第10章 目指せ!芸術の都

 「えーっ!ないっ!?」
 「そう。」
 宿に戻ってきたサザビーの言葉を聞き、ソアラは思わずびっくりして声を上げた。
 「迂闊だったよ、街には入れたから大丈夫かと思ったんだが、丁度タイミングが填っちゃったらしくってさ。」
 彼らは今、ジャムニの街にいた。ジャムニはグレルカイムより北へ、砂漠を抜け、北方へ向かう街道を進んだ先にある大河の中州の街だ。ちなみに砂漠の出口まではラミアのムカデに送ってもらい、そこから先は徒歩でジャムニまでやってきた。おかげでかなりの日数を要し、へたへたになりながら宿屋に転がり込んだわけだ。
 ちなみにムカデの背中に乗ることを頑なに拒否していたソアラは、フローラに催眠の呪文を施され、眠らされていた。彼女のムカデ嫌いはよっぽどだ。
 「どうするのよ___次にイドーリをわたれるようになるのは二ヶ月先なんでしょ?」
 ソアラはベッドの縁に腰を下ろし、困り顔になって問うた。
 「待つしかないだろ。ジャムニはそう言うところだ。」
 ジャムニは大河イドーリの河口付近の中州に位置する。ゴルガ国の主要都市の一つであるここは、イドーリの機嫌に左右される街として有名だ。普段は豊かなイドーリの恵みに育まれた海産都市であり、河岸に多くの農耕地帯を持つ潤沢な街である。しかし一年の間に二ヶ月だけ、イドーリの水量が増す時期と、河口より強い海流が流れ込む時期が重なり、街を数多くの渦流が取り囲むのだ。この二ヶ月、イドーリは動かない街になる。いわば冬眠だ。数多くの食糧をこの時期のために用意し、旅人や商人もこの時期にジャムニに来ようとは思わない。それだけに、ソアラたちの来訪を宿屋の主人も驚いていた。
 「休んでいる時間なんて無いでしょうに___」
 「仕方ないわよ、ソアラ。」
 「そう、魔族たちは最後の均整の位置を知らないんだよ。」
 フローラとライがそれぞれ彼女の隣に座って励ました。
 「そりゃそうだけど___あたしは少しでも早くローレンディーニに行きたいわ。」
 「焦りは禁物ですよソアラさん。」
 棕櫚もニッコリと笑って彼女に言葉をかけた。そう、棕櫚も彼らに同行している。
 「あ、そう言えば百鬼はどうしたの?」
 河の渡しに掛け合いに行ったのはサザビーと百鬼の二人だった。しかし先に帰ってきたのはサザビー一人。
 「ああ、あいつなら新聞を買いに行かせたんだ。もうじき帰ってくるだろ。」
 だが百鬼はすぐには帰ってこなかった。
 「___」
 それは彼が、人気のない通りの真ん中に立ちつくし、買ったばかりの新聞を読みふけってしまっていたからだった。
 「フュミレイ___」
 彼を釘付けにしたのは勿論、あの裁判の話だった。




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