第5章 月光
「ソアラ___本当にソアラ?」
フローラが囁くように言った。口元に手を掛け、瞼は収縮して、目が潤みはじめていた。
「あたし以外に誰かいる?こんな色の人間が。」
「ソアラ!」
真っ先に飛び出したのはフローラとライだった。
「フローラ!」
フローラは涙をこぼしながらソアラに抱きつき、ソアラもそれをしっかりと受け止めて抱きしめあった。
「ソアラ___良かったソアラァ!」
フローラは涙声になって、噎ぶように彼女の胸の中で泣いた。嬉しくて涙が出るなんて___はじめてのことだった。
「ソアラ、生きていたんだね!」
ソアラはフローラを抱いたまま、片手を放してライと握手を交わす。
「ゴメン。いらない悲しみを背負わせちゃって。」
「そういうこったな。すっかり騙されたぜ。おまえはゴルガで死んだんじゃなかったんだな。」
サザビーは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「お久しぶりね、総帥さん。」
「紫の牙も健在でなによりだ。」
一通り再会を喜び合って、ソアラはまだ崖っぷちで立ちつくしている百鬼を見ると、母性的な笑顔になった。
「百鬼。」
ソアラはフローラから離れて、百鬼の方へと歩み寄った。彼はその場で俯いて、返事はなかった。
「百鬼?」
覗き込むまでもない。彼の頬はすっかり濡れきって、滴が顎先からしたたり落ちていた。ソアラは笑顔のまま、ポケットからハンケチを取りだして、俯いたままの百鬼の涙を拭ってやる。
「涙なんか似合わないよ。」
「___ソアラァッ!」
百鬼はゆっくりと顔を上げ、そして両手で思いっきりソアラを抱きしめた。ソアラは一瞬顔をしかめたが、すぐに笑顔になって、百鬼の背中に手を回そうとした。だが___
「ソアラ!」
「ご___ゴメン、百鬼___放して___」
ソアラの指先は小さく震え、百鬼の背に爪を立てる。その嗚咽にも似た苦しみの声に、百鬼の顔から笑顔が消えた。
「ソアラ?」
「早く放して___汚れ___る___」
改めて見たソアラの顔は、苦痛を噛みしめるような、何かを押さえ込むような、苦渋の顔色だった。再会の感動でまったく気が付かなかったが、彼女の顔色はなんと病的に蒼白なのだろうか。額には脂汗が滲んでいるし、唇だって酷くかさついている。
百鬼は慌てて彼女から手を離し、ソアラは力が抜けるように蹲ってしまう。そして。
「ゴホッゴホッ!」
ソアラが咳き込み始めた。彼女を見つめる四人から笑顔が消えた。ソアラの指の間からは血が弾け飛び、彼女は蹲ったまま動かなくなると、そのまま前のめりに倒れてしまったのだから。
「そんな___」
彼女は生きてはいた。しかし彼女の病も生きていた。フローラは慄然と立ちつくし、彼女に駆け寄って処置を施すことさえままならなかった。
「ソアラ!」
吊り橋があった崖の向こうから、一人の男が慌てた様子で駆けてきた。ソアラの名前を呼びながら。
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