1 無色の魔力
「よ〜う、じじい、元気にしてたか?」
「お〜う、サザビー。ポポトルで少しはできるようになったか?」
「任せてくれよ、師匠。」
再会するなり妙なノリの二人。この二人が馬が合うというのは分からないでもない。それこそアモンの若い頃はサザビーのような感じだったのではと想像できる。
「ちょっとソアラ、こっちこい。」
「え〜?も〜、なんかやだなぁ、あんたたちに近づくの。」
ソアラは愚痴りながらも、仲良く拳を会わせているサザビーとアモンの側へと近寄った。両手を後ろに隠して。
「まあ、ここに立ってろ。」
「___」
二人の目の前に立たされたソアラ。もう半分諦め顔である。
「必殺!」
二人の声の見事なハーモニー!
「乳首刈り!」
アモンが左、サザビーが右。二人は光の如き速さでソアラの胸へと指先を走らせる。音速の精密さで、指はソアラを捕らえようとしていたが___
グギッ!
ソアラは両手に持ったフライパンを、胸の前に素早く宛った。
「ぐおおおお___!」
完全に突き指したらしい二人は、指を抱えてうめき声を上げた。
「ば〜か、そう何度もやられるもんですか。」
「しょ、勝負はお預けだな、サザビー。」
「つ、次は負けねえからな、師匠。」
「あほ。」
ソアラはフライパンで二人の頭をひっぱたいた。
「んでさぁ、それはいいからよ〜、アモンさんは何か用があったから来たんだろ?」
とりあえずソアラが無事でホッとしている百鬼が、話を本題へと切り替えた。
「ああ、そうだ。まあ、こっちの方で妙な空気を感じたから飛んできた訳なんだが___」
「あっ、そう言えばミロルグに襲われて___」
「そうだ。家を無くした俺は、今この先のヴェルディ岬の沖合にある無人島に住んでいる。」
「ヴェルディ岬!」
ソアラは驚いて声を上げた。
「ヴェルディ岬って言えば死の岬とか___」
「えー、百鬼も知ってるんじゃ知らないの僕だけ!?」
ライは社会勉強をしなければと心に決める。
「勘違いするな、ヴェルディ岬の沖だからな。んでだ、様子を見に来てみたらこんな様だ。おまえらこれからどうするつもりなんだ?」
アモンは一人一人と視線を合わして、一通りの顔を見渡した。
「次はグレルカイムに行こうと思っているわ。」
「またバルバロッサとリュキアがついて来るぞ。」
「それはそうかも知れないけど___」
ソアラにも返す言葉が見つからない。確かにリュキアに痛手を負わせることはできたが、向こうは明らかに油断していたし、互角の戦いとは言えなかった。あの二人が本気でこちらを始末しに掛かったら___果たして凌げるかどうか。いや、まだミロルグもいるし、ライとサザビーが遭遇したジュライナギアだっている。
なによりも超龍神がいる。
「おまえたちがあいつらに勝つのは難しいぞ。」
「難しくてもやらなきゃならねえんだ!」
ともすれば無鉄砲に思える百鬼の魂は、時に皆に力を与える。
「バルバロッサは強かったが、戦えない相手じゃなかった!やってやれないことはねえ!」
「そうだな。だが実力で劣っているのは確かだ。おまえらが勝つには頭を使って戦わなけりゃならん。それが___おまえとおまえには足りない。」
アモンは百鬼とライを指さしていった。そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
「おまえたちの剣術のセンスははっきり言ってサザビーよりも上だ。だが、おまえたちの戦いのレベルはこいつよりも遙かに下だ。おまえらはサザビーに、知恵を使った戦い方を教われ。戦術の駆け引きを教われ。空いている時間は鍛錬に使え。筋力だけじゃない、頭を鍛えることも大事だ。」
二人は彼の言葉を肝に銘じるように硬い表情になる。
「そしてソアラ、フローラ。おまえらに相談がある。」
「___相談?」
二人は顔を見合わせた。
「俺の所で修業をしないか?期間はそうだな___三十日だ。」
「え〜。」
「何でぇ、その不満そうな顔は。」
「だってねぇ。」
「ねぇ。」
修業そのものは魅力的だが、そのあいだ彼と三人で過ごすというのは、女として身の危険を感じる。
「修業の成果は約束するぞ。三十日でおまえらをフュミレイのレベルにまでは確実に持っていく。ミロルグにはできないがな。」
二人にはその言葉が半信半疑だった。そんな急速なレベルアップってできるものだろうか?
「本当に?」
「本当だ。まあ、おまえらなら五年もみっちり修業すればミロルグに近いレベルにだって辿り着けると思うぞ。それだけ俺はおまえらの素質を買っている。」
魔族と渡り合うために、肉弾戦の向上は独自に行うこともできるが___魔道に関しては優れた師の元で教授を受ける方がはるかに効果的である。
「なあ師匠、確かに二人が魔法の実力をアップしてくれるのはありがたい。だが、一ヶ月のあいだ二人抜きで魔族と渡り合うのは厳しいぜ___その間じっとしているわけにもいかないだろ?」
そう、それが問題だ。サザビーの言うとおり、今後魔法の使い手無しで魔族と、特に魔法使いであるミロルグを相手にするのは厳しいだろう。グレルカイムに向かえば、きっと誰かしら魔族がつけてくるはずなのだから。
「だから___賭けに出るのさ。」
「賭け?」
「騙すんだよ、奴等を。行き先を分担したと思いこませるのさ。」
そう、均整は四つあるのだから。
西の海岸に出れば、大陸の岸が見える南海の孤島。一周が五キロメートル程度で、さほど大きな島ではない。丈の低い木が多く立ち並び、中央は少し山なりになっているが、沼などもあって地形は多彩。砂浜は綺麗な黄金色で、海の水も実に澄みきっている。
この島に一筋の光が飛んできた。光は島の海岸に砂を巻き上げながら降り立つと、輝きが途絶え、アモンとソアラ、フローラが姿を現した。
「凄いなぁ、あたしは今の呪文を教えて貰いたいよ。」
ヘヴンズドアにすっかり感激しきりのソアラ。
「教えねえよ。だいたい教えたっておまえたちじゃ無理だ。」
「ここに住んでいるんですか?」
「そうだ、あそこがヴェルディ岬さ。」
アモンは海を挟んで向こうに霞む大地を指さした。そこに見えるヴェルディ岬は泳いででも辿り着けるほどの距離だ。
「あそこってなんで死の岬って言われてるんだっけ___」
「酸の雨が降るという話よ。」
フローラの答えを聞いてソアラは青ざめた。
「酸!はあ〜、怖い怖い。」
「おい、まずは家に来て荷物を置いてこい、リングも外せよ。今日から早速始めるぞ。まあ今日は軽めだがな。」
「家って___?」
「あれだあれ。」
「___ああ、あれ。」
森の奥に洞窟の口が見えた。
「穴蔵好きねえ、アモンさん。」
「おう、穴は大好き。」
殴るべきだろうか___いや殴らないでおこう。冷やかされる。ソアラは拳を堪えた。
___
「何が軽めよ___」
「疲れた〜。」
軽めという言葉が本当なのか嘘なのか、それは明日にならなければ分からない。疲れ果てた二人は洞窟の中に用意された寝室に、倒れ込むようにやってきた。家財道具は既にアモンが買い付けて、部屋には二つの貧弱なベッドが用意されていた。魔力の消耗は精神の消耗。回復には眠ることが必須である。アモンへの警戒心は多分にあったが、それ以上に疲れに負けて二人は深い眠りに落ちた。
二日目。島の一角に平坦で土が丸出しの広場がある。日当たりもよく、アモンは毎朝の集合場所をここに定めた。本日から本格的な修業の開始。アモンから、明確な方針が出されたのである。
「さて、今日からしっかりとはじめるぞ。まず最初に言っておくが、俺が三十日間で教えるのは呪文ではなく、魔力だ。前にも言ったよな。呪文は呪文だ。大事なのは呪文の元となる魔力の強さ、大きさ、そしてそれを操れる腕だ。」
「はいっ!」
二人はポポトルの軍事訓練を受けていた頃の気分に戻り、ハキハキとした返事をする。
「これ以外に俺が教えられるのは、夜のテクニック。」
「それはいらないであります!」
「あ、そう。」
アモンはシュンとする。ソアラは彼をどつきたい衝動を抑えるので必死だった。
「さて、まず俺の修業方針を説明する。俺はこれから三十日間で、おまえたちに六つくらいの課題を出すだろう。六つというのはあくまで目安だ。おまえたちが次々と課題を解けば、それだけこなす数は多くなる。」
「どんな課題ですか?」
「それは言えない。だが、魔法の修業だからな、魔力は使う。それでだ、午前中はこの課題を解くための自習時間にする。午後は昨日やったような魔力の鍛錬だ。いいな。」
「はいっ!」
二人は気を引き締めると同時に、その課題に大いに興味を抱いていた。六つと言わず、十、二十と解いてやると思っていたのは、二人とも同じ事だ。
「さて最初の課題だ。えー、まずはこれを使う。」
アモンはなにやら掌ほどの大きさの機械を取りだした。表面には時計の板がついていて、二本の針は全て十二時の位置で止まっている。
「何ですかそれ?」
「短時間測定器だ。科学技術研究所の奴から貰った。おい、おまえら向こうの切り株あるだろ。あそこからここまで一人ずつ全力で走れ。」
なんだそりゃ?二人は首を傾げたが、言われたとおりに切り株の側へと向かっていった。
そして___
「ソアラが六秒丁度、フローラが七秒前半か。ソアラ、おまえ速すぎ。」
「昔から足の速さは男にも負けない自信があるのよ。」
「それだけじゃなかろーに。」
「なんかいった?」
「いや、なんにも。」
とても師匠と弟子の会話とは思えない。アモンはしゃがみこむと、弾き出されたタイムを地面に枝で書き留め、暫くそれを眺めた。
「よし、それでは最初の課題だ。」
満を持してアモンが立ち上がる。二人は腕が鳴る思いで気をつけした。
「ソアラは今のダッシュ、五秒切れ。フローラは六秒切れ。」
「え?」
開いた口が塞がらない。二人はワクワクしていた気持ちを不意にされたようで、なにも言えなかった。
「体を鍛えたってできねえぞ。何しろ魔法の鍛錬だからな。魔法を使って解くんだ。」
「と、解けるんですか___?」
フローラがたどたどしく尋ねた。
「つべこべ言うな。ヒントは魔法だ。それ以外はなにも教えない。おまえたちの知恵を絞って解決策を練り出せ。相談したって構わない。これを解くための自習時間が午前中だ。俺は家にいるから、もし解けたと思ったら俺を呼びに来い。解決できれば次の課題へ、失敗すればペナルティとして、夜は裸で寝てもらう。」
「何の関係があんのよっ!」
ソアラはアモンにヘッドロックをかけ、こめかみに拳をこすりつけた。フローラもキャッキャッと手を叩いている。
「ったく、いてぇなぁ。それくらいの方が張り合いがあるだろうが。ようは間違えなきゃいいんだよ。」
「わ、わかったわよ。」
「測定器は貸していただけるんですか?」
「んなわきゃない。さあ、さっさと自習をはじめろ。俺はちょいと街まで買い物に行ってくる。どうせ今日のうちに解けるとは思えないんでな。」
それだけ言い残して、アモンは自らの身体を光に包み込み、姿を消してしまった。取り残された二人は一つ溜息を付く。
「はじめよっか。」
「ソアラ、あたし裸で寝るなんてやだ___」
本気で嫌がっているフローラ。アモンが言うから冗談にも聞こえないのだ。
「あたしだってやよ、あんなスケベじじいがいるのに。なにされたか分かったもんじゃないわ。」
ソアラも自分の身体を抱いて身震いする。
「でも大丈夫よ。間違えなきゃいいの。あいつに目にもの見せてやりましょ!」
そして二人の思考時間が始まる。連帯意識を見せたのは最初だけ。二人は各々で解決策を捜しはじめた。それもそのはず、ソアラは攻撃呪文、フローラは回復呪文を得意とする、いわばタイプの違う魔法使い。解決策まですっかり同じとは思えなかったのだ。
結局この日は課題を解くには至らなかった。そして午後には、昨日と同様の厳しい修行が始まる。
「よーし、鍛錬の時間だ。あっとその前に、街に行ったついでに、おまえたちにプレゼントを買ってきてやった。寝室に置いてあるからとくと受け取れ。」
何だろう?二人は期待に胸躍らせながら、午後の鍛錬に挑んだ。
鍛錬には様々なものがあるが、その方向性ははっきりしていた。アモンが主に鍛えているのは、魔力の持続力、瞬発力である。
持続力の修業で代表的なのはフローラに課せられた鍛錬、「五分シザースボール」だろう。小さな風竜巻の球体シザースボールで、拳ほどの金属片を取り込み浮遊させ、その状態を五分継続させるというもの。これには途切れない集中力と魔力の供給が必要になる。
瞬発力の修業で代表的なのはソアラに課せられた鍛錬、「水氷百回繰り返し」だろう。金属のバケツに入れられた水に対してフリーズブリザードで凍結、ドラゴンブレスで融解を百回繰り返すというもの。しかもこれには三分という制限時間があり、瞬発的な魔力の放出と、高い威力が求められる。
どちらにも言えるのは、魔力の容量が乏しくてはできないということ、そして体力の消耗も激しいということ。この代表的な鍛錬が終わると二人はへたり込んで、息も絶え絶えになってしまう。今までリングをつけていたときは、実感に乏しかった魔力の消耗というのも分かる気がした。それほど修業は過酷だったのだ。
ただ今日に関してはアモンからのプレゼントがあるそれがせめてもの清涼剤___
「なによこれ。」
寝室に戻った二人を待っていたのは、箱一杯の下着類だった。しかも、シンプルなものを探さなければならないほど、一癖あるものばかり。
「書き置きがあるわ___汗をかくから換えはたくさん必要だろう。俺のセンスで大量に買い込んでおいたから使え。サイズは心配するな。俺の目は確かだ。だって___」
フローラは疲れ切った声で書き置きを読み上げた。
「そりゃ確かに必要だけどさ。」
「それはそうだけどね___あっ。」
「どした?」
「追伸、できれば修業はノーブラでよろしく___だそうです。」
二人は溜息を付いた。まだ二日目。先が思いやられる。
それからさらに二日後のこと。
「アモンさん!解けたよ!」
最後にはお互いの案を確認しあい、二人は満を持してアモンを呼びに走った。
「いい、行くよ!」
「よし。」
切り株の前で、ソアラは跪くような態勢になる。両手を地につけたクラウチングスタートの形だ。
「よーい、ドンッ!」
「プラドッ!!」
アモンの号令と同時にソアラが叫んだ。彼女の両手と地面の間で爆発が起こり、それが強烈なスタートダッシュをもたらす。ゴールはあっという間のことだった。
「四秒丁度。」
「やった!」
続いてフローラ。彼女の場合は立ったままでのスタート用意。
「よーい、ドンッ!」
「ウインドビュート!」
フローラは後方に手を翳したまま走り出す。両手から吹き出す風がジェット噴射の役目を果たし、後半に驚異的な伸びを見せる。最速のままでゴールしたフローラのタイムは?
「五秒半。」
「ほっ___」
「いぇーい、やったね。」
二人は課題クリアを素直に喜び、ハイタッチを交わした。結果としてソアラは瞬発力、フローラは持続力を使って課題を解いたのである。
「見事だ。答えは三角だが、一つ目の課題はクリアだな。」
二人はその言葉に耳を疑った。二人ともこの答えが万全と思って望んだのだ。まさかそれを三角と評されるとは。
「まあソアラの場合はプラドがあるし、フローラもウィンドビュートが得意だ。だからこれを選んだのは妥当だ。だが俺は魔力そのものの爆発力でおまえらにこれをやってもらいたかったんだなあ。」
「魔力そのもの___?」
「これだ!」
アモンの手が輝いた。瞬時のことではっきりとは見えなかったが、白い波動のようなものが地面に向かって放たれ、地面に強い衝撃と小さな窪みを与えていた。呪文とは違う。プラドに似てはいるが別のものだ。
「こいつが魔力そのもの。呪文を介さずに表に現した無色のエネルギーさ。おまえたちはまだこいつを表に出すことはできない。何とか掌や指先まで運んで、そこからは呪文という言葉の媒体を使って、なんかしらの色を付けて外へと出している。手を使うのは、手が人の体の中で最も力が集中しやすく、接触面が多く、多感であり繊細であるからだ。」
二人はアモンの話しに聞き入っていた。それほど、いま彼が見せたものは二人にとって衝撃的だった。
「この魔力そのものを放ち出すことができれば、それは呪文以上の力を示す。何しろ無色だからな。火を蹴散らし、氷を砕き、風に屈せず、地を駆け抜ける力だ。そして、これを手に限らず身体全体から発することができれば___!」
「!?」
二人は思わず後ずさった。突如としてアモンの身体が神々しい光に覆われたのだ。それは白い炎のようにアモンの身体を揺らめき、彼を覆っている。いわばオーラか!
「ソアラ、なんでもいい、俺に呪文を撃て。」
「ドラゴンブレス。」
ソアラは躊躇うことなく、アモンに向かって炎を放った。しかし炎は、白いオーラに触れるなり水と合わさった油のように散り散りになり、かき消されてしまった。
「こういうことも可能だ。勿論、当事者の魔力の強さにもよるがな。」
フッとアモンの周囲のオーラが消えた。彼の額にはたくさんの汗が滲んでいた。
「正直___俺もこれをやるのは辛い。それくらいこいつを使いこなすのは大変だ。つまり強烈な魔力を要するから、今のおまえたちには到底できない。」
思わずこける二人。
「だがこの三十日の間に、せめて掌から外に出せるようにしろ。いいな!」
「はいっ!」
すぐに二人は快活な返事をして、次の課題へと望んだ。
こんな調子で修業は進む。グロリアの男三人はどうしたんだ?とお思いの方もおりましょう。ですがまずは女二人の修業生活におつきあい下さいませ。
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