2 クライシス
さて二つ目の課題はというと___
「ここに指一本分の間隔で輪になった蝋燭が三十本ある。一応台紙に固定してはいるが不安定だ。これにソアラが一本ずつ火をつけ、全部つけたらフローラが一本ずつ消す。使っていい呪文はドラゴンブレスとシザースボールのみ。二本一度につけたり消したりしたら失敗だ。いいな?」
「は〜い___」
またも難題登場。これは呪文の威力を極限まで小さくすることが求められる。自らに抑制をかけることで、呪文を、ひいては魔力を巧みに操るための課題だ。
二人はこの課題を二日で解いてみせた。しかし、一度だけソアラが失敗をして裸で眠る羽目になってしまった。
「もう絶対失敗なんかするもんか___!」
翌日ソアラが酷くいじけていたのを見て、フローラはアモンに白い目を向けた。
色々トラブルはあるものの、二人は中日までに順調に四つの課題をこなした。アモンもこのハイピッチには素直に感心し、改めて二人の素質の高さを感じていた。だから彼は、思い切った行動に出たのだ。
「さて、五つ目の課題だが___」
二人はこの島に来てからはじめて休みを貰った。しかし五つ目の課題の宣告を前にして、しっかり身体を休めるようにという言葉はむしろ不気味であった。そして一夜明けて、いよいよ五つ目の課題が宣告される。
「こいつはもっと修業が佳境に入ってから出すつもりだった。だがあまりにもおまえらが頑張るのでここで出す。」
フローラは思わず固唾を飲む。ソアラも緊張の面持ちだった。
「ヴェルディ岬に行って『煉鉱石』を取ってこい。」
「レンコウセキ?」
はじめて聞く言葉だ。
「ヴェルディ岬には酸性雨の影響でできた地面の窪みがたくさんある。その雨の酸で、岩盤の下の地層が白い石の塊に変わったのが煉鉱石だ。」
「でもヴェルディ岬の酸の雨って肌が焼けるくらいに強いんでしょ___?」
アモンが取りやめるとは思えなかったが、ソアラは念のために尋ねた。
「いつも降っているわけじゃない。大体は夕方から夜中と、朝方だ。決まって毎日これくらいの時間に降る。その間はどこかに隠れるなり、呪文で防げばすむことだ。」
そんなに簡単な話か?正直身の危険を感じる。大体___酸は怖いんだ。
ソアラは背中に嫌なうずきを感じる。拷問とはそういうものだった。
「期限は明日の朝まで。先に見つけた奴には褒美をやる。見つけられなかった奴にはペナルティ。協力するなよ、一人一人で探すんだ。もし二人で一緒に持って帰ってきたりしたら、それこそスペシャルペナルティだ。」
実にゾッとする言葉。
「今回に限り、リング以外の道具を持つことを許す。食糧も持っていったほうがいいぞ。よーし、準備をしてこい!」
ヴェルディ岬は死の岬。毎日決まって雨に見舞われる希有な岬。海洋から近づくことは可能だが、降りしきる雨が酸とあっては誰も近づきはしない。
「それじゃな。死なないように気をつけろ。」
ヘヴンズドアで岬まで二人を送り届けたアモンは、それだけ言い残して早々に姿を消してしまった。
「ここが___」
下りたって最初に感じたのは匂いだ。揮発性の、酸味の強い匂いがある。岩肌は少し青みがかった灰色で、凹凸が少なくのっぺりとしている。砂浜はなく、岩の海岸が広く続き、少し内陸へと進めばやはりのっぺりとした岩肌の低い崖が聳える。岩肌は常に滑り帯び、水のコーティングを持つ。ついつい靴の裏側が気になったが、酸というほどのものではないらしい。
「さて、別れますか。」
「そうね。」
二人は一度だけ手をたたき合い、お互い別々の方向へと海岸線を歩き出した。煉鉱石に関するヒントは「穴」。酸の雨が蓄積した場所の岩肌が解かされ、やがて煉鉱石になると言う話だ。そうなればこの海岸線で穴を捜すのが基本。
「穴___ああいうのかしら___?」
海岸から崖へと変わる境目の部分に、いくつかの穴が開いている。入り口の大きさは人の手が入るほどで奥はかなり深そうだった。それに目を付けたフローラは、しゃがみ込んでその中へと手を投じて見る。座ったり、膝をつくのにはどうしても少し抵抗を覚えてしまう。
「いたっ!」
革手袋を貫いて、指先が何かに挟まれた感覚があった。慌てて引き抜いてみると青黒いムカデのような節足動物が、顎のはさみで指に食らいついていた。
「このっ!ウィンドビュート!」
フローラは食いつかれた指先からウィンドビュートを放つ。ムカデの体は風圧で大きく拉げ、弾け飛んだ。
「虫の巣穴だったんだ___酸に耐えられる変異種か。それにしてもこの形___」
フローラはソアラの身を案じた。そして案の定。
「ぎゃああああっ!」
遠くの方でヒステリックな悲鳴が聞こえた。そこではソアラが穴の中にドラゴンブレスを放って、中に潜んでいた虫を燻りだしたところだった。しかし彼女はその虫の形態を見て悲鳴を上げる。腕には鳥肌が一斉に浮き上がった。
「きゃーっ!きゃーっ!」
フリーズブリザードでムカデを氷の中に閉じこめると、ソアラは渾身の力を込めて海へと蹴飛ばした。漸く気色の悪い長くて手足だらけの生き物がいなくなると、彼女は少し落ち着きを取り戻した。
「こ、この穴全部にいる___」
彼女がムカデを燻りだした穴に似たものが、海岸にはまだ幾らでもある。そう思うと震えが走り、頬が引きつってきた。ソアラの苦手な虫がこのムカデ。小さい頃に刺されて酷い思いをしたトラウマもあるが、どうにもこういうタイプの虫は生理的に受け付けない。おまえらみたいなもんに何をそんなに大量の足が必要なんだ!と罵りたくなるという。
「うわわわわっ!」
ソアラは穴だらけの海岸の境目を逃れるため、比較的傾斜の緩い崖を一目散に登っていった。
「ソアラー、大丈夫?」
悲鳴を心配したフローラが様子を見に来てくれた。
「あ〜、大丈夫、何ともないよ。ハハッ。あ、あたしは上から調べるさ。下はフローラに譲るわ。ハハハッ。」
ソアラの笑顔は酷くぎこちなかった。
さてそれから数時間が過ぎた。日はとうの昔に西に傾き、じきに夕刻を迎える。捜索はしていたが煉鉱石らしきものは見つからない。迂闊に触れると刺激が走る水も所々に残されており、座ることもできずに二人は捜し回り続けていた。勿論、要所で呪文を使うことはしていたが、それ以上に肉体的な疲弊が著しかった。海からの風と揮発性の匂いは酷く感覚器をいたぶり、鼻は乾き、目が痺れるように痛くなってくる。飲用に持参した水を目の洗浄に使うことになるとは、思ってもみなかった。
「どこに___」
崖の上に目を付けたソアラとは逆に、フローラは海岸をより海の方へと下っていた。海の水には感じるものがなかったため、フローラは海中にも少し踏み入れた。おかげで靴が重くなり、疲労を誘う。
時間は刻一刻と過ぎていき、やがて日没。そして無情にも___
「あっ!」
ソアラの頬を雨粒がなぞった。冷たいはずの滴に、一瞬の暖かさを感じたのは恐ろしい。まだ日射しの名残が残るヴェルディ岬の上空は、厚い雲で覆われていた。やがて雨は、一粒二粒と落ち始め、そして一気に勢いを増した。
「シザースボール!」
フローラは空に両手を向け、シザースボールを放った。それを己の頭上で停滞させ、傘を作り出した。しかしこれでも五分維持するのがやっと。それまでに隠れ場所を探して、集中を維持しながら移動しなくてはならない。
「うっううっ!」
一方でソアラは苦戦していた。彼女はシザースボールのこつというものを知らない。唱えることはできても持続することは無理だ。得意呪文のドラゴンブレスで身を守ってはいたが、こちらも持続性には乏しいタイプの呪文である。そればかりかスコールのように雨足が強くなると、シザースボールが滴を弾き出して防御するのに対し、蒸発させて守るドラゴンブレスは雨に押し負けはじめた。
「うああっ!」
炎を縫って酸の雨がソアラの身体を打ちのめした。その瞬間、炎は消し飛び、ソアラは雨に身体を曝す。体中にピリピリと痺れるような痛みが走り、遠目に見れば彼女の身体からは白い煙が上がっていた。
「ドラゴフレイム!」
ソアラは再び空に向かって炎を放とうとする。しかしその際に空を見上げた目に、雨滴が直撃した。
「くあああっ!」
ソアラは目を閉じて顔を覆った。体の中で最もダメージに弱い箇所は、酸の雨の攻撃に耐えられない。抵抗するための集中力を失ったソアラの身体を雨は徹底的に痛めつける。苦しみのあまり跪き、四つん這いになってしまった。
「こんな___こんなところで___」
だが彼女の思いは死んではいない。
「ギャロップに喰らった硫酸に比べたら___こんなものが何だって言うんだ!」
負けられない!せっかくフローラが紡いでくれた命を、こんな事で失ってたまるか!
その瞬間、何かが切れた。ソアラの強い思いは、本能で彼女に身を守る手段を取らせた。
ゴウッ!
白い炎がソアラの全身を覆った。それはオーラとなって彼女の身体を包み、酸の雨はまるでソアラを避けるように横へと弾いて流れた。
「うそ___」
自分でも信じられない。なんと自然な放出だろう。絶対的な集中力も、維持しようという強い念も必要ない。一度現した「無色の魔力」は、彼女が今の心地を保つだけでオーラとなる。それはまさに、呼吸に相違ないほど簡単なことだった。
「今のうち。」
しばし呆然としていたソアラは我に返り、雨を逃れられる場所を探した。そして、崖の中腹に大きな横穴を見つける。
「あそこだ。」
素早く崖を登って、横穴へと入り込む。奥に深い穴ではなかったが、雨から身を守るのには最高の条件。
「う___?」
安心するとソアラの身を包むオーラは自然と消えた。そしてその瞬間、全身に壮絶な虚脱感が降りかかり、ソアラは立っていられずに膝から崩れ落ちた。身体にまったく力が入らず、せめて濡れた地べたに倒れまいと岩に身体をへばりつかせるので精一杯だった。
「魔力を一辺に消費しすぎたんだ___くっ___!」
眠るわけにはいかない。ソアラは精一杯の力で己の頬を叩いた。オーラの放出はあんなにも自然だったのに、それに用いた魔力のなんと甚だしいことか___
一方のフローラはシザースボールで己の身を守りながら、海辺に見えた洞窟へと避難した。とりあえず降りしきる雨の被害は受けずにすんだが、それにしても隠れる場所の選択を誤った。
「寒い___」
休まるという雰囲気ではない。彼女が避難した洞窟は、洞窟前の傾斜により大量の雨が集まり流れ込んでくる、まるで排水溝のような場所だった。隠れて間もないうちは良かったが、今となっては足を下ろすと踝の辺りまで酸の流れに浸かってしまう。身を守るためには少しだけ飛び出した岩に必死に身を縮めて留まる必要があった。
今は雨が上がるまで待つしかない。二人の気持ちは同じだった。
「しっかし___どこにあるのかしら、煉鉱石は。」
肌寒さはあったが、濡れた身体をそのままにはしておけない。ソアラは下着姿になって髪を結うリボンを解き、固形燃料で作った焚き火に当たった。持ち込んでいた炒り豆を口にするが、雨に濡れて少し刺激的な味になっていた。
「ヴェルディ岬___穴___横穴かも知れないわね。」
ソアラは自分が隠れている洞窟の奥を覗く。しかしここはもう十歩も進めば行き止まりだ。
「あたしはまだ海岸縁を調べていない___洞窟の奥なんて怪しいな。」
ソアラは降りしきる雨の向こうの海岸縁を見つめた。
「月?」
何だろうか、ぼんやりとした円形の光が見えた気がした。
「穴と言っても___縦もあれば横もある。大きさだって色々___深さも。」
三十分もじっとして少し余裕を取り戻したフローラは、洞窟の奥に色気を出していた。
「雨が止むまで待つか___いや。」
傾斜が変われば水はそちらへと向く。入り口の傾斜を返れば流れは止まるはず。問題は___自分に岩盤を砕くような破壊力のある呪文がないこと。ウィンドビュートでは足りないだろう。シザースボールも毛色が違う。念のため魔法書は持ってきたが、自分の慣れないプラドに岩を砕く力があるとも思えない。呪文には向き不向きがあるのだ。ソアラも回復呪文は使えない。魔力に色を付けて呪文になるのだから、人はそれぞれ異なる絵の具を持っていると考えればいい。
平等なのは無色の魔力。あれならプラド以上のシャープさで岩を砕けるだろう。
「やってみるか___」
フローラは気を落ち着ける。そして徐に、酸の流れの中に足を下ろした。ブーツが妨げにはなっているが、すぐに酸は浸みてくる。これは彼女にとって、自分を追い込む賭けだった。
「よし___」
酸の流れに真っ直ぐ向き直り、フローラは洞窟の入り口にその両手を向けた。魔力とは本来の己が持つ力。無理に押し出さずとも、力まずとも、力は己の身の内にあるのだ。だから、静かに入り口を開くだけでいい。
持論に過ぎないが、彼女は自信を持っていた。
無色の魔力を放出するにはとにかく心を整然とすること。手先に集まった魔力にただ一つ、念じるだけでいいはずだ。
「行け。」
ドォゥッ!!
衝撃がフローラを洞窟の奥へと押し込んだ。彼女の掌から放たれた白い輝きは真っ直ぐ入り口下の岩盤にぶち当たり、滑らかな岩場を激しく砕いて消滅した。できた!だが今は感動している時ではない。
「ウインドビュート!」
さらに放たれた風の呪文が砕けた瓦礫を吹き飛ばす。残ったのは海側へと傾きの変わった岩盤だった。フローラは再び壁際の飛び出した岩に移動した。今更になって、壮絶な魔力の喪失感と足の痛みに襲われた。
「確か___」
フローラはマッチを灯し、持参した魔法書のページを捲っていく。
「あったこれだ。」
そこに記されていた呪文の名はイゼライル。鉱物に光の輝きをもたらす呪文だ。フローラは壁に手を宛ってウィンドビュートを放つと、罅入った壁から掌に収まる程度の石を抜き取った。
「我に闇の恐れをうち払う輝きを___イゼライル!」
無色の魔力を意識すれば、加えてそれを色に染めるという意識も加わる。はじめての呪文も簡単にこなすことができたのは、イゼライルの色を意識して無色の魔力に塗り混んだから___そんな気がした。
「良し___いける。」
掌に光り輝く石を握りしめ、フローラは洞窟を奥へと進んだ。
一方のソアラは。
「おー、乾いた乾いた。」
すっかり乾ききった服を着て、その暖かさに胸を躍らせていた。改めて髪を束ね、休憩で魔力も幾らか持ち直したところで再び煉鉱石探しに乗り出そうとしていた。
「少し小降りにはなってきたかな。」
傘もきっと役に立たないのだろう。すぐさま服に穴が空くほど強い酸ではないが、糸は脆くなっているはず。我慢できるレベルとはいえ、目にはまだ痛みが残っているし、肌荒れや髪の傷みが気になる。
(あたしだって女だもの。それくらいは気になるさっ。)
さすがに雨の中を飛び出す気にはなれなかった。
彼女がもたついている間に、フローラは煉鉱石を求めて洞窟を奥へと進む。思いの外、深い。あれだけの水が流入しているのだから、それこそ地底湖か、或いは海中へと通じる口があるのかも知れない。そこに煉鉱石が?淡い期待を胸に彼女は進んだ。しかし___
「ひっ!」
突如、脹ら脛の辺りを何かに撫でられる感覚が走った。フローラは驚いて足を止め、寒気を感じてその辺りを手で払った。
「いたっ!」
何かが地面に転げ落ちた。そして脹ら脛には差し込むような鋭い痛みが残っていた。フローラはイゼライルの光を転げ落ちたものに当ててみる。
「っ!!」
そして思わず息をのんだ。ソアラほど嫌いな虫がいるわけではないが、だからといって虫が得意なわけではない。たった今まで自分の足にへばりついていたのが、黒光りした拳程度の虫であると知ってフローラはゾッとした。その虫の形態はフナムシやゴキブリに近く、楕円形で、足は多数。銅が蛇腹になっていて羽はないが動きは機敏。
「ひっ!」
天井から突然虫が降ってきて、彼女の腕へとへばりついた。フローラは悲鳴を吸い込み、虫を振り払う。するとまた腕に鋭い痛みが走った。さすがに冷静になって腕を見やると、そこは火傷のように赤み帯びていた。
「酸だ___それじゃあこの虫が!?」
ヴェルディ岬の酸の雨を生み出しているのかも知れない。
ボトッボトボトッ!
「!?」
床に数匹の虫が落ちてきた。また一匹が肩に落ちる。それを振り払うと、服を通して肩に熱が伝わった。服は焼けて小さな穴が空いていた。
「___」
フローラはいやな汗を浮かび上がらせながら、天井に光を向けてみた。
そこには、黒い集団が蠢いていた。それこそ五匹や十匹ではない。百匹、千匹、天井中にその虫が隙間もないほどにへばりついている。その光景を見て悲鳴を上げない女子がいるものか。男子とておぞましさに錯乱するであろう。何しろその虫はフナムシに似ていて、拳ほどの大きさなのだから。
「きゃあああああっ!」
フローラの叫びは虫を驚かせた。天井からいくつもの虫が解き放たれた。
「いまのは!?」
彼女の尋常ではない叫びは、洞窟で共鳴しソアラの耳にまで届いた。ソアラはドラゴンブレスで傘を作り、やや小降りになった雨の中へと飛び出した。
「海岸の方だったけど___」
「いやっ!いやああっ!たすけて!ああああっ!」
次の悲鳴でソアラは海岸の洞窟を見つけ、そこへと走った。ただ事ではない。自分よりよほど落ち着いているフローラにあんな悲鳴を上げさせる出来事なんて!
「フローラ!」
洞窟に足を踏み入れ、ソアラは叫んだ。呻き声は聞こえるが返事はない。ドラゴンブレスの松明を片手にソアラは走った。やがてたどり着いた洞窟の奥、そこで見たものに彼女は目を疑った。
「フローラ!?」
フローラが気絶して倒れている。酸の流れに身を浸していることも恐怖だが、それ以上に恐ろしいのは、彼女が黒いうごめきに覆い尽くされていること。
「な、なによあれ!?」
そんなとき、天井からドラゴンブレスの松明に虫が飛び込んできた。火あぶりにされた虫は酸を吐き出しながらのたうち回って地面に転げ落ちた。
「これは___まずいぞ!」
だがどうする?無理矢理引き剥がしてはフローラは酸の餌食になる。かといって猶予もない。それこそこのままでは虫の餌になるかも知れない。
「!」
そんなとき、自分の足下に魔法書が転がっていることに気が付いた。そして思い出した。確かこういう時に適した呪文があったはず。弱い生命波動を持つ者だけを圧し、遠ざける呪文!
ソアラは魔法書を拾い上げ、素早くページを捲る。そして見つけた。
「弱き心、弱き力、弱き魂!我に屈せよ!___ディヴァインライト!!」
無駄はいらない、とにかく迅速にソアラは呪文を唱えた。まさに瞬発力のなせる技。
ソアラの手が閃光弾のように一瞬だけ激しく輝いた。光はそのまま洞窟全体へと走り抜け、キラキラとした残光を振りまいた。そしてその途端、辺りを覆い尽くしていた虫たちが目を見張るようなスピードで走り出した(それはそれでかなりおぞましいものではあった)。中にはその場で空を向いて節足を震わせているものまでいる。
「フローラ!」
酸の流れから助けなければ!ソアラは服を焼き尽くされて裸同然のフローラに駆け寄った。
「ん___」
「気が付いた?」
少し息を切らせながら洞窟を外へと進んでいると、ソアラに抱きかかえられたフローラが目を覚ました。
「ソアラ___」
「傷は?」
「大丈夫___大したことないよ。あ、いいよ、下ろして。」
ソアラが両腕の辛さを堪えているのが分かったので、フローラは自ら下へと降り立った。ブーツと下着が無事なのは幸いだが、服はもはやあってもなくても同じようなもの。その程度しか残っていなかった。
「着なさいな。」
ソアラは自分の服を脱いでフローラに手渡した。
「でも___」
「いいの、あたしは下着でも平気だから。あなたはそういうキャラじゃないでしょ?あ、見てよ、雨が止んでる。」
洞窟の外に出ると、雨はすっかり上がっていた。上空の雲はどこかへと消え、月が顔を覗かせていた。
「ソアラ、もうあまり時間がないわ___」
「そうだね___」
二人は困り顔になって、洞窟の入り口から海岸へと上がった。その時フローラは、何気なく海を眺めた。
「月が___」
海に映った月の、白い輝きに目を奪われる。しかしそれにしても___
「ああ、海に映っているのね___って。」
ソアラも一瞥しただけの輝きを改めて振り返り見た。なんだか___
「大きすぎない?」
二人は互いに顔を見合わせ、声を揃えて言った。
パンッ!
ハイタッチも軽やかに、二人は波打ち際へと駆けだした。
「は〜ん、確かに穴だね。」
「そうだね。」
二人は波打ち際から、海面の光の奥底を見つめていた。海中の窪みに、丸くて白い擂り鉢状の岩がある。それこそ珊瑚か何かのように居座っていた。月の輝きを受けて光っているのか、酸を受けて輝いているのか、どちらにせよわかりやすい自己主張だった。
「ねぇ___」
フローラは手にした煉鉱石を眺めながら尋ねた。
「ん?」
「スペシャルペナルティって何かな___」
「あ〜。」
それを思い出すと煉鉱石を手に入れた悦びも半減しそうだった。それでも二人は、体力の回復を待った上で、それぞれの煉鉱石を手にアモンの島へと帰っていった。
休暇が一日あったのはありがたかった。しかし翌々日。
「えー、今日は特別に基礎体力のテストを行う。」
「変態。」
二人に用意されていた服装は大胆なビキニ姿。アモンのスペシャルペナルティはビキニ姿で体力テストであった。いや、実にアホらしい。
「変態変態。」
「うるせぇぞ!」
元々開放的なソアラには余裕がある。フローラも照れてはいるが、苦痛ではなさそうだった。
「それにしてもスペシャルペナルティっていうからもっと強烈なものかと思っちゃった。シャツとスカートでノーパンノーブラ修業とかさ。」
ソアラはそんなことを言って笑った。それがとんでもない失言と気づいた時は既に遅しである。
「そういえばソアラ、おまえヴェルディ岬から下着姿で帰ってきたよな。ってことは、別にビキニなんて何にも堪えないよな。俺も今ひとつ新鮮味がねえし。」
「ま、まってよ___あたしだってこの格好は恥ずかしいってば___」
アモンの目は血走って、笑顔は身体を嘗め回すようにいやらしい。自分の余計な一言を心から後悔するソアラ。
「よし、てめえはノーパンノーブラだ。」
「やだ〜っ!」
「待ちやがれ!」
島の海岸では、暫くソアラとアモンの追いかけっこが続いた。
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