3 劇的な登場

 「気になるのはさ、六つのリングの封印だよね。」
 「そうそう、超龍神が言っていた『ある邪悪』って奴さ。」
 「リングは今___私の水のリング、百鬼の炎のリング、サザビーの風のリング。三つを私たちが握っている。」
 サザビーを除く三人は買い込んでおいたパンを真ん中に、朝食を取りながら話し合っていた。
 「残りのリングって言うのは何だろうな、あと三つだ。」
 「うーん、水、炎、風と来たから___」
 「陸だ!」
 「陸っていうか?普通。地面とかさ、そんなんだろ。」
 「それもどうかと思うけれど___ほら、土とか大地とかじゃないかしら?」
 「ああ、それそれ!」
 ライと百鬼は揃って手を叩いてフローラを指さした。
 「それでさ、その超龍神が言ってた邪悪っていうのは、六つのリングをどうすると封印が解けちゃうのかな?」
 「さぁなぁ。」
 「その封印のある場所に何かがあるんじゃないかしら。」
 「ああ、なるほど。でもその封印ってどこにあるのかな?」
 「俺たちに聞いて分かると思うか?せめてアモンさんに聞かないと。」
 「そりゃそうだ。」
 「超龍神の肉体の封印もあるはずよね。それはどうなっているのかしら?」
 「分からないことだらけだね。」
 「魔族の奴等も目立った動きはないみたいだし___」
 「奴らは待ってるのさ。自分でやるよりも、面倒なことは人にやらせたい。」
 サザビーが馬車を止め、幌の中へと入ってきた。
 「どうしたんだ?」
 「ここからは馬じゃ無理だ。外に出てみな。」
 サザビーに促されて外に出た三人は、そびえ立つ岩壁に圧倒され、切れ目を探して空を見上げた。
 「これって___凄い崖だね。」
 目の前には岩肌を剥き出しにした大地が、まさに壁となって立ちはだかっていた。太陽の光に邪魔されて崖の切れ目ははっきりしない。とにかく、壮絶な高さだ。横を見れば、まるで大地が丸ごとのし上がっているかのように、延々と崖が続く。
 「ここがホルキンスなのか?」
 「そう、ここから先がホルキンスと呼ばれている。海岸線までずっとこの崖が続いて、海際から回ってみてもこっちよりはなだらかだが崖がそびえている。」
 「これが人跡未踏と呼ばれる所以ね___」
 フローラはただ唖然として崖を見るしかなかった。もし登れと言われても、登れる自信はまったくない。
 「そういうことだ。どうする?登るのか?」
 「回り込めないのか?どっかにもっと緩い傾斜のところがあるんじゃないのか?」
 「いや。」
 百鬼の問いをサザビーは瞬時に否定した。
 「これはな、断層っていう奴なんだ。陸地っていうのは、パズルみたいなもので、地学者によれば大陸にはいくつものつなぎ目があるらしい。このホルキンスは、この大陸の東南端の半島を担っていた陸地が、地殻の変動でずれて、せり上がったものなんだ。」
 「詳しいなあ。」
 「常識だよ常識。」
 実は途中に立ち寄ったアンデイロでこっそりと、ホルキンスについての読み物を仕入れた結果なのだが。
 「俺たちは今まで街道跡を進んできた。ここはかつて街道だったんだ。草の生え方に違いがあることで分かる。」
 サザビーは片足で大地を踏みならした。確かに、一定の幅で、草の種類、生え方に違いがある。
 「俺の推測が正しければ、ここを登り切ればまたそこに街道跡がある。」
 「なるほど、元は道だったから___まって、そうすると___街道の先には何が?」
 サザビーはニッと笑った。
 「魔法使いの住処って所かな?」
 
 「よっ。」
 崖にへばりつき、上へと進む百鬼は手頃な岩場に足をかけ、更にもう一つ上へと手を伸ばした。
 「登れそうか?」
 百鬼は五メートルほどまで崖を登り、一度安定した岩に止まって落ち着いた。
 「岩肌はしっかりしてるけどなぁ、これがどこまで続くかだろ。手にも負担が掛かるし、フローラには無理だと思うぞ。」
 確かにこの岩壁を登り切るのには相当の腕力が必要だ。今まで幾人のクライマーが挑んで、跳ね返されたと言われるのがこの難所ホルキンス。素人、しかも華奢なフローラには到底無理な話である。
 「だろうな。俺たちだって剣やらなにやら、荷物になるものを持って登るのは厳しい。」
 百鬼は自由な体で登っている。彼が普段腰につけている剣はライに手渡されていた。
 「だったらどうする?」
 「さてどうするか。」
 「うわちちっ!」
 百鬼が突然騒ぎ出した。
 「危ない!」
 フローラが叫んだのも束の間、百鬼は足を滑らせて崖から転落した。
 「いてっ!」
 大地にしこたま尻を打ち付けて、百鬼は苦悶した。しかしそれさえも一瞬のことで、彼は慌ててバンダナをはぎ取った。
 キンッ!
 「あっ!?」
 百鬼のバンダナから、まるで籠から逃げ出した小鳥のように、炎のリングが飛び出した。リングは光り輝きながら、スピードに乗って空へと舞い上がった。
 「何かの魔力か___見ろ、これを!」
 サザビーの指では風のリングが輝きを発し、燻るように震えていた。
 「これって___」
 フローラの水のリングも清らかに光を放っている。
 「な!」
 サザビーは自分の身に起こった異変に驚愕した。体が軽くなったとか、そう言う雰囲気ではない。ただ、下から風が吹きつけてきて、彼の足は大地から離れた。
 「サザビー!?」
 「風のリングが炎のリングに引っ張られているのか?」
 サザビーの浮遊の速度は徐々に早まってくる。
 「みんな掴まれ!どうやら崖の上まで連れて行ってくれそうだぞ!」
 百鬼とライは慌ててサザビーの足に飛びついた。しかしフローラはすぐには動かず、水のリングを見ていた。
 「フローラ、どうした!?」
 「リングは呼び合い導きあう___のかも知れないわ。」
 ただそれは、動かずとも良かっただけだ。すぐに水のリングから水柱が吹き出すと、サザビーの身体へと届き、そこに一つの大きな水泡が生まれる。
 「うわぁ〜___」
 ライは感嘆の声を上げた。水のリングが生み出した水泡はサザビー、彼にしがみつく百鬼とライ、さらにはフローラをも包み込んだ。浮上の力は水泡に対して働き、フローラはサザビーに手を触れるまでもなく、共に上昇していく。ライと百鬼も、それを見てサザビーから手を離した。
 「大したもんだ___世の中不思議なことがあるもんだな。」
 「まったく!」
 サザビーは地に足のつかない場所から、大地が遠くなっていく様子を興味深げに眺め、百鬼はこの爽快さに笑顔が絶えなかった。
 守護者たちはリングに導かれ、新たなリングの在処へと誘われていった。
 「あ、見てよ!崖の上まで来ちゃったよ!」
 遂に崖を見下ろせる位置へと辿り着いた。
 「うわ本当だぁっ!?」
 すると突然水泡が弾け飛び、浮力も失せ、四人は折り重なるようにして崖の上の大地へと倒れ込んだ。
 「きゃ!ちょっとサザビー!」
 フローラの上に三人ともが被さるような形になり、ここぞとばかりに誰かがフローラの尻を触った。いつものことと彼女はサザビーを睨んだが。
 「悪い、今の俺。」
 「百鬼!」
 「わ、わざとじゃねえぞ!」
 ライに詰め寄られて百鬼は苦笑い。
 「やれやれ、リングはここまでか。」
 サザビーは輝きを消してしまったリングを一瞥し、すぐに視線を辺りに移した。
 「それにしてもどうだいこのホルキンスは!凄いところじゃねえか!」
 何が凄いか、まずその景色!
 「うわー、見てよ、あれアンデイロだ!」
 さすがに雲を貫くとはいかないが、おおよそ数百メートルは浮上したように思えた。遠く離れたアンデイロの街並みが、肉眼で見えるのだから。
 「空気が気持ちいい!」
 フローラは両手を大きく広げて、胸一杯に澄み切った大気を吸い込む。身体の隅々から癒され、研ぎ澄まされるような感覚。ここの大気にはまるで澱みも汚れもなく、実に清涼感に溢れている。
 「おい、みんな見てみろよ。」
 サザビーに呼ばれて、漸く崖の奥を振り返った三人。そこには、荒涼とした土地が広がり、岩肌の所々に丈の短い草が生えていた。ただ注目すべきは、ホルキンスの奥へと続いていく街道跡の存在である。
 「道だ!」
 「どうやら俺たちの目的地はこの先だ。」
 サザビーは拾い上げた水のリングと炎のリングをそれぞれに放り投げた。フローラはすんなりキャッチしたが、百鬼は景色を見て騒いでいるライにぶつかられて、危うくリングを崖の下へと落としそうになっていた。
 「この先に何があるんだろうな?」
 「誰かが住んでるんだよね、仙人みたいな人かな?」
 ホルキンスの場所を呼びかけた人物がいるのだから、きっと人は住んでいる。しかし人跡未踏のこの土地は、まさに仙人郷の如き神秘を漂わせ、ここに住む人はおおよそ普通でないと推測させる雰囲気を持っていた。
 「一つ気になるのは、あの崖だな。」
 「崖?」
 崖の上は起伏が激しく、街道跡は起伏にあわせて酷く曲がりくねりながらホルキンスの奥へと続く。 
 「少しだけだが百鬼はあの崖を登れたわけだ。高さだって俺たちが思っていたほどでもなかった。崖登りになれている人物だったら登り切ることは決して不可能じゃないと思うんだがな___」
 「確かにそうね___」
 「んなこと後で考えたらいいじゃねえの。ほら、吊り橋が見えてきたぜ!」
 そう言って百鬼は、意気揚々と一足先を進むライを走って追いかけた。
 「吊り橋だってよ。」
 「___ハハハ。」
 サザビーとフローラは顔を見合わせて笑った。吊り橋などというのは、人が住んでいるから作られるもの。それも一人や二人ではないだろう。
 「うわー、すごいなあ。」
 吊り橋は崖の狭間に架けられていた。長さもあり、しっかりとした橋だ。百メートルは下であろう場所を川が流れている。この水は恐らく滝となって海に流れ出ているのだろう。
先に橋の途中までやってきたライは、下に見える川の流れを覗き込んで感動していた。  だがその時。
 バツンッ!
 「お?」
 突然足下の感覚が希薄になった。
 「あっ!」
 見れば向こう岸、橋の一端が切り落とされ、崩れ落ちようとしているではないか!
 「にえええっ!」
 ライは支えを失った橋の板を必死に蹴飛ばして、何とか岸に戻ろうとする。
 「ライ!」
 アウトに近いタイミングだったが、必死に手を伸ばした百鬼が彼の腕を捕まえた。橋は崖に激突し、大きく砕けた。
 「ライ!」
 「大丈夫か!」
 フローラとサザビーが慌ててやってきた。その時には百鬼が渾身の力でライを崖の上に引っ張り上げていた。
 「ビックリした___!」
 「しかし頑丈そうな橋だぜ___自然に崩れたとは思えねえ。」
 と百鬼。その時である。
 「いやっ、いやっ、いやっほぉぉぉぉぉいぃ!」
 二三回フェイントを入れながら、崖の向こうの岩陰からまたまたあいつが飛び出した。
 「あっ!」
 ライが敏感に反応したのも当然。
 「またまた登場ぅ!あなたの心を擽るハートウォーマー!二百五十センチ弱、体重は秘密ぅ。第三回モンスター暗算テスト準優勝ぅ。エ〜〜〜〜〜ィブリアノォォスッ!」
 どうやらこのメンバーと戦うことに慣れてきたのか、余裕が出てきたようでどんどんわけの分からないキャラクターになっていく。そんなエイブリアノス登場。
 「なんだあいつは。」
 エイブリアノス初対面の百鬼は、呆れた様子で呟いた。
 「何だとは失礼なぁ!俺様はエイブリアノスゥ!」
 エイブリアノスは頭上で段平を振り回して高らかに笑った。
 「マールオーロからずっと僕らを付け狙っているモンスターさ!」
 「しかしエイブリアノスよ、橋を落としておまえはどうやってこっちに来るんだ?」
 サザビーはニヤニヤ笑いながら言った。
 「ぬぉっ!しまったぁ!なぁんてなぁ。」
 だがエイブリアノスとてそれほどバカではない。彼は指をくわえると高らかに口笛を吹いた。
 スフィ〜。
 と言うほど格好のいい音は出なかったが。
 「クァァァッ!」
 甲高い声が上空から聞こえる。見上げれば、空から巨大な鷲がエイブリアノスの元へと滑空して来るではないか。
 「ぐはははぁっ!俺だって部下くらいいるのさぁ!」
 大鷲はエイブリアノスの肩を、そのがっしりとした両足で捕らえると、彼の身体を持ち上げて一気に舞い上がった。
 「くるぞ!」
 皆は崖っぷちから数歩ばかり身を引き、武器を構えた。そしてこの対峙を見守る一人の人物がいた。岩陰から様子を見つめながら、その人物は右手を輝かせた。
 「ドラゴフレイム!」
 ドラゴンブレスよりも巨大な炎を生み出すポテンシャルを持った魔法。それがドラゴフレイム。呪文により生み出された炎が岩陰から飛び出すと、一気に大鷲へと燃え移った。
 「ギュァアッ!」
 「なぬぅっ!?」
 大鷲は突然のことに悲鳴を上げ、その拍子にエイブリアノスを放してしまった。
 「にょおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ______!」
 エイブリアノスは崖の下へと真っ逆様。やがて水飛沫の上がる音がする。
 「あ〜あ。」
 四人は呆れた様子で、崖の底を覗き込んだ。一方で大鷲はじたばたしながら空のかなたへと逃げ帰ってしまった。
 「しかし何だったんだあの炎は?」
 「さて何かしらね。」
 ドキッ!
 その瞬間、百鬼が、フローラが、ライが震えた。身震い。その声があまりにもそっくりだったので、身体が震え上がったのだ。
 そして声の方を振り返ったその時には、言葉を失っていた。サザビーでさえ、唖然としていることしかできなかった。
 「久しぶり。」
 風が吹き抜けると、紫色の髪が清らかに靡く。
 日射しを浴びてキラキラと輝く。
 いるはずなんてないのに。四人は己の目を疑った。だがそこにはいたのだ。
 彼女の色が何よりの証拠。世界でただ一人の紫色こそが___
 ソアラ・バイオレットの証だ!




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