである。突然の命令に馬は苦しそうに首を上げて嘶き、車両に追突されることを恐れてその身体を横に捻る。
 「わっ!!」
 馬車は遠心力に振り回され、どこにも掴まっていなかったクルグは馬車の外へと身体を投げ出された。足から落ちることはできない。クルグは自ずと肩から地面に突っ込んだ。
 「よし!そいつだ!」
 馬車から飛び出したクルグを見つけ、男たちは町中で剣を抜いた。
 「!」
 暗殺者!クルグも漸く状況を察する。しかし杖は馬車の中だ。立ち上がることにさえ時間をとられてしまう。
 「悪く思うな、兄ちゃん!」
 男は剣を振りかざしてクルグに突進してきた。クルグにはどうすることもできない。胸の書簡を握り、グッと目を閉じることしかできなかった。
 ガギッ!!
 金属同士がぶつかり合う音がする。クルグは震えをかみ殺してゆっくりと目を開けた。
 「こ、この野郎___!」
 剣はクルグに届かず、別の剣に受け止められていた。その男の横顔はクルグも知っていた。一度見たら忘れられない顔だ、あの髭面は。
 「あ、あなたは___!」
 堅固なるケルベロスの牢獄から脱走した髭の側近、デナンドロイ・バンディモだ。
 「何をしている!早く裁判所に行け!審議が終わってしまうぞ!」
 バンディモは鍔迫り合いの男を蹴飛ばし、突き放した。見れば他の暗殺者たちを襲撃している男たちが何人もいる。
 「さあいくんじゃ、若いの!フュミレイ様を救ってやっとくれ!」
 その中には老人までいたほど。彼らは皆、リドンを、フュミレイを愛する人々。どうやらバンディモの脱走は彼らが手引きしたことのようだ。
 「皆さんもご無事で!」
 クルグは必死に走った。すぐ側の家の玄関先にかけてあった傘を拝借し、それを杖代わりに精一杯進んだ。左足、義足の接点が傷んだがそんなことは気にしていられなかった。
 この書簡も、間に合わなければ意味がない!

 「なに___?」
 審議の最中、兵士からの耳打ちを受け、一瞬ザイルの顔色が曇った。
 「ったく___まあいい、どうせもう間にあわん。」
 裁判は一方的な展開で進んでいた。それはフュミレイ本人が、アモンとの密通を認めてしまったためである。デビットは大いに慌てたが、フュミレイはアドルフの前で誤魔化しを言う気になれなかったのだ。ただそれが直接国家転覆を謀ったものではないとも付け加えたが、密通があった以上は意味のない口実に聞こえる。
 一方でアレックス殺害の審議では、彼女はすっかりと黙り込んでしまっていた。デビットは臆面無く、全ての糸を引いていたのはハウンゼンだと広言したが、本審議の趣旨に反すると却下された。今は「実行犯」の審議であると。
 実行犯が誰かと言うことであれば、それはもう誤魔化しようがない。
 「私は感情にまかせてアレックスを殺しました___私は留まることもできたのです。それを私は断行しました。」
 フュミレイが遂に言ってしまう。デビットは頭を抱え、力無く弁護人席に腰を下ろしてしまった。ハウンゼンに関する猜疑心はその場に残っていたが、フュミレイさえ処分されれば、彼は力でねじ伏せる。アドルフにも巧く言いくるめることだろう。
 審議は終了すると思われた。アドルフはただ沈黙して全ての流れを見届け、結末は極刑であろうとその場のだにいた誰もが考えた。
 フュミレイも、全ての刑を受け入れる気持ちだった。
 しかし、希望を捨てていない男がいるのだ。
 クルグが!
 「放して下さい!どうしても、これを提出しなければならないんです!」
 ドアを貫いてきた甲高い声に、法廷がざわついた。
 ドンッ!
 ついには体当たりでドアを破り、クルグが法廷へと転がり込んできた。素早く胸の中の書簡を取りだして聴衆に示す。
 「これを証拠と認めて下さい!入廷の許可を!」
 「ええい!ここは神聖なる法廷!ましてや陛下の御前で無礼であろう!」
 ハウンゼンはいきりたって立ち上がり、すぐさまザイルが先頭切ってクルグを取り押さえに掛かる。ただ、普通と違うのはザイルが剣を抜いていたことだ。陛下の御前での愚行、切られても文句は言えまいとの判断だった。だが彼の殺気に気が付いたフュミレイが、動揺している兵を振りきって被告人席から飛び出した。
 ギッ!!
 クルグに迫った刃を、フュミレイは手錠の鎖で受け止めていた。そして怒りの籠もった目でザイルを睨み付け、一喝した。
 「調子に乗るのも大概にしろ___ザイル!」
 喧噪はピークに達する。その時、アドルフは裁判官へ一人の使いを向けていた。それは判断の進言だった。
 「静粛に!」
 裁判官が声を張り上げ、法廷は徐々に静寂を取り戻していく。フュミレイは被告席に連れ戻され、ザイルも剣を治め、クルグを後ろ手に捉えた。
 「証拠は検討します。しかし入廷は認めません。」
 ハウンゼンは己の耳を疑った。
 「これは陛下の意志です。」
 そして顔色一つ変えずにいるアドルフを横目で睨み付けた。
 書簡はデビットの手に渡り、クルグは手錠を掛けられて法廷の外へと追いやられた。
 「ここでいいですから、聞かせてくれませんか?」
 しかしクルグは兵士にそう頼み込み、ドアの向こうで審議を聞くことができた。
 ___
 「読み上げます。」
 書簡の封を開いたデビットは一通り目をやり、一つグッと息をのんでから語りだした。
 「この書簡は、今後終結に向かわなければならない戦時に、私、アレックス・フレイザーが何らかの形で没した場合、公表を許すものである。またこの書簡は、アレックス・フレイザーの遺言としての効果を持つものである。」
 型式張った言葉の後に、記した年号と日付、アレックス直筆のサインと血判があった。この遺言が書かれたのはあのパーティーの後、すなわち彼がベルグランでゴルガに飛び、命を落とす直前のことだった。
 「さて、ここからは自由な言葉で書きます。それにしても、いずれこれを誰かが読むと思うと少し恥ずかしい気分ですね。遺言ですからまずは財産分与の話から。生憎、私には財産がありません。しかし私はセルセリアの民に受け入れられた人間です。よって我が息子ライデルアベリア・フレイザーに、セルセリアの民を名乗る権利を与えます。また同時に、ニーサ・フレイザーが所持する全ての財産をライデルアベリアに寄与します。ライデルアベリアは白竜軍カルラーン本部所属の青年剣士です。自身はライと名乗っています。お心当たりのある方はどうぞよろしく。」
 フュミレイはしばし俯いて遺言の内容を聞いていたが、ライの下りで思わず顔を上げた。
 「そうかライ___あのライか______ごめんな___」
 そしてライのことを思い出し、小さく呟いた。
 「また、ライデルアベリアが何らかの形でその財産を維持できない場合、私の教え子、フュミレイ・リドンにその保有件を譲渡します。」
 「!?」
 フュミレイはそれを聞いて身を強ばらせた。財産分与は遺言さえ残せばそれその人が振り分けを決められる。例えば波乱に満ちた人生を歩んだ大財閥の首領が、愛人にその財産の大半を託すことだってある。しかしそれにしたって、フュミレイはアレックスの残した言葉が信じられなかった。
 「財産の話はこれでおしまいです。それにしても、これが読み上げられるその時、戦争は終わっているのでしょうか?戦争とは嫌なものです。大義を掲げながら、侵略、殺人のための策を練る。大義なんてものは言い訳に過ぎないのです。ただ人は争い、そして争いを止めるためにまた争う。こんな堂々巡りが来る返されることはあってはならないのです。そしてそのために人生を棒に振る人々が数多出ることは、実に嘆かわしいことなのです。」
 クルグは左足の痛みを噛みしめながら、扉に寄りかかって遺言を聞いていた。彼も戦争によって人生をかき回された一人だ。
 「唐突ではありますが、ここに私は一つの宣言をします。」
 デビットが間を開けた。そうするのが適切と彼自身が感じた。ここからは言い間違いなどないよう、正確に伝えなければ。
 「親愛なる淑女、フュミレイ・リドンに我が命の選択権を与えます。」
 「!!」
 フュミレイは愕然とした。目を見開き、口を結び、ただのピクリとも動けなくなった。それほど衝撃的な言葉だった。
 「アレックス・フレイザーはかつてリドン家に仕え、フュミレイ・リドンの敬虔なる騎士であることを認められています。騎士は守るべき者にその命を預け、尽くすものです。そして必要とあればその命を絶つことも厭わないのです。」
 デビットはさらに続けた。会場はすっかりと静まり返り、その中でハウンゼンただ一人が顔を紅潮させ、わなわなと震えていた。
 「この権利は私の一存により与え、個人の愛情に起因するものです。この権利に他人がいかなる抵触をすることも許しません。これは私の騎士としての主の守護権でもあり、主が私に関して何らかの問題を被った場合、全て無にする効果をも含みます。」
 つまり、フュミレイがアレックスに対して罪を犯そうともそれは問わず、またそれについて周囲が彼女を責めることも許さないと言うのだ。裁判官も絶句してこの言葉を胸に刻みつけていた。こんな寛容な権利の主張は初めてだった。
 「私が何故彼女にここまでするかというのであれば、それは愛情と悔恨と自責であると、それだけ申し上げます。」
 フュミレイにはそれだけで十分だった。アレックスも分かっていたのだ。フュミレイがアレックスを愛し、そして白竜に去った彼を恨んでいたことを。そしてアレックスは悔やんでいた。しかしそれでも互いにケルベロスと白竜を捨てることはできなかった。それは互いの悔恨であり、互いの自責である。その思いは愛情の裏返し。
 そして彼は愛情を裏切った罪に報いるがため、フュミレイに命を捧げた。
 殺される可能性を悟っていた。
 「酷く私的な遺言になってしまいましたね。もし戦争が終わり、世界に平和が戻り、私とフュミレイに幸せな関係が戻ったなら、この内容はまた検討することにしましょう。それでは、皆さんお先にあの世で待っています。」
 ポタ___ポタ___
 フュミレイの顎先から涙の滴がこぼれ落ちた。ただ閉口して、虚空を見つめ、涙を流していた。
 「続いて白竜自警団総団長、トルストイ・ワーグナー氏より同封された文書を読み上げます。」
 デビットは遺言を封筒にしまい込み、別の手紙を広げた。
 「このたび、先方のフュミレイ・リドン被告に関する審議の内容について、元白竜軍将軍として強い遺憾の意を表明する。被告人はもとより故アレックス・フレイザー氏の遺言に守られているが、それに関わらず、アレックス氏の暗殺はゴルガ国で起こった事象であり、その裁判権はゴルガ及び白竜にあるものである。また、ハウンゼン・グロース、ドノヴァン・ダビリスの両名には激しい遺憾の意を表明せざるを得ない。」
 突然の指名。ダビリスは心臓がキュッと締まる思いがし、突如として大量の汗を額に浮き上がらせた。
 「アレックス氏の暗殺については、既にその真実を知る者より内聞を達している。これについて両名は言わずともその意味は知って取れよう。しかしケルベロス国は白竜自警団の統治下にあらず。よって私、トルストイ・ワーグナーはケルベロス国に対しハウンゼン・グロース、ドノヴァン・ダビリス両名の逮捕を請求し、アレックス氏の暗殺について両名を追求し、再度の審議を依頼するものとする。」
 その瞬間、陪審員席で大きな物音がした。極度の緊張でダビリスが気を失い、椅子から転げ落ちた音だった。会場が酷くざわついた。
 「続いて、さらに同封されておりました、弁護士クルグ・ノウよりの別件審議請求願いを読み上げます。」
 デビットは声を大にして、三枚目の、紙に書き殴っただけの文書を読み始めた。
 「取調官ザイル・クーパーは被告人フュミレイ・リドンの取り調べに際し、集団で暴行を働き、その右眼球をえぐり取るなど、取り調べの域を逸脱した虐待を加えている。虐待行為は被告人の外傷を見れば明らかで、これは虐待を禁止するケルベロスの法に触れるものである。よってザイル・クーパーの身柄の拘束と、検討審議を要求します。」
 会場が一気に騒がしくなった。あまりにも様々なことが一辺に起きすぎたのだ。裁判官でさえ場の収拾を忘れてしまったほどである。
 ただこの混乱に飛び交う声も、今のフュミレイの耳には届いていなかった。そして全てをかき消したのは彼女の慟哭だった。
 「アレックス___アレックス___!」
 彼女には遺言の後の話なんて耳にも届いていなかった。ただ彼の名を呼び、何ら憚ることなく泣きわめいた。
 「自分を殺した人間を助けようなんて誰が思う___そんなに優しくされて___あたしは___あたしはどうしたらいいんだよ___どうやっておまえに詫びればいいんだよ___!」
 全ての視線がフュミレイに集まった。そこにいた誰もが、こんな涙を、これほどまでに脆い彼女を見るのは初めてだった。
 「裁判官!」
 突然だった。アドルフが立ち上がったのである。
 「この件について陪審員に決を求めることはできない。ドノヴァン・ダビリスが陪審員である以上、これに公正さは認められないからだ。よってこの私が決を下す。」
 フュミレイは兵士に宥められ、漸く慟哭の声を弱めた。それでも涙だけは止まらなかったが。
 「フュミレイ・リドンは国家内乱罪により、現職を懲戒解雇。フィツマナック島への流刑処分。国家による招聘がない限りは本国への帰還を許さない。異論無ければ沈黙を以て答えよ。」
 沈黙が続くかと思われたが。
 「異論はある!」
 ハウンゼンだった。
 「認められるものか___こんな茶番を!」
 だが彼に賛同するものはいない。
 「拘束しろ。被告人の言葉に耳を貸す必要はない。」
 アドルフの言葉も冷徹だった。
 「き、貴様!今まで私が国家のために働いた恩を忘れて___!」
 「ハウンゼン・グロースを拘束しろ!」
 アドルフの指示に兵士たちの動きは俊敏だった。すぐさまハウンゼンには剣が向けられ、彼はもはや黙ることしか許されなかった。
 「ハウンゼンとダビリスについてはケルベロスで審議を重ねる。ザイル・クーパー!」
 「___はっ。」
 ザイルはもはや神妙だった。
 「今度はおまえが調べられる側だ。」
 「はっ___」
 審議はアドルフの偉大なる成長を示す形で終了した。記者たちはこの史実に残る顛末をどう伝えるかと、腕を鳴らし、頭を捻っていた。聴衆はまるで一つの劇を見終えたかのような妙な充足感を覚え、クルグとデビットは職務を全うしたことで類い希なる充実を得た。
 フュミレイは___
 まだ涙を止められなかった。




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