1 とある可能性

 「いや、また君たちに会えて私は非常に嬉しいよ。」
 髭のトルストイは満面の笑みで姿を現した。基盤があったとはいえ白竜自警団は新しく生まれた組織。トルストイは忙しく飛び回り、今しがた迎えに出たデイルとアンデイロから戻ってきたところである。ソアラたちがカルラーンに辿り着いてから三日後のことだ。
 「ゴルガではアレックス将軍を守りきれず___申し訳ございませんでした。」
 「いや、過ぎたことだ。我々もケルベロスを当てにしすぎた。」
 トルストイは彼らを労っても、攻めることはしなかった。それは、彼もケルベロスに懸念を抱いているからに他ならない。
 「だが一つ聞きたいことがある___総帥の死の状況だ。ゴルガに残っていたポポトルの残党はたった一人だ。後続部隊の調査で調べはついている。これはあまりにも不可解だとは思わぬか?なんでもよい、総帥の死について知っていることがあれば、教えてほしいのだ。」
 そしてトルストイはケルベロスを疑っていた。確かに、ゴルガにたった一人で残った兵士が、死を覚悟で、来るかも分からない敵将を狙うというのはおかしい。真相を知っているソアラたちにとってみれば、少々軽はずみな暗殺計画だ。
 (あえて軽はずみにしたのかも知れない。いずれ戦いの引き金になるようにと___)
 フュミレイとアレックスの戦いに遭遇したのはソアラだけ。ライたち四人は、黙ってソアラの言葉を待った。
 「___なにも、知りません。」
 「真か?」
 トルストイは重い口調で改めて問うた。それはまるで詰問のような迫力を交えて。
 「それを判断するのはそちらです。」
 「では私は信じぬ。」
 ソアラはクッと奥歯を噛みしめた。
 「おまえは知っているなソアラ。そしてそれがケルベロスとの関係を劣悪に変える可能性を秘めていると感じている。」
 トルストイはソアラを睨み付けた。
 「見くびるのも大概にしろ!」
 そして激しい叱責。ソアラは面くらい、肩を震わせた。
 「おまえはなにやらおまえたちにとって重要な事態を解決するために、旅をしているらしいな。デイルから聞いた。そんなおまえたちに世界の何が動かせる?アレックス将軍の死について、その真相を知っていなければならないのはおまえではない。」
 ソアラは高ぶった鼓動を感じたまま、トルストイに反抗的な姿勢をとった。
 「でも、それが戦争の引き金になるのなら、引き金を握る人には話したくありません。戦争は、二つの勢力と兵士たちが戦うだけのものではないでしょう?」
 「事実は知らねばならない。ソアラ、おまえの知る真実が引き金を食い止める要因になる可能性もある、そうは思わぬのか?」
 「止める___?」
 それはない発想だった。どういう方向に話を進めてみても、戦いは避けられない。白竜が事実を知って我慢できるのか?我慢できるのか、トルストイは?
 いや、それを傲慢だと叱られたんだった___
 生意気すぎるんだよ、あたしは。
 「将軍はケルベロスの策に落ちたのです。」
 その言葉を聞き、驚いたのはその場にいたトルストイ、そしてデイルだけではない。ライたちも、ソアラが真実を語りだしたことに驚いていた。
 「実行犯はフュミレイ・リドン。ゴルガで息絶えていたポポトル兵は、ケルベロス兵の変装、いわば囮です。」
 トルストイは目を閉じ、彼女の告白を神妙に聞いていた。
 「首謀者は、あの当時ベルグランを指揮していたハウンゼン、そしてダビリスです。」
 「ダビリス!あの男か___!」
 トルストイは驚きを隠せない様子。デイルは疑念が確信に変わり、嫌悪の舌打ちをする。
 「報告が遅れまして、申し訳ありませんでした___」
 「___いや、分かってくれればよいのだ。貴公の告白には心より感謝する。」
 目を開け、トルストイは納得の笑みを見せ、ソアラに対して敬礼をした。
 「出発はいつの予定だ?」
 「今日中にも発つつもりです。自警団は身内ではありませんから。いつまでも間借りするわけにもいかないでしょう?」
 予定では明日だった。だがソアラはここに止まることを望みはしなかった。ここにいるとまた、自警団に介入したくなりそうだから。
 「デイル、例の物を。」
 「はっ。」
 デイルは懐から封筒を取りだして、トルストイに渡した。
 「自警団の船舶を用意しておいた。さすがにプレゼントするわけにはいかないが、ゴルガまでの道のりは保証する。これは私の証書だ。それから船に給金を積んでおいた。おまえたちの金だ、好きなように使え。」
 暖かな心遣い。別れ際に「頑張れ」と一人一人に握手を交わし、トルストイは彼らを見送った。そしてソアラたち五人も、己の目的のためにゴルガへと旅だった。
 「良かったのかなあ、教えちゃって。ケルベロスと戦争になるんじゃないの?」
 馬車の後ろから、名残惜しそうにカルラーンを眺めているライ。城の姿はどんどん遠ざかっていく。
 「ならないわよ。今はまだ、ケルベロスだってすぐには動きたくない。かつてケルベロスの世界制覇が崩れたのは民衆の反発よ。」
 「ケルベロスも恐怖政治で世界を統べようとは思わない。」
 ソアラの言葉にサザビーが付け加える。
 「とにかくさ、そっちはトルストイ将軍、いや団長に任せればいいのさ。俺たちが相手にしなくちゃならないのは超龍神!」
 百鬼は新調した片刃の剣を鞘に収めたまま掲げた。
 「そういうことね。」
 ソアラは微笑んで、ライと同じように遠ざかるカルラーンを眺めた。

 「たびたびご苦労。」
 アモンがケルベロスからの手紙を受け取ったのは、フュミレイが発送してからおおよそ十数日経てからのことだった。配達人はいつもと同じ男。秘密裏のルートを持つ個人の配送屋という奴だ。
 「差出人からの伝言があるよ。やり取りはこれで終了にしたいそうだ。」
 「心得た、帰っていいぞ。」
 アモンは銀貨を一枚指で跳ね上げ、男はそれを受け取ると足早に立ち去っていった。
 「そろそろ危なくなってきたというわけか。」
 アモンは手紙を開いた。いつも通り、上品な文字で構成された手紙は、清潔感に溢れている。
 「なになに___逐一の親身な御指導に感謝いたします。しかし、ハウンゼンが戻れば、私への注意の目が強くなることが予想され、これ以上のやり取りは難しくなるでしょう。」
 アモンはブツブツと手紙を読み上げながら、住み慣れた洞窟へと入っていく。湯沸かしのアルコールランプに蓋をして、彼は煮立てていた白湯をカップに移した。
 「超龍神とリングについての警告、深く肝に銘じました。そして、超龍神の肉体の封印について、『希望の祠』と呼ばれるものは確かに存在するようです。まだ足を運んではおりませんが、いずれはこの目で四つの均整の女神像を確認したいと思っています。ですが、これをケルベロスの兵力を利用して守護するというのは難しいでしょう。ハウンゼンがまともに取り合うとも思えません。そしてできれば、邪悪の封印など、あの男には知られたくないのです。か___確かにそうだな。魔族と関わるのは人間は少ないほうがいい。俺や、ソアラたちで充分だ。」
 アモンは手紙をテーブルに置き、適温になった白湯を口にする。そして立ち上がると、ゆっくりと洞窟の外へと歩き出した。その眼光はいつになく鋭かった。
 そして彼を出迎えた人物も勝るとも劣らない、鋭い気配の持ち主だった。
 「客を招いた覚えはないが___」
 アモンは感じていた。その人物の秘めたる力を。壮絶なる魔力を。
 「招かれざる客だ。」
 そして彼女もまた、アモンの内に秘めた膨大な魔の力に、警戒を強めていた。
 「本来なら美人は歓迎だが___おまえは別だな。名前は?」
 「ミロルグ。」
 洞窟の入り口から岩を一つ二つ飛び越えた先に、黒い女ミロルグが立っていた。風に黒いマントをはためかせ、彼女は無表情にアモンを見ていた。
 「俺に何か用かい?まともな用なら、その殺気は勘弁してほしいな。」
 洞窟の回りには、鳥の歌声さえなくなっていた。ただ、風が吹き抜ける音だけ。
 「おまえは色々詳しいようだから___様子を伺いに来た。」
 「超龍神は俺みたいな老いぼれを始末するのに、おまえみたいな駒を使うのかい?」
 アモンは両の掌を広げ、臨戦態勢に移っていく。ミロルグの足下に一陣の風が舞うと、彼女の身体はゆっくりと浮上した。足場から三メートルほど高く、アモンを下目に見る高さへ。
 「謙遜はやめろ___おまえの魔力は手に取るように分かる。それに___」
 そして、マントの影からそのしなやかな右手を表した。
 「駒と呼ばれるのは気に入らないな。」
 ポゥッ!
 ミロルグの掌が輝いた瞬間、強烈な風圧が彼女の髪を押し広げ、光り輝く球体がアモンを襲った。
 「ディオプラドか!」
 爆発呪文プラドの上級魔法。ミロルグは蓄積も詠唱も無しに簡単に放ってみせた。アモンは老体に鞭打って必死の横っ飛び。光り輝く球体は、彼の後方の洞窟の内部に侵入し、内側から壮絶な爆発を巻き起こす。洞窟は瞬く間に、音を立てて崩れ落ちていく。大量の粉塵が巻き上がり、飛び散る瓦礫をアモンは伏せてやり過ごした。
 「な、なんだあれ!?」
 そのとき、ソアラたち五人も廃墟と化したローザブルグへと続く街道を進んでいた。前方、街の向こう側で上がった突然の爆炎は、狼煙のように彼らに異常を知らしめた。
 「あれって___アモンさんの洞窟の辺りよ!」
 フローラが声を上擦らせて叫んだ。
 「なにかあったか___んっ!?お、おいおまえら!」
 サザビーが目を凝らして煙を睨み付けたときには既に、ソアラは荷物運び役にシィットで手に入れた大型馬から、荷を投げ下ろしていた。
 「歩いてもたもたしてたんじゃ間に合わないかもしれないでしょ!」
 ソアラは手綱を取って素早く馬に跨った。
 「俺も行く!」
 そしてその後ろに百鬼が。二人を乗せた馬は、ソアラに横腹を蹴られて一気に駆けだした。
 「あ〜、いっちまったよ。」
 「私たちも急ぎましょう!」
 「ライ、荷物は任せた。」
 「えーっ!?」
 一方___
 「ひでえことしやがる___俺の家が滅茶苦茶じゃねえか___」
 アモンは埃だらけになった服を叩いて起きあがった。
 「これから朽ち果てる男に家が必要か?」
 「あ〜、やだやだ。年寄りには優しくしろよな。」
 「年齢だけなら私の方が上だ。」
 「なぬ。」
 ミロルグの掌が赤い輝きに包まれる。
 「次は避けさせぬ!焼き尽くせ、劫火よ!」
 炎の魔法!ドラゴンブレスか、いやドラゴフレイムか!?まさか___!
 アモンの顔色が変わった。余裕を消し飛ばし、彼は本気の顔になる。その両手で空中に陣を描く。
 「ドラギレア!!」
 先に唱えたのはミロルグ。古代より伝わる自然界の精霊に端を発する呪文。炎を司る呪文の中で最高級に値するのがこのドラギレアだ!
 「っ___!」
 ミロルグの掌から、まるで拡散する爆炎のように巨大な炎が吹き出した。ただその熱は壮絶。プラドの爆発で生まれる熱など遙かに凌駕する。彼女の掌から炎が吹き出した瞬間、乾燥した下草は燃え上がり、周囲の気温が茹だるほどに上昇する。この炎の大きさでは、アモンがどれほど年を感じさせない機敏さの持ち主であろうと、避けるのは不可能だ。
それは、自身もドラギレアを使いこなせるアモンが一番良く分かっていること。そして、対処法はこれしかない。
 「ヘイルストリーム!!」
 力強く突き出されたアモンの両手が青白く、激しく輝く。そしてその両手から、左右逆のねじれを秘めた猛吹雪が吹き出した!
 「なんと___!」
 ヘイルストリームは氷系の最高級呪文。さしものミロルグも驚きを隠そうとはしなかった。炎が押し込まれる感覚が、魔力の拡散となってミロルグに衝撃を与える。彼女は酷く顔をしかめ、ドラギレアの炎は吹雪の嵐に押し負けていく。
 「おのれ!」
 ミロルグはマントの内側に隠していたもう片方の手を露わにした。それが輝きを放つと一気にドラギレアの勢いが強くなる。二つの呪文の魔力がまったく拮抗したその時、両者の呪文が弾け、炎も吹雪も激しい輝きを発して霧散した。
 「チッ___押し切れなかったか。」
 アモンは肩で息をしながら、ニヤリと笑った。ミロルグは若干氷に食いつかれた己の掌を一瞥し、アモンと同じように微笑んだ。
 「大した男だ___これほどの使い手がいるとは思わなかった。」
 だが慌てはしない。ミロルグの優位は決定的なのだ。その証拠に彼女は今だ浮遊し続け、息の乱れも、額の汗もない。
 「だが___大呪文に身体が耐えられるかは別だな。」
 ミロルグの右手の指先に、緑色の息吹が生まれたかとおもうと、それは風の刃が飛び交う球体へと変わっていく。
 「シザースボール!」
 刃の玉がアモンを襲う。アモンは顔をしかめ、両足に力を込めてやっとの思いで横っ飛びした。しかしボールは岩へと食い込み、瓦礫を弾丸のように飛び散らせる。
 「くっ!」
 尖った瓦礫がアモンの身体にもいくつかめりこみ、彼の顔つきが歪んだ。
 「終わりだ!ドラゴフレイム!」
 ミロルグは左手に宿していた赤い輝きを開放する。ドラギレアには遙かに及ばないが、それでも高い殺傷力を秘めた炎がアモンを襲う。だが、ミロルグはその瞬間彼が笑ったのを見逃さなかった。
 「プラド。」
 「!?」
 ミロルグにはそれが信じ難かった。炎の呪文に爆発の呪文とは、実に危険な組み合わせである。爆発の呪文はたとえ小さなものであれ、炎の熱を受けることで強烈に膨張し、それ自身が持つエネルギーの光り輝きを強烈なものへと変える。「炎爆の乱射光」。多少呪文を知っているものなら耳にしたことがある、タブーだ。
 カッ!!
 「うぅっ!」
 その瞬間、まるで自分の目の前に小さな太陽が現れたようだった。普段から暗闇で生活しているミロルグにとっては特に厳しい。彼女は目を眩ませ、両腕でその目を覆った。炎は爆発のエネルギーに変えられ、爆発のエネルギーは全て光の発散となって弾ける。閃光弾顔まけの乱反射だった。
 「う___」
 ミロルグが再び視界を取り戻したとき、もはやアモンはそこにはいなかった。魔力の残留がある。恐らくはヘヴンズドアだろう。
 「フフフ___逃げられた。とんでもない男だな___奴は恐らく大呪文を連発して、戦い続けることもできた。」
 ヘヴンズドアのために魔力を温存していたのだ。なんと強かな男だろうか。奴は結局、初めから逃げることしか考えていなかった。
 「ん___?」
 アモンとの一戦の余韻を味わっていたミロルグが、喧しい蹄の音に感づいた。
 「アモンさん!」
 崩れた洞窟が目を引く。ソアラと百鬼が宙に浮くミロルグを見つけるよりも早く、馬が彼女を恐れて急ブレーキを掛けた。
 「!?」
 ソアラは素早く馬から飛び降り、宙に浮く漆黒の女に気が付いた。
 「おまえは___ミロルグ!」
 百鬼も彼女を睨み付け、躊躇わずに剣に手を掛けた。
 「おまえは百鬼だったな。覚えているぞ___」
 ミロルグはゆっくりと浮遊をやめ、崩れた洞窟の瓦礫の上に降り立った。二人とは距離がある。
 「何者なの___あの女。」
 ソアラはミロルグから視線を逸らさず、笑みを浮かべる彼女を睨み付けながら尋ねた。強い切迫感はないが、付け入る隙もない。食ってかかっても彼女に一撃見舞えるビジョンは浮かばなかった。
 「ミロルグ・ヴィンスキー。超龍神の側近の魔法使いさ___」
 百鬼の答えにソアラは息を飲んだ。超龍神に関わる者との出会いは初めてだったから、緊張が全身を駆けめぐる。緊張を解すために彼女が使う常套手段は声を出すことだった。
 「アモンさんはどうしたの!?」
 「どうしたと思う?」
 ミロルグはまとわりつくような声で答えた。
 「まさか!」
 「逃げられたよ。」
 それを聞いて、二人に一時の安堵が訪れた。考えてもみれば、あのじじいは簡単にやられるたまじゃない。
 「だが怒りを買わずにおまえたちと戦えるのは幸運かも知れないな。」
 矛先が明らかに二人に向けられた。ゾクッと走り抜けた背筋の寒気を堪え、ソアラは新調した獣の爪のような武器を、百鬼は片刃の剣を構えた。
 「勝てると思う___?」
 「善戦できればいいな___」
 「心中はゴメンよ。」
 「俺だって。」
 ジリッ。二人はゆっくり前進をはじめた。時間を掛けてミロルグとの間合いを詰めていく。ミロルグは微動だにせず、ただ風に吹かれながら二人を、いやソアラを眺めていた。
 「紫の。」
 「ソアラよ。」
 一番嫌な呼び方をされ、ソアラは投げやりに答えた。
 「ソアラというのか?後ろは。」
 「バイオレット。」
 「ソアラ・バイオレットか。それを聞きたかった。」
 ミロルグは一つ二つ頷いた。そんな彼女を見て、百鬼が妙な顔をする。
 「珍しいな___自分から名前を聞くなんて。」
 無意味なやり取りはしない淡泊な女。そんな百鬼の印象を蹴散らすように、ミロルグは微笑んだ。
 「この女には興味があるからさ。抜群の潜在能力を感じる。」
 「気に入らないね、そういう言い方。あたしだってただの人間さ。」
 ソアラはミロルグを睨み付け、不快感を剥き出しに言い放った。
 「人間?いやどうかな、私が感じるこの親近感は。」
 「!」
 ソアラが震えた。彼女の前進が止まったのを見て、百鬼も異常を感じる。
 「おまえは魔族じゃないのか?」
 それは心臓を抉られる思いのする言葉だった。
 「違うわ!あたしは___!」
 食ってかかろうにも、巧い反論の言葉が出なかった。可能性は否定することはできない。孤児である自分には何の証明もないのだから。
 そんなソアラの感情を悟ってか、ミロルグは嘲笑を浮かべながら更に続けた。
 「いや、むしろ魔族と考える方が筋がたつ。おまえは奥の深い女だ___能力も、容姿も!」
 「やめろ!ソアラをおまえらと一緒にするな!」
 百鬼はソアラを庇うようにして彼女の前に立ちはだかり、ミロルグに怒鳴りつけた。
 「なによりその色だ。魔族は人とは違う。おまえもまた人とは違う。」
 ソアラの身体が震えたのが百鬼にも分かった。たまりかねて、彼は俯いてしまっているソアラをその身に抱き寄せた。
 「なに言ってやがる!だいたい___魔族ってのは血が蒼いんだろ!?」
 ミロルグはそれを一笑に付した。
 「そんなお伽話___」
 そして自らの腕に、しなやかな爪を食い込ませる。小さな引っ掻き傷から溢れてきたのは人と変わらない赤い血だった。
 「純然たる魔族の私でさえ、こうだ。」
 純然たるという言葉が更にソアラを打ちのめす。すなわち、魔族と人の混血児の可能性である。
 「ふざけるな!もうこれ以上ソアラを惑わすんじゃねえ!」
 百鬼は剣を振りかぶると力任せにミロルグに投げつけた。だがミロルグは僅かに体を開いただけ。剣は彼女の足下に突き刺さった。
 「いやなに、その女も己を知りたかろうと思ってな、ほんの良心だよ。嫌悪される可能性を否定していては、答えを見失うということさ。」
 ミロルグはゆっくりと浮遊しはじめた。
 「見ての通り、私は牙も、角も、尾も、翼も持たぬ。耳も必要以上に尖ったりはしていない。外見に於いて何らおまえらと変わるところはない。強いて上げるとすれば、黒すぎる髪と瞳、これだけだ。それでも私は魔族だ。分かるな?ソアラ。」
 ミロルグの身体が黒い炎に包まれた。すると彼女の姿は瞬く間に黒い輝きと共に消え失せてしまった。ヘヴンズドアだ。
 「畜生が!」
 ミロルグはソアラの心を引き裂くだけ引き裂いて姿を消した。そう思ったから、百鬼は心の中でそう叫んでいた。ソアラの震えが既に止まっているとも知らず。




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