4 熱砂の地獄

 「はああっ!」
 サザビーは槍を振りかざして急速にゴルガンティの足下に踏み込み、勢いに任せて突いた。
 「くっ!」
 しかし鋼鉄の如きゴルガンティの皮膚には僅かな傷が付いただけ。むしろ槍の方が折れてしまうかと思うほどだった。サザビーは反撃を恐れて足下から離れる。続いて逆の足に百鬼が斬りつけたが結果は同じだった。
 「こんにゃろ!」
 百鬼は力任せにゴルガンティの足に何度も斬りつけた。しかし鈍い音がするばかりで叩いているという印象に近い。
 「百鬼!止まるな!」
 「うおっ!?」
 サザビーの忠告と同時に、ゴルガンティがその太い指で、百鬼の背中を摘んで持ち上げた。
 「うわわわ!?」
 そしてそのまま砂山に向かって放り投げ、百鬼は砂に身体を打ち付けた。しかし砂がクッションになって身体に傷みはほとんどない。
 「へっ!きかねえぜ!」
 「いや!後ろだ!」
 アルベルトが叫んだ。しかし気づいたときには、丸太のように太い何かが大きく撓って百鬼を襲う瞬間だった。
 ドガッ!!
 痛恨の一撃に百鬼の身体が吹っ飛ぶ。斜め後方から身体を強打され、そのまま前へと十メートルは吹っ飛んだ。口からは血反吐が弾け飛んでいた。
 「百鬼!」
 サザビーは彼に駆け寄り、追撃を加えようとしていた野太い触手に斬りかかった。しかし触手は巧みに身を引いて、刃は空を切った。
 触手は砂から顔を出していて、ミミズのように蠢いている。
 「ぐぐぐ___」
 百鬼は脇腹を押さえて立ち上がろうと力を込めた。だが膝にはなかなか力が入らない。
 「グハハハ!悶え苦しめ!」
 ゴルガンティが口を開いた。
 「火炎か!?」
 ゴルガンティは二人に向かって火炎を吹きかけた。百鬼は必死に砂地を転がり、サザビーはできるだけ遠くへ飛んだ。
 「グフフ。」
 「!」
 身体が宙にあったサザビーを真横から触手が襲う。サザビーは必死に身体を捻って両腕をクロスし、触手の一撃をその身に受けた。
 「___っ!」
 砂に身体がぶつかる衝撃は大したものではない。しかし触手の強烈な一撃は、それだけで息が詰まり、腕が痺れて動かなくなるほどに激しかった。
 追い打ちを喰らう!
 サザビーは必死に飛び起きて、触手の追撃を避けようとする。しかし触手は既に彼の回りにはいなくなっていた。
 ゴゴゴ___!
 「下!?」
 足下の砂の流れ。気が付いたものの少し遅かった。
 「ぐあっ!!」
 サザビーの身体を真下から触手が突き上げた。そして舞い上がったサザビーを触手が追い越していく。叩き落とそうという魂胆だ。しかし。
 「ずおりゃああっ!」
 駆けつけた百鬼が渾身の力を込めて砂から飛び出した触手に斬りつけた。また鈍い手応えがあるだろうと思ったその一撃は、綺麗に触手を切り裂いていた。
 「あれ?」
 百鬼自身も驚いている。
 「グオオオ!」
 そしてゴルガンティが悲鳴を上げていた。触手からは緑色の体液が吹き出していた。
 「どんな生き物でも強い場所と弱い場所があるって事だ!」
 サザビーも落ち際に触手に一撃加える。
 「アルベルト!」
 そしてその名を呼んだ。その時アルベルトはゴルガンティの背後にいた。戦場を二人がかき回している隙に、彼はこの場所へと辿り着いていた。
 「こいつの『尻尾』は軟弱だ!」
 アルベルトは渾身の力を込めてゴルガンティの尻尾に斬りつけた。巨大な魔獣の尾は砂へと潜り込んでいたのだ。 
 「グウウウウッ!」
 ゴルガンティが呻いた。アルベルトの剣はゴルガンティの太い尻尾に深く食い込み、ピクリとも動かなくなった。
 「この蟻どもめが!」
 「うがっ!」
 ゴルガンティは砂地から長い尻尾を抜きさるとアルベルトを弾き飛ばし、さらに口から炎を吐きだして百鬼とサザビーを襲った。だが巨大な分だけ機敏さに欠けるゴルガンティの攻撃、炎の発射点も高く、直撃から逃れるのは雑作もないことだった。
 「チャンスだ!」
 「弱い場所___こいつの身体だって大雑把に見れば人間と同じだ!」
 百鬼とサザビーは素早くゴルガンティの足下に入り込んだ。百鬼はゴルガンティの太いが短い足の太股、その内側に斬りつけた。鋭い太刀筋はゴルガンティの皮膚を綺麗に切り裂いていた。
 「そういうことだ!」
 サザビーはゴルガンティの足の三本指、その指と指の間に槍を突き刺す。深くは突き刺さらなかったがそれでも手応えはあった。
 「グヌウウウ!いい気になるな!小わっぱ!」
 ゴルガンティは斬りつけられた足を持ち上げ、そして勢い良く踏み下ろした。大量の砂が巻き上がり、二人の視界を殺す。
 「ドラゴフレイム!」
 ゴルガンティの掌が輝いて、己の足下に炎を放つ。
 「くっ!」
 炎は逃げ切れなかった二人を捕らえたが、砂を転がって素早くもみ消し、大したダメージにはならなかった。二人は素早く立ち上がって再び真っ向からゴルガンティに向き直った。アルベルトは尻尾の一撃が響き、ゴルガンティの斜め後方の離れた場所で呻いていた。
 「ふんっ!砂漠が俺たちの味方をしてくれる!」
 百鬼はゴルガンティに怒鳴りつけた。先程足を踏み下ろしたことで、ゴルガンティの身体は足首の辺りまで砂に沈み込んでいた。そしてゴルガンティが繰り出す炎の攻撃に対し、砂は消火剤の役目を果たしてくれる。
 「おまえたちを始末するのに動作など必要ないわ!そして___」
 ゴルガンティはその両腕を空に掲げた。
 「砂が逃れられぬ地獄であることを思い知らせてくれるわ!」
 そして大きく息を吸い込んだ。ゴルガンティの胸が驚くほどに膨れ上がり、顔の回りが赤銅のように変色していく。
 「炎か!砂がある限りもみ消すぜ___!」
 そう百鬼は粋がったが、サザビーはゴルガンティの意図に気が付き、全身に冷や汗を浮かび上がらせた。朝日が昇りはじめ、ゴルガンティの背からは後光のように目映い光が差していた。
 「___砂は熱しやすく冷めやすい___!」
 「なんだって?」
 ボオオオオオアアアアアアアッ!!!
 ゴルガンティが今までにない大火炎を吐き出した。しかもその照準は二人ではなく、砂へと向けられていた。
 「へん!どこ狙って___!」
 火炎の熱で大気温が急上昇する。しかしそれ以上の熱が大地を走った。
 「うあちちちちちっ!」
 裸足の二人にはまさに地獄。大火炎を受けた砂漠は、その熱伝導性で火炎の熱を周辺一帯に広げる。砂は立っていられないほどの熱さになり、二人は必死に足を踊らせる。しかし、足の裏を地につけば、その接点から白い煙が上がるほど砂は熱かった。
 「地獄はこれからだ!」
 ゴルガンティは二人に向かって小さな火炎を吹きかけた。飛び退かなければならない。しかし砂は___
 「うぎゃああああ!」
 百鬼が悲鳴を上げた。炎を逃れるために飛んだことで、砂に突っ伏してしまったのだ。百鬼の身体が自分の意志に関わらず捻れ曲がって跳ね上がった。サザビーも声にならない悲鳴を上げて砂の上をはね回る。
 それはフライパンの上で踊るソーセージのようだった。
 「グハハハハ!」
 その滑稽な様にゴルガンティは高笑いした。地鳴りのような哄笑がグレルカイム中に響き渡った。
 「あそこだ!」
 丁度その時、崩れ落ちた神殿の裏手、岩壁の向こうから脱出に成功したライとラミアが現れた。
 「加勢しに行かなきゃ!」
 ライは慌てて戦場に向かって駆けだした。
 「加勢って、戦っているの!?あんなのと!」
 「そうさ!」
 ラミアは暫く呆然と彼の後ろ姿を見送っていたが、あれがベルゾフの成り代わった姿ならば、自分も何らかの形で手を下したいと思った。そういう強い、攻撃的な思考がここまで彼女を生きさせ、ライを追いかけさせていた。
 「___ぅ___」
 やっと冷めてきた砂の上に、サザビーと百鬼は横たわっていた。二人とも意識を失い、ただ時折その指先を震わせるだけ。全身が真っ赤に焼き上がり、酷く腫れていた。もはや立ち上がることも不可能だ。
 「グフフフ___貴様らは良く戦った___私にこれだけの傷を負わせたのは讃えられるべきだ___」
 ゴルガンティはまた、先程よりも小さく息を吸い込んだ。とどめの火炎。もう一焼きすれば決着は付く。
 「くたばれ!」
 「そうはいかない!」
 ゴルガンティが自分の足下に火炎を噴き出した。しかしその先には、両手を目一杯に広げたアルベルトが立ちはだかっていた。彼のいた場所の砂は、そこまで熱くなかったのだ。
 「なにっ!?」
 ゴッ!!
 彼は自らの身体を盾にして、二人を守った。自殺行為ではない___誰かを守るために、誰かの命を救うためにその身を捧げただけだ。
 サラの所へ逝くだけだ。
 火炎はアルベルトの身体を包み込み、砂を激しく熱することはしなかった。
 「無駄なことを。」
 己の足下で馬鹿な人間が燃え尽きていく。ゴルガンティはそれを見下ろして嘲笑を浮かべていた。もう一度火炎を吐こうと息を吸い込んだその時。
 「うりゃあっ!!」
 「!?」
 いつの間にかゴルガンティの身体をよじ登り、肩に立っていたライが、その剣をゴルガンティの耳に突き刺した!
 「こいつ!よくもアルベルトさんを!」
 ライは怒りを露わにしてゴルガンティに斬りつけた。下ではラミアがサザビーに駆け寄っていた。
 「しっかりして___!」
 しかしどうして良いか分からない。彼の身体は酷く腫れ上がっていて、痛々しくてとても手を触れることはできない。かといって冷やすための水があるわけでもない。声を掛ける以外どうして良いか分からず困惑するばかりだった。
 「うわあっ!ぎゃあああっ!」
 そしてそうしている間にも、砂漠にライの悲鳴が響き渡る。ゴルガンティはその巨大な手でライを捕まえ、力任せに握り締めていた。ライは苦しみのあまり剣を落とし、叫び声を上げた。
 「ど、どうしたら___」
 このままではライが殺される。しかし___自分に一体何ができる?その時だった。
 「ディオプラド!!」
 「ぐほあっ!」
 快活な声と共にゴルガンティの背中で爆発が起こり、ゴルガンティは衝撃でライを手放した。
 「何者だ!」
 突如現れた紫色の影は、ゴルガンティの股の間を潜り抜け、砂に落ちたライの身体を肩に抱くと、サザビーとラミアの側へと駆け寄った。
 「ったく、あのじじい!こうなることが分かっていたからさっさと帰ったのね!」
 ソアラはライをサザビーの隣に寝かせ、素早くゴルガンティに向き直り、一気に突進した。
 「な、なんなの?」
 「仲間です。」
 「えっ?」
 ラミアの隣にはフローラが跪き、サザビーにその手を当てていた。ラミアには彼女が何をしようとしているのか分からなかったが、その身が醸す触れがたい集中力に、口を挟むことはできなかった。
 「リヴァイバ!」
 フローラの手が輝き、サザビーの身体から腫れと赤みが引いていく。すぐに彼は意識を取り戻した。
 「う___フローラ!」
 「気が付いた?」
 フローラはサザビーの回復を感じて、すぐにライの側へと移動した。
 「戦っているのはソアラか___」
 ソアラはゴルガンティの回りを飛び回りながら、呪文を仕掛ける。ゴルガンティは煩わしそうに尻尾と両手でソアラを襲っていた。
 「あれは___?」
 「後で説明する、今はあいつをどうやって倒すかだ。作戦では砂地に追い込んであいつを砂に埋まらせるつもりだったんだがな___」
 サザビーのその言葉を聞き、ラミアが何かを閃いた。
 「埋まらせる?」
 「そうだ___動きを封じ、頭部に攻撃を仕掛けられれば___」
 それを聞いて、戸惑いを隠せなかったラミアに強気が戻る。
 「五分時間をくれれば、あの化け物を砂に埋めてみせるよ!」
 「本当か?」
 「やってみるのもいいんじゃん?このままじゃ僕ら勝てないよ。」
 傷を癒したライが立ち上がった。
 「そうだな___ソアラを手伝う!フローラは百鬼を治療して、ラミアを守ってくれ!」
 そしてサザビーとライはソアラに加勢するために走った。
 「よし___」
 ラミアは一つ気持ちを整え、指を口にくわえ込んだ。
 ピィィィィィィピィィィィィィ____
 ラミアの口笛は一定のリズムで高音を刻む。音色は砂漠の砂に染み渡り、遙か彼方にまで伝わっていった。
 「ドラゴフレイム!」
 ソアラは額に汗しながら、ゴルガンティの腹に向かって火炎を放つ。しかし炎はゴルガンティの身体にぶつかると、簡単に弾けて消えてしまった。
 「効いていない!?」
 「私に炎を撃つなど愚鈍なり!」
 ゴルガンティはソアラに向かって火炎を放った。しかしすぐさまソアラはフリーズブリザードの冷気を放ち、それを食い止めた。しかしそれすらも見透かしたかのように回り込んできた尾が唸りを上げた。
 「しまった!」
 直撃を覚悟したソアラだったが、彼女の前にライとサザビーが割り込んできた。
 「踏ん張れ!」
 「うんっ!」
 二人は迫る尾に対して、腰を深く落として肩を向けた。
 ドガッ!
 尾が二人の身体と激しくぶつかる。しかしゴルガンティの尾には、度重なる外傷で先程のような力強さはなかった。サザビーとライの踏ん張りが勝ったのである。
 「ソアラ!こいつの尾は脆い!ぶったぎれ!」
 「アイスシックル!!」
 ソアラはゴルガンティの尾に両手を向け、氷の呪文を唱えた。フリーズブリザードとは少し毛色が違う、氷の塊、或いは刃をぶつけて破壊する呪文だ。
 ズバシュッ!!
 ソアラの両手の狭間から現れた氷のナイフがゴルガンティの尾に降り注ぎ、その太い尾を真ん中辺りから切り落とした。
 「グギャアアアアッ!」
 大量の体液がぶちまけられ、ゴルガンティがはじめて悲鳴らしき声を上げた。
 「貴様らぁ!」
 ゴルガンティは尻尾の根元を三人に向けた。
 「う、しまった!」
 体液のシャワーを浴びて、視界が殺される。そこにゴルガンティはその巨大な掌を広げて振り下ろした。
 「そうはいくかい!」
 しかしいち早く駆けつけた百鬼がゴルガンティの足下に飛び込み、先程の太股の傷に重ねて正確に斬りつけた。
 「グガアアアッ!」
 肉を綺麗に抉られたゴルガンティはさらに喘いだ。そしてこの攻撃が遂に魔獣を本気にさせる。
 「貴様ら___一気に焼き殺してくれる!」
 突然ゴルガンティの両手が目映いばかりに赤熱し、輝きだした。その手に凄まじい魔力を感じたソアラの表情が曇る。
 「百鬼!私の後ろへ!みんなも!」
 壮絶な火炎呪文だ。これを喰らってはひとたまりもない___
 「ドラギレア!!」
 ゴルガンティの声と共に、その両手から見たこともない巨大な火炎が吹き出した。ソアラは面食らいながらも、奥歯を食いしばってその両手を突き出した。
 「ストームブリザード!!」
 そして自分ができる最高の氷結呪文で応戦する。ドラギレアの火炎は一瞬だけ食い止められたかに見えたが、すぐに押し負けはじめたのはソアラの方だった。
 「ま、まずい___!」
 無色の魔力で勝負するか?いや、破壊力が段違いだ。食い止められるとは思わない!
 「ソ、ソアラ、押されてるぞ!」
 三人の男たちはソアラの背中に身体を預けて、後方に圧される彼女の支えとなる。しかしゴルガンティが両手を輝かせる限り、炎は氷を食いながらどんどんソアラに迫ってくる。
 プシッ!
 ソアラの掌が限界を訴え、魔力の圧迫に耐えかねて皮膚が裂けはじめた。炎の熱が砂に届き、熱していく。
 再びの熱砂地獄か?
 いや、そうはならない。この時すでに五分が経過していたからだ。
 ゾボボボ!
 ドラギレアの炎が発する轟音は、その耳慣れない音をかき消していた。
 「来た___!」
 ラミアが口笛をやめた。
 「なにぃ!?」
 突然ゴルガンティの半身が砂地深くへと沈み込み、集中を断った掌からドラギレアが途絶えた。
 「くっ!うわぁっ!」
 圧力を食い止めるだけで精一杯だったソアラのストームブリザードも潰える。前からの圧力がなくなったことで、後ろの男三人に押し倒されてしまった。
 「な、なんだいきなり!」
 突然ゴルガンティの身体が沈み込んだのを見て百鬼が驚きの声を上げる。
 「どうでもいいからどいて!砂が熱い!」
 そのときだ。
 ズォボァァァァアアアッ!
 大量の砂塵を巻き上げ、砂を突き破り巨大な甲殻の身体が姿を現した。身の丈はゴルガンティを上回り、その長い身体には無数の脚が均等についている。背は橙色の固い甲羅で覆われ、黒い眼で周囲を見渡し、黄金色の巨大なハサミをガチガチと震わせた。
 「な、なんだありゃ!」
 「ひぃぃぃっ!」
 ソアラは急速に青ざめ、肩を抱いて震えた。
 「ムカデだ!俺たちが襲われたのと形は同じだが___こいつは何倍もでかい!」
 そう、現れたのは巨大なムカデだ!
 「みんな!あたしの側へ!」
 ラミアが声を張り上げ、皆もゴルガンティの側から一目散にラミアの所へと駆けていく。
 「こいつはこの辺りの主!アクトゥマに支配されてから多くの虫たちは野性に返ってしまった___でも主は別だと信じて呼んだんだ!」
 ムカデの主は長い身体をくねらせてゴルガンティを睨み付ける。腰まで砂に没したゴルガンティは突然の来訪者を鼻で笑った。
 「そんな下等モンスターに私が倒せると思うな!」
 「ピィィイッ!」
 ラミアが甲高い口笛を吹くのと、ゴルガンティが主に向かってドラゴフレイムを放ったのはほぼ同時だった。主はラミアの指示に素早く反応し、その身体をねじ曲げて勢い良く砂へと潜り込んだ。炎は空に消え、大量に巻き上げられた砂が視界をかき消した。
 そして!
 「ぬおおおぉおっ!?」
 ズゾボボボボボッ!!
 ゴルガンティの身体が一気に砂中に沈み込んだ。それこそ外へ出ているのは万歳になった両手と首から上だけだ。
 「ムカデは砂を掘り、水脈を探し当てる!主はあたしの指示に従ってあいつの足下に大穴を開けたんだ!」
 ラミアの言葉が全てを物語っていた。
 「ライ!」
 「うん!」
 今が好機と見た百鬼とライが一気にゴルガンティに突進した。巻き上がった砂と、自分の身に起こった珍事に動揺したゴルガンティは、二人の接近にまったく気づかなかった。
 「おりゃあああっ!」
 「なっ!?」
 百鬼は渾身の力で片刃の剣を、ライはサザビーの槍を、ゴルガンティのそれぞれの目に突き刺した!
 「グォォオオォォァアアア!」
 ゴルガンティは突然視界を失い、苦しみの叫びを上げた。
 「おのれぇ!人間の分際で___!」
 万歳の両手が壮絶な輝きを発する。
 「熱砂地獄で死ね!ドラギレアァァッ!!」
 もはや狙いを付ける必要など無い。ゴルガンティは砂に向かって究極の大火炎を放つ。砂が壮絶な温度に変わり、また地獄の巨大フライパンへと姿を変えた。
 「うわあああっ!」
 「ぎゃあああっ!」
 愚かな人間たちの苦悶の叫びが聞こえる。ゴルガンティは心地よく聞こえるその悲鳴に、己の勝利を確信した。
 確かに熱せられた砂は彼らを痛めつけはした。しかし彼らの中に氷の呪文を操れる女がいたことは忘れてはいけない。彼女は素早く己と、仲間の足下に氷を走らせ、被害を押さえ込んでいた。そして、わざとらしい悲鳴を上げるようにと指示を送っていた。
 トッ。
 「んぬ?」
 油断しきっていたゴルガンティは、ソアラの接近を彼女が自分の鼻面に降り立つまで気が付かなかった。そしてソアラは何も言わずに、その手をゴルガンティの眉間へと宛った。
 「ディオプラド!!」
 壮絶な爆発がゴルガンティの眉間で巻き起こる。
 「プラド!プラド!プラド!プラド!プラド!プラド!ディオプラドォォォッ!!」
 ソアラは一気に全ての魔力を使い切るつもりで連発した。
 連続した爆発はゴルガンティに断末魔の叫びさえ与えない。
 風が粉塵を運び去ると、そこには首から上がすっかり無くなったゴルガンティの姿があった。
 陽光がゴルガンティを照らすと、その身体はどす黒く変わっていく。そして万歳した両手の指先から、潰された炭のように崩れていった。
 「大した奴等だ___」
 その様子を、ミロルグが空の高見から笑みを浮かべて見ていた。
 一方で、黒鳥城の超龍神とジュライナギアからは笑顔が消えていた。




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