3 希望を抱くこと
目覚めたときの景色が違ったのは辛かった。精密な視界というのは両目があって成立する。左の視界は変わらないが___右の斜め前よりも側方は振り向かなければ見ることができない。慣れないうちはバランス一つにも苦しみそうだ。
右眼の空白、その回りにこびりついて乾いた血液を洗い落としたい。だが暫くは傷みでどうすることもできないだろう。ただじっと毛布に顔を埋めているだけで、脳の奥を刺激するような傷みが響き続ける。
「でもあたしは生きている___ザイルはあたしの命を奪ったりはしない。」
魔力を失って漸く傷みの辛さを知ることができた。傷みに対して軽薄だった自分は、人の死に対してもそこまで考えられない人間だった。
氷の篭手と鉄の意志。
必要とあれば殺人も辞さない教えが歪んだものであると知るのには遅すぎた。この傷みが罪への報いになるとしても、それでも足りないだろう。
人の命を奪うとはそれほど罪深きことなのだ。
「弁護士の接見だ!」
番兵が格子を棒で叩き、フュミレイに告げた。
「弁護士___?」
「裁判には弁護士が必要だ。貴様も法定にかけられるからな。」
コツコツと杖の突く音がする。弁護士と聞いてフュミレイは体を起こし、右眼は長い前髪を集めて隠した。
「こんにちわ。」
杖の音でフュミレイは老人を連想した。しかし現れたのは実に若い、優しい面立ちの青年だった。そして彼女はその青年と初対面ではなかった。
「おまえ___!」
そう、この金髪の青年とはエンドイロの外れで知り合った。森の中で暫く二人の時間を嗜んだ間柄。彼の名前は確か___クルグ・ノウだ。
「はじめまして、フュミレイさん。あなたの無実は私が証明して見せます。」
だが彼は初対面を装って穏やかに微笑み、お辞儀をする。そして兵士に気付かれないように彼女にウインクして見せた。そこでフュミレイも意図を察する。
「お願いします___御名前は?」
「クルグ・ノウです。弁護人の守秘義務は尊重していただきたい。二人きりで話せる場所を設けてください。」
思いがけない再会だった。ただ気になったのは、彼が杖を使っていたこと。そして彼の左足は直線的にしか動かないことだった。
「いや、お久しぶりです。フュミレイ様。」
「まさかこんな形でまた会うとは___少し驚いたよ。君が弁護士か___」
「先程は失礼しました。弁護人が被告と知り合いというのは、印象悪いんですよ。」
クルグは椅子に座るときに左足を投げ出すようにして腰を下ろした。
「足は___」
「ああ、あの後の戦いでやられたんです。エンドイロでの戦いですよ。左足に弾丸を喰らって、満足な治療ができずに悪くして、結局膝から下を切り落とす羽目になりました。まったくお恥ずかしい話ですよ。」
あの戦いの中でそんなことがあったとは。思えばあの戦いの後はベルグランに付きっきりで、自軍の兵の負傷度さえ気に掛けていなかった。
「すまなかったな、おまえをあの部隊に加えてしまって。」
それを聞いたクルグは慌てて彼女の謝罪を否定する。
「なに言ってるんですか。あの部隊にいたから僕はあなたと出会えたんです。そしてあそこをで怪我をしたから、早くに兵役を終えて新しい夢を見出せたんですよ。それに、ポポトル本島ではたくさんの兵が犠牲になったと言うじゃありませんか。ラッキーですよ、片足ですんだなら。」
「挫けなかったのか?片足を失うのは重大なことだ。」
片目を失うこともまた重大だ。
「挫けませんでした。別にそれで全てが駄目になった訳じゃありませんでしたから。希望を抱くことはとっても大事です。」
「抱けるかな私に___」
フュミレイは右眼の抜け殻を手で押さえた。
「僕があなたの希望になるんです!そのための弁護士じゃないですか。」
立場は変わるもの。あの新兵に励まされることなど、当時は想像もしなかった。
「頼むよ、クルグ。」
「はいっ!」
二人は握手を交わした。かつて彼女に触れたとき、クルグは人肌の暖かさを感じた。だが今の彼女のなんと冷え切ったことか。この握手が彼により強い意気を漲らせた。
「それにしても君は大したものだ。短い間にその夢を叶えてしまうとは。弁護士はケルベロスでは国家主催の試験があったはずだ。」
「ハハッ、僕があなたの弁護人に選ばれたのは、新米でしかも資格試験の点数が一番低かったからだって話ですよ。」
「それはいい。」
二人は笑顔になった。フュミレイは笑ったのがとても久しぶりと感じた。
「実のところ、状況はあまり良くないんです。」
話が本題に移ると、クルグの表情はすっきりしなかった。
「あなたが希望の祠で魔族とかいうのと接触をしていたっていう、これは本当なんですか?」
「本当だよ。ただ決して友好ではない。戦って私は負けた。」
「でも陪審員は信じませんよ。むしろ証拠は出そろってしまっている。決定的なのはあなたがアモン・ダグ氏と結びついていたこと。」
「だがアモンは白竜寄り。あたしがザイルに目撃されたのは魔族。接点がない。強いて上げれば手紙の内容だが、あれでまかり通るとは思えない。」
「そうです、だからハウンゼンも出方を変えるかも知れません。魔族のことには触れず、アモンとの接触からあなたが白竜に繋がりを持っていたとして話を組み立てるのです。希望の祠で遭遇したのも白竜。あなたは最近、あらゆる戦争に否定的な発言をマスコミにも発表してしまっている。これは白竜寄りの思想と受け止められますよ。例え今のケルベロスでもね。」
クルグはいくつかの資料を取りだした。
「そこで僕もこれに対する形で戦い方を考えたいと思うんです。いかがですか?フュミレイ様。」
「私は君の考えに従うが___フュミレイ様はやめよう。今はむしろ私があなたを敬わなければならないでしょう?」
「や、やめてください。フュミレイ様はフュミレイ様です。僕に対して敬語なんてやめてくださいよっ。」
クルグは無理強いするように言った。どうやら彼の中で、憧れの形というものがあるらしい。
「あとあと不便だよ。」
「___ならフュミレイさんで。」
「そうしてくれると助かる。」
フュミレイが微笑むと、クルグは決まって照れた顔になって少し俯いてしまう。
「それでなんですけど___えっと、アモン・ダグとの接触から国家内乱罪に持っていくことは可能ではなんですけどね、手紙の内容次第なんですよ。ただ、内容は僕は知ることができませんから、下手すると中身が書き換えられる可能性もあります。油断はできませんね。」
「その公算が大きいな。手紙の内容は、あたしが遭遇した魔族やらなにやらに関わる話だ。白竜だ何だの話はしていない。ただ、それでも密使を使って手紙のやり取りをしていた事実は動かし難い。それだけでも罪にはなるだろ?」
クルグは頷いた。
「なります。内乱罪だと流刑は確実、悪ければ極刑です。」
「無罪にとは言わない。私も色々悔い改めたいことがあるんだ。」
「やめて下さいよ、僕だって戦いなんですから。あっさり負けるなんていやです。」
クルグにもプライドがある。彼は強く反発した。
「私は何をすればいい?」
「無実を訴えることです。罪を認めないでください。」
フュミレイは一つ頷き、「分かった」と呟いた。
「アモン・ダグを証人として呼べれば言うこと無しなんですけど、居場所が分からないし時間もないし、僕にはつてもありません___正直、白竜のお偉いさんに力を貸してほしいくらいです。」
「それはやめてくれ。」
フュミレイはきっぱりと断った。
「白竜にこれ以上迷惑を掛けたくはない。」
「これ以上?」
「聞かないで___」
一瞬でも目を閉じるとあの男の顔が浮かんでくる。
彼女の左目が瞼の裏に見たのは、アレックス・フレイザーの笑顔だった。そしてその穏やかな微笑みは、彼女の思考に焼き付いて、消えなくなった。
接見を終え、牢に戻って一人になると浮かんできたのはまたアレックス。ただ、今度は状況が違う。
「___」
思い出してしまった。任務との割り切りを鉄の意志で硬め、アレックスを葬り去ったあの瞬間。引き金を引くときの、高ぶりが振り切れて辿り着いた落ち着き。放たれた弾丸が彼を抉る瞬間。
鮮明に思い出され、そこだけが頭の中でぐるぐると回った。
自分がアレックスを殺める情景に彼女は苦しみ、噎び泣いた。
何故一度でも自分の愛した男を、この手で殺めてしまったのだろう。後悔してもしきれない思い。彼女はこぼれ落ちていた石のかけらで、牢獄の床に何回も何回も、謝罪の言葉を書き連ねた。
フュミレイ・リドンの裁判が執り行われることとなったのは、逮捕から九日後のこと。異例の早さで彼女の裁きは始まろうとしていた。世界各国の新聞記者たちがこぞってケルベロスに集まり、国民も史実に残る裁判を一目見ようと裁判所へ押し寄せていた。
「被告人!入廷!」
手枷がいつもより頑丈な金属の手錠に変えられていた。変化があったのはそれくらい。アドルフに貰った服も大部汚れてしまっているが、そのまま厳粛なる法定に出なければならなかった。
目の前の扉が開き、前後を正装した兵に固められ、フュミレイは法定へと歩み出た。傍聴人がざわめく。フュミレイには何を騒いでいるのかすぐには分からなかった。しかし彼らの反応を見ているうちに、自分の変わり果てた姿に驚いていると知った。それが見抜けただけ今日の自分は冷静だと考えるべきか。
久方ぶりにかつての参謀閣下の姿を見た人々は、彼女の薄汚れた風体、傷だらけの顔、右眼を隠した髪、頬がこけ酷く痩せた身体に恐怖か同情か憎悪を感じていた。色々な思想の人がいるのだから色々な感情があるのは当然。だがその誰もが驚いたのは確かだ。
「これより被告人フュミレイ・リドンの審議を行う。」
裁判官は固い声で言った。彼の真正面に立たされ、人々の視線を受けるフュミレイ。右には弁護士のクルグ。左にはハウンゼンが招聘した捜査員。ハウンゼンは裁判官の背後にある国家監督者席という特別席に座り、審判を下す陪審員は法廷の壁際、フュミレイを囲うようにしてクルグと捜査員の背後の少し高い位置に座っている。
「本審議は被告人の犯罪行為に対する事実確認の場であり、同時に罰するに値するかの検案の場である。私情の一切を慎み、発言を許された全ての人物が、真実のみを述べることとする。なお、判決は公正なる審査で選ばれた陪審員によってなされる。」
公正なる審査とは聞いて呆れる。陪審員席の中でも一際目立つ男ドノヴァン・ダビリス。
フュミレイは睨み付けることはしなかったが、嫌悪をもって彼を一瞥した。
「それでは、罪状を述べよ。」
法廷の隅にいたザイルが立ち上がり一歩前へと歩み出る。
「罪状。白竜関係者と密通を行い、内偵として働きケルベロス国の転覆を謀った国家内乱罪。および___」
および!?頬の強ばっていたクルグから緊張が吹っ飛んだ。それ以上に驚き、焦ったのである。なにしろ罪状は一つだけのはずだ。
「前大戦の渦中において、意図的にアレックス・フレイザー氏を殺害した殺人罪。」
法廷が一気に慌ただしくなった。マスコミは一斉にメモを取り、傍聴席の至る所で声が飛んだ。ザイルはニヤッと笑ってフュミレイに視線を送る。
フュミレイはただ黙って周囲のざわめきを身に受けていた。対処に奮闘したのはクルグだ。
「裁判官!閉廷を要求します!アレックス・フレイザー殺害という話は今はじめて知りました!」
「こちらもつい先程裏がとれたものですから。連絡の余裕が無くて___」
ハウンゼンの子飼いの捜査官は、その銀縁眼鏡に手を宛い僅かに口元を歪めた。
「そんな無茶な理屈が通るのですか?公正なる審議を行うのであれば、この件について当方でも調査をする必要があります。この審議を閉廷し、最低五日の猶予を頂く必要があります!」
クルグはかつての弱々しい控えめな態度が嘘のように、強く打って出た。それは理不尽を許さない正義感に溢れた行動だった。
「静粛に!弁護人の要求を認めます。本審議は閉廷し、五日後に再審議を行います。」
法廷が喧噪に包まれたまま、審議は終了した。いきなり吹き出した疑惑にマスコミは混乱し、退廷しようとしているフュミレイに場所などお構いなしで詰め寄ってきた。フュミレイは何一つ答えなかったが、記者たちからアレックスの名を浴びせられると、顔色は見る見るうちに青ざめていった。
「どういうことなんです?アレックス・フレイザーの殺害って___ここに書いてあることは本当なんですか?ポポトル兵の犯行に見せかけてあなたが殺したって___」
ザイルから事件に関する資料を受け取ると、クルグはすぐにフュミレイとの接見を持った。
「本当だよ。」
フュミレイはポツリと呟いた。覇気のない顔でテーブルを見つめている。
「そんな___でもあなた一人の意志ではないでしょう?こんな大それたこと、幾らなんでも___」
「確かに任務を下したのはハウンゼン。でも実際に殺めたのはあたしだ。いくらでも思いとどまることはできた。アレックスは私を白竜に受け入れようとさえしてくれていた___なのにあたしは___」
ぽろぽろとフュミレイが涙をこぼしはじめた。クルグは唖然として暫く彼女の泣き顔を見ていた。
「アレックスを殺してしまった___」
フュミレイは堰を切ったように語りだした。
「あたしはアレックスに恋心を抱いていた___彼はあたしの家庭教師で、あたしは彼のことが好きでたまらなかった___恋がどんなものかを知ってはじめて好きになった男がアレックスだった___でも彼は、ケルベロスを捨てて唐突に白竜へと移った。あたしが国家に招聘される直前のことだった。彼はあたしの気持ちを察してくれていて、別れの手紙をたしなめて___でもあたしは彼を憎く思ってしまった。あたしと敵対するであろう場所へ行ってしまった、あたしの気持ちを知っていながら行ってしまった彼が___」
顔を覆い隠してしまった彼女の手をクルグが取った。青年の思いがけない暖かな掌に、フュミレイは驚いて言葉を止める。
「フュミレイさん。それは僕には必要のない事柄です。あなたの胸の内に留めておくべきです。」
「クルグ___」
それでも涙は止まらなかった。だが彼女の右眼から流れる涙が、左のそれに比べて乏しいことをクルグは気に掛けた。腰を起こしてフュミレイの頬に手を伸ばす。
「クルグやめて___!」
クルグの手は、拒むフュミレイの前髪を掻き上げた。彼は息をのみ、言葉を失った。そして前髪を上げた手を小さく震わせ、ギリッと奥歯を噛みしめる。フュミレイはただ悲しそうな顔になるだけで、抵抗はしなかった。眼球のない右の瞼には力が入らずいつも閉じたきりになっていた。
「右眼は___どうしたんです?」
手を退け、クルグはかみ殺すような声で尋ねた。椅子に身体を預けるように腰を下ろす。
「抉られた___」
「取調官に?」
フュミレイは俯いて頷く。
「他にも何か酷いことを___?」
フュミレイは答えなかった。クルグは己の中に沸き上がったやりきれない憤りを拳に込め、強くテーブルを叩いた。
「これは拷問じゃない、虐待ですよ!」
クルグは勢い良く立ち上がり、杖もなく左足を引きずるようにして部屋の出入り口へ。 「取調官をすぐに呼んでください!」
そして扉の向こうにいた兵士にそう怒鳴りつけた。
「なんだい坊や?俺に言いがかりか?」
ザイルは高飛車な態度で部屋へとやってきた。背の小さなクルグを見下ろすようにして顎を突き出している。
「ケルベロスの法では虐待は犯罪です!」
「拷問だがね。」
「目を刳り抜くことが拷問ですか!?」
「ああそうだ。」
ザイルは態度を崩さない。
「目は片方あれば充分だ。見せしめに一個潰してやったのさ。構うなよ、どうせ死ぬ女だ。」
ザイルは前屈みになってクルグの頭に手を置き、髪をくしゃくしゃにする。
「なあ坊や、こいつの弁護を程々にしてさっぱり裁判を終わらせてくれりゃあ、おまえの今後は保証するぜ。」
クルグの怒りはその言葉で頂点に達した。法の拘束力で戦う弁護士に拳を出させたほど、その怒りは大きかった。
ドカッ!
クルグは前屈みになっていたザイルの顔面に拳を飛ばした。ザイルは数歩後ずさり、クルグは肩で息をする。そしてザイルを指さした。
「そんな横暴が許されると思うな!僕は絶対にこの裁判、勝つ!」
そして廊下にも響くような大声で、啖呵を切った。ザイルは口元を拭いもせずにニヤッと笑って彼を睨み付ける。
「いい度胸だ坊や、しかしその女にアレックスの殺害を否認できるかな?」
「?」
クルグにはその言葉の意味が分からなかった。
「なあフュミレイ。おまえ一人の考えで殺したんだよな。」
「違うでしょう、ハウンゼンの指示だって彼女から聞きました!」
「そうかな?フュミレイ。」
クルグはザイルとフュミレイを代わる代わるに見た。ザイルのこの自信にあふれた笑みは、そしてフュミレイのあの沈みきった表情は何を意味するというのだ。
「フッフッ、まあせいぜいはしゃげ。おまえの未来のためにはならんがね。」
ザイルは笑いながら部屋を後にした。クルグはぼさぼさになってしまった髪を一度だけ撫で、まだ怒りの収まらない様子で再び椅子へと戻った。
「どういうことです、フュミレイさん。」
「戦争になる___」
「え?」
うっかりすれば聞き逃してしまいそうなほど、彼女の声色は弱かった。
「ハウンゼンは当時の摂政、国家の実質上の最高権力者。ハウンゼンがこの暗殺を画策したと知れれば白竜だって黙ってはいない。戦争になるよ。」
フュミレイは疲れたような溜息を付いた。
「あたし一人がやったことなら、あたしの首が飛ぶだけだ。」
「それがなんだって言うんです___」
「戦争は駄目だ。世界のためを思えば___」
「あなたが死んだっていずれ戦争は起こります!それならせめて、ハウンゼンを法で裁くことを考えるべきです!」
クルグは熱く語った。だがフュミレイは彼の熱意に答えなかった。
「アレックスは私が殺したんだよ。手口も、何もかもあたしが考えた。殺さない手段だってあったのに殺したんだ。」
しかし。
「何で僕を信じてくれないんです___!」
その一言がフュミレイの胸に突き刺さった。
「信じていない___?」
呆気にとられた様子で、赤み帯びた左目でクルグを真っ直ぐに見つめた。
「そうです。言ったでしょ、僕はあなたの希望になるって___」
希望か。
「僕はあなたのために精一杯戦います。フュミレイさんも負けることを考えないでください。敗北に未来を見つけるのではなく、勝利の希望に未来を見いだして下さい。そして、僕を信じて下さい!」
「___苦労を掛けるな、クルグ___」
フュミレイはそう答えることしかできなかった。信じるとは言えなかった。
「僕はエンドイロの、あの日のことをまだ忘れてはいませんよ。僕はあなたのために全力を尽くします___必ずあなたをハウンゼンの暴挙から救い出します!」
彼の言葉はフュミレイの希望を喚起する。しかしフュミレイは戦うことに疲れていた。
状況は混迷を極める。クルグは五日後までに秘策を見つけなければならないと考えていた。ハウンゼンの悪意を覆すほどの秘策を。
そして、思いがけない発見がこの裁判の流れを変えることとなる。
裁判の話題は世界中に広がっていた。それはカルラーンでも例外ではない。
「これは___」
カルラーンでそれを発見したトルストイは、早速これをケルベロスのクルグ・ノウへと届けることを要求したという。
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