4 魔道合戦
「まずは___とにかくここを脱出する。いいな。」
サザビーの囁きに三人はアイコンタクトで答えた。
「行くぞ!」
「ウインドビュート!」
フローラは前方のボンドとブレイナーに向かって、風の攻撃呪文を放った。風がうねりを上げて白い軌跡を描きながら、勢い良く二人を襲う。しかしその攻撃に対する追い打ちはなく、四人全員がドアの、キュリバーナの方へと走り出していた。
「この!ドラゴンブレス!」
キュリバーナは慌てて指先を輝かせ、炎の玉を放った。
「構うな!」
だが先頭のサザビーはまるで炎を見切ったように剣を振るうと、炎の玉を真っ二つに切り裂いてみせた。キュリバーナが驚く暇もなく、ライが彼女を突き飛ばし、四人は一塊りになって一気のドアへと体当たりした。勢い良くドアは開き、四人はそのまま廊下を越えて、クーザー城の広い中庭へと飛び出した。
「サザビー、まさかこのまま逃げるんじゃないよね?」
「勿論だ、ここで戦うのさ。閉所では分が悪い。」
ゼルナスの問いに笑みさえ浮かべてサザビーが答える。その内容に、ゼルナスも血の滾る思いだった。
「やっとだ___仇討ちの瞬間が訪れる___」
「いい気になるなよ貴様ら。」
ブレイナーはゆっくりと謁見の間から出てきた。その手には、乱雑にキュリバーナの髪を掴んで引きずっていた。少し、身長が大きくなっているようだった。
「ブ、ブレイナー様___」
キュリバーナが怯えている。この扱い。感じているのだろう、己の末路を。
「おまえの変装は見事だ。だが他では何の足しにもならん。ボンド!」
ブレイナーは、遅れて部屋から出てきたボンドに向かってキュリバーナを投げつけた。
「!」
ボンドにキュリバーナがぶつかった。だが驚いたのは、キュリバーナの身体がボンドの腹にへばりつき、それどころか徐々にめり込んでいっていることだった。
「化け物か___」
サザビーが舌打ちして呟く。正直、ゼルナスやフローラには見せたくない、陰惨な場面だ。
「うあ!うあああ!た、たすけ___あああっ!」
ボンドの身体が一気に膨れ上がると、衣服が弾け飛んだ。肌は緑色を呈し、その腹には、植物の気孔のような大きな口が開き、キュリバーナの身体を砕きながら、食している。汚らしく、血や、肉をまき散らしながら。
「ぐははははは!貴様らも喰ってやるぞ!」
高笑いの間にも、ボンドの声が酷く嗄れていく。そして変化は彼の全身へと及んでいった。
「植物のモンスター!」
ライは顔つきをきつくして、剣を構えた。
「これがなれの果てか___!」
ゼルナスも口惜しさを表す。
ボンドの姿はまったく人でなくなっていた。足であった部分は無数の植物の根に変わり、腹はより一層膨らんだ茎となって、その前面に巨大な口を持つ。両腕は蔓草のような触手に変わり、顔があった部分には巨大な花が開いていた。そしてその花の中心部には、ボンドの顔かたちが不気味に浮き上がっていた。
「こ、これは何事だ!」
騒ぎを聞きつけて、傭兵師団が駆けつけてきた。しかし、ボンドの姿に恐れ戦いた。
「傭兵たちよ、この化け物をすぐに片づけろ!」
ブレイナーは敢えてそう命令した。
「かかれ!戦わねば給金はないぞ!」
「やめろ!」
ゼルナスが止めようと叫ぶが、傭兵たちは数人掛かりでボンドに斬りかかっていった。だがボンドは素早く彼らの足に蔓草を伸ばし、絡め取ると一気に己の口に向かって傭兵たちを放り投げた。
「ぎゃああああ!」
凄惨な叫び声。サザビーでさえ顔をしかめた情景にも、ゼルナスは目を背けようとはしなかった。
「どうした、早くかかれ!」
飛び出せないでいるよう兵たちにブレイナーが声を荒らげる。
「行くな!フィラ・ミゲルが命じる!すぐにこの場を去れ!悪鬼はそのブレイナー、そして化け物になり果てたボンドだ!」
たまりかねてゼルナスが叫んだ。傭兵たちもこの国の事情は知っている。突然フィラ・ミゲルと名乗った少女の一喝に、彼らは目を奪われた。
「ブレイナー!ボンド!貴様の狙いはこのフィラであろう!ならばこの私を喰い殺しにこい!」
ブレイナーは嘲笑を浮かべ、拍手をした。
「お見事、血筋は争えませんな。」
そして次の瞬間だ。ブレイナーの顔の形が一気に崩れた。
「ブ、ブレイナー様!?うおああ!?」
傭兵たちが戸惑う。最もブレイナーの側にいた傭兵が乱雑に頭を掴まれると、彼の身体は一気に炎に包まれた。
「何をしている!命が惜しくば早くこの城から去れ!」
「う、うあああ!」
傭兵たちは散り散りになって逃げ出しはじめた。
「あれが本性か。」
そしてサザビーが呟いたその時には、ブレイナーは茶褐色の、細身だがゴツゴツした身体を露わにしていた。顔は鋭角的で、口は尖り、目はつり上がっていて、角もある。手が異常に長く、少し猫背になれば地に触れられるほど。その背中には大きな翼、羽のない、翼竜のようなグライダー型の翼があった。
「私はブレインゴイル。超龍神はカーツウェル様の配下。数年前より人間に化け、この城を奪うことを画策した___」
「悠長な化け物だな___」
サザビーの罵りを、ブレイナーは鼻で笑った。
「知的と言っていただきたい。」
「!」
その時、彼らが立つ石畳が僅かに盛り上がった。
「下だ!」
四人は素早くその場から飛び退くと、石畳を突き破ってボンドの根が飛び出してきた。
「このっ!」
ライはボンドの根に向かって斬りつけた。根は刃によってあっさりと切り飛ばされたが、そうしている間にも、別の根がライの足下へと伸びていた。
「うあっ!」
根はライの足に食らいつき、その先端を彼の脹ら脛へと差込はじめた。
「ライ!」
近くにいたゼルナスがすぐさま駆け寄って根を切り落としてやる。ライは少しよろめいたが、ゼルナスに手を引かれて襲い掛かる根の攻撃から逃れることができた。
「大丈夫か?」
「ありがとう___みんな気をつけて!その根に掴まると力を吸われる!」
「了解だ、フローラ!」
近づけないならば遠くから攻撃するまで。フローラも既に準備を整えていた。
「ウインドビュート!」
風が唸りを上げて根を襲う。そして一気に数十本まとめて切り飛ばした。
「グハハァ!」
根からは水の滴が弾け飛ぶ。ボンドは根を石畳から引っ込めると、徐にその本体を動かしはじめた。
「来るぞ!」
「待って、ブレイナーは!?」
さっきまでボンドの隣にいたはずのブレイナーがいない。
「!?」
最初に気配を感じたのはフローラだった。
「上!」
皆が一斉に上を見たときには、ブレイナーの指先から放たれた氷の刃が、ゼルナスの肩口を切り裂いていた。
「ゼルナス!」
「かすり傷だ!」
サザビーの声にゼルナスはしっかりと答える。
「くそっ、飛べるのかあいつは!」
ブレイナーは空中から高みの見物をしていた。獲物を狙う鳶のように、ゆっくりと滑空して。
「ライ、サザビー!ブレイナーは私が牽制するから、あなたたちはボンドを!」
「分かった!ゼルナス、おまえはフローラの側にいろ!行くぞ、ライ!」
「ああっ!」
二人は剣を振りかざして、ゆっくりとこちらに近づいてくるボンドに斬りかかっていった。
「ふん___隙だらけだ。」
ブレイナーは空中からボンドに立ち向かう二人に向かって狙いを定める。しかし。
「!」
突如襲い掛かった風の刃に身を翻した。刃は彼の翼を掠めて虚空へと消える。
「ウインドビュート!」
水のリングの輝きに助けられ、フローラは慣れない攻撃呪文を連発した。ブレイナーは余裕の表情で風の刃をやり過ごし、逆にその右手を輝かせた。
「ドラゴンブレス!」
炎の塊がフローラとゼルナスを襲う。だがフローラは落ち着いて水のリングを炎に向けて掲げた。
「水のリングよ!」
リングが輝くと、巨大な水柱が吹き出してたちまちに炎を消し去ってしまった。僅かな間というのに、フローラはもはやリングを手の内に入れているようだった。
「ウインドビュート!」
「ちっ!」
すかさず反撃。だがブレイナーはまたも簡単にやり過ごす。だが今度はそれだけではなかった。
「これ借りるよ!」
ゼルナスはフローラの腰から、ぶら下げていたボウガンを奪い取るとブレイナーに向けて素早く放った。
「!」
「ウインドビュート!」
突然襲い掛かってきた鋭いボウガンの攻撃を回避するため、ブレイナーは素早く降下する。そこをフローラの呪文は逃さなかった。
「ぐはっ!」
ブレイナーの胸板に、風圧の鞭がめり込む。バランスを崩したブレイナーは、タコが落下するようにして錐揉み状に降下し、大地すれすれで一回転すると片膝を突いて着地した。
「やああ!」
ライはとにかく片っ端からボンドの蔓草を切り飛ばしていく。一方でサザビーは素早く動き回り、ライが蔓草を切り開いた隙にボンドの懐に飛び込んで花弁を切り裂く。見事な連係攻撃を見せる二人だが、とにかくボンドは衰えを知らない。
「くそっ!きりがない!切っても切っても幾らでも沸いてくるぞ、こいつは!」
「でも切り続けるしかないよ!」
ついにはサザビーも蔓草からの防御に身を負われるようになる。
「こうなったら賭けだ!ライ、奴の正面に道を切り開け、俺が特攻してあいつの顔を叩ききる!」
「わかった!」
ライはいったん剣の動きを止め、一つ息を落ち着けた。サザビーは彼の背後に立ち、そうしている間にも、ライの真正面から無数の触手が彼を捕らえようと伸びてくる。
「はああああっ!」
百鬼顔負けの気合い一閃、ライはキッと目を見開き、壮絶なスピードと切れ味で、剣を振るいはじめた。剣を振る速度、込められたパワー。全てが相まって、強烈な破壊力を漲らせた刃は、掠っただけでもボンドの蔓草を簡単に切り落としていった。そしてボンドが新しい蔓草を生み出すまでの数秒。ボンドを守るものはなくなっていた。
「いける!」
サザビーはその間隙に一気に突進し、剣を大きく振りかぶって跳躍した。
「おりゃああ!」
そしてボンドの花弁の中央。彼の顔の形が浮かび上がっている箇所へ渾身の力を込めて斬りつけた。
ドムッ。
しかし手応えは酷く鈍かった。まるでゴムの塊にでも斬りつけたような、とても刃で斬りつけたとは思えない手応えだった。そればかりか___
プシュッ!
「うぅっ!?こ、こいつは!」
ボンドの花弁の中央から、黄色い煙が吹き出した。いや、煙と言ってもそうきめ細かいものではない。なにやら黄色い粒子である。
「くっ___目が!ゴホッ!花粉か!」
「サザビー!」
サザビーの身体を蔓草が捕らえた。そして一気に茎の中央に開いた口へと引っ張り込もうとする。
「うがっ!」
口とサザビーの間にライが割って入ってきた。彼はボンドの口の前に、剣を横にしてつっかい棒にすると、そこに両手をついて背中でサザビーの身体を食い止めた。
「ライ!?ぐあっ!」
「くうううっ!」
ボンドの触手は力ずくでサザビーの身体を引き寄せ、ライもろとも口の中に引きずり込もうとする。しかし、ライは必死に手足を突っ張って堪えた。
「大変だ!」
「ゼルナスさん、ブレイナーは私が何とかするから二人を!」
フローラは若干額に汗を滲ませながら言い放った。
「すまない___!」
ゼルナスは全力でボンドの方へと駆けだした。
「そうはいくか___」
「ウインドビュート!」
それを阻止しようとするブレイナーだが、フローラのウインドビュートがその手を遮る。彼女の攻撃呪文は確実にブレイナーの動きを封じる。だがブレイナーに致命傷を与えるほどの威力はない。
「邪魔だ!」
ブレイナーは左手の指先を輝かせ、ドラゴンブレスの火球を放った。フローラはすぐさま水のリングを翳す。
「小賢しい。」
だが今度の攻撃は一つではなかった。ブレイナーにとって呪文は得意とするところ。先程、ゼルナスを襲ったのが氷の呪文であることを忘れてはいけない。
「アイスシックル!」
続けざまにブレイナーは右手を輝かせる。彼の掌から強烈な冷気が吹き出すと、それは鎌のような無数の三日月型の氷へと変わり、散弾して一気にフローラを襲った。
「!!」
氷の刃はあっさりと水柱を突き破る。対処は___せめて攻撃を受ける面積を小さくするしかない!
「くぅっ!」
刃の中に飛び込むような痛み。氷の刃はフローラの身体を切り裂いて後方に消えた。
「フローラ!」
ゼルナスは蔓草の妨害に手こずっていた。ボウガンでボンドを狙い、迫る蔓草を何とかかいくぐって必死に堪えるライに近づこうとする。だが素手ではどうにもうまくいかない。
そればかりかフローラの危機に気は焦るばかり。そしてついにはボウガンを絡め取られ、蔓草は彼女の手足を縛り付けはじめた。
「ああ、何やってんだよあたしは!」
自分の不甲斐なさが口惜しい。だがじたばたしようにも、蔓草は体中に巻き付きはじめてしまった。足下には養分を吸うという根も姿を現していた。
「も、もう駄目かも___」
「踏ん張れ!ライ!」
ライは剣の横腹に宛った掌から血を滲ませ___
「フッフッ、生娘の肉はうまかろう。貴様から始末してやる___」
「く___」
足を負傷したフローラは、魔力の浪費で治癒がままならない。ブレイナーは長い腕を揺さぶって、彼女にゆっくりと近づいていく。
「このままじゃ___!」
みんなが死ぬ!殺される!
蘇るのは海原。
奇跡的に彼女は生き残った。海賊たちに救われた。
ボンドとブレイナーへの復讐のため、クーザーへ戻ることを考えた。
ジュライナギアの登場で、彼女を助けた海賊たちは海の藻屑と消えた。
奇跡的に彼女は生き残った。
彼女は___生き残り、人の死を見続けた。その悲しみを、苦しみを、嫌になるほど思い知らされた。そして___生きることの偉大さを、確かに胸に刻みつけた。
「あたしは生きる___ただ、あたしだけじゃ駄目なんだ!」
その瞬間、彼女の心が静かになった。焦りが消えた。彼女は船の上にいた。ただ一陣の風が駆け抜けると、彼女の心は酷く落ち着いた。
「風___」
直感としか言いようがない。その瞬間、ゼルナスは風のリングに目を向けた。クーザーの王家に伝わる、風のリングへの適応力。それが自然とリングを輝かせ、彼女は己の祈りを、声を大にして叫んだ!
「みんなを助けて!!」
風のリングが夥しい輝きを放つ。ゼルナス本人がその輝きに目を奪われた直後、轟音と共に強烈な嵐がリングから吹き出した。
「こ、これは!?」
さしものブレイナーも、その竜巻にも劣らない風の乱舞にたじろいだ。
「ぐお___ぉぉおお!」
リングから吹き出した風は、ボンドに向かって吹き荒び、強烈な真空のカッターとなってボンドの蔓草を次から次へと切り飛ばしていく。
「た、竜巻___」
蔓草から開放されたサザビーとライは折り重なるようにしてその場に倒れた。二人は強烈な風の乱舞の中にいたが、真空の刃は二人を一切傷つけることなく、ボンドだけを切り刻んでいく。
「凄い___」
「ゼルナス!リングはあなたの祈りに答えた___風のリングはきっとあなたの助けになる!」
フローラはゼルナスに諭すつもりでそう告げた。それを聞いてかゼルナスはまじまじとリングを眺めた。
「ぐうぅ___」
全ての風が吹き抜けると、そこには驚くほどに身体が細くなったボンドがいた。あれほど青々として太さのあったボンドは、茶色くくすみ、皺だらけに萎んでしまっていたのだ。
「なるほど___まさに植物そのものか。乾燥した草にはこいつが一番だな!」
サザビーはポケットから徐にマッチを取り出すと素早く火を灯し、茎にだらしなく開いたボンドの口へと放り込んだ。
「グオオオオ!」
ボンドの身体に、根元の辺りから炎が広がっていく。
「ゼルナス!とどめだ!」
ゼルナスは風のリングを掲げた。十年来の思いを込めて!
「させるか___!」
「ウインドビュート!」
ブレイナーはゼルナスに向けて呪文を放とうとする、しかし至近距離からのウインドビュートで、またフローラがその行く手を阻んだ。
「このアマ!」
ブレイナーは冷静さを失った。
「風のリングよ!輝け!」
再び風が巻き起こる。ただ今度は先程のような突風ではなかった。乾いた風は心地よい程度にサザビーとライの髪を靡かせ、そしてボンドに吹きつけた。
「グオォォォォオオ!?」
風は炎を勢いづかせ、一気にボンドの全身へと広げていく。ボンドの乾ききった巨体が火に包まれたのはほんの一瞬の出来事だった。
「おぉおぉぉ___わたしはこのクーザーを手にするのだ___私はぁぁっ!!」
断末魔のその時、ボンドの身体は植物から彼そのものの肉体に戻った。そしてその野望を天に向かって叫びながら朽ち果てていった___
「やったか___」
ボンドの身体を焼き尽くし、炎が弱くなってくる。サザビーはポツリと呟いた。
「うあああっ!」
突然の悲鳴に三人の視線が集中した。
「ククク___」
「しまった、フローラ!」
ボンドの最期に夢中になっている隙に、ブレイナーはフローラを捕らえていた。蒼白になっている彼女の肩から血が広がっている。ブレイナーの口元も。
「処女の肉はうまいものだ___いや実に。」
ブレイナーは口で遊ばせていたフローラの肉を噛みしめる。ゼルナスはそのおぞましい現場に顔をしかめ、サザビーは救出策を練りはじめた。
「動くなよ、もし___」
ブレイナーはフローラの首筋に爪を向け、駆け引きの言葉を口にしようとした。が。
「うあああっ!」
「なにっ!?」
駆け引きなどあったものではない。フローラが襲われている姿を見た瞬間に剣を振りかざして駆けだしていたライは、既にブレイナーの眼前にまで迫っていた。
「おのれ!」
ブレイナーはフローラを諦めて空へと舞い上がる。
「フローラ、しっかり!」
ライは素早く剣を切り返して、倒れたフローラの側へと跪いた。
「血祭りに上げてやる!アイスシックル!」
「風のリングよ!」
ブレイナーは氷の刃を放つが、風のリングから吹き荒れた突風で、刃はライとフローラを大きく逸れてしまう。
「へへっ!見たかこの呪文バカ!___おろ?」
突然の立ち眩みで、ゼルナスは片膝を突いた。
「ふん、バカめ!」
ブレイナーは呪文で氷の槍を作り出すとゼルナスに向けて投げつけた。
「おっと。」
しかし、彼女の前に立ちはだかったサザビーがあっさりとそれを叩き落とす。
「ありがとうサザビー___」
「リングを操るには魔力がいる。気づかないうちに魔力を使いすぎていたみたいだな。」
ゼルナスはサザビーの肩を借りて立ち上がり、一方では、傷がまだ癒えきらないフローラの前にライが立ちはだかっていた。
「ぬううう___」
状況は不利。だが知的を自負するブレイナーには、逃亡という選択肢もある。
「さあどうするブレイナーさんよ!そのへっぽこ呪文ではたして俺たちが倒せるか!?」
だがそれを見透かしたようにサザビーが挑発的な言葉を吐いた。こちらも万全ではない、フローラとゼルナスの魔力はもはや限界である。だがサザビーは挑発した。そして、ここにいたメンバーは幸い彼の性格を理解しつつある面々。
彼は無益な賭けはしない、合理性の男。勝算があるからこそ自信ありげにブレイナーを挑発したに違いないと。
「僕たちを倒したいんなら、危険を冒さなくちゃ。上空からなんかじゃ倒せないよ!」
だからライもそれに乗った。
「ざまないねブレイナー!」
ブレイナーのプライドの高さは感じていた。挑発されて黙っているはずがない。
「言わせておけば!ならば思い知らせてやる!モンスターの恐ろしさを!」
一瞬のアイコンタクト、ブレイナーが地に降りた瞬間を見計らい、まずサザビーが斬りかかった。ブレイナーは長い腕を巧みに操り、彼が射程に飛び込む前に鋭い爪を伸ばしてくる。サザビーは身を捻って爪を腕に受け止める。だがその時にはサザビーからナイフを渡されていたゼルナスがブレイナーを背後から襲おうとしていた。だがブレイナーの間接は異常に湾曲し、サザビーを斬りつけたのと逆の手でゼルナスの腕を引き裂く。この時、両の腕を攻撃に使っていたブレイナーは全身隙だらけだった。
「もらった!」
ここぞとばかりに、ライは剣を振りかざし、真正面からブレイナーに斬りかかった。だがブレイナーは片手をサザビーの腕に押さえ込まれ、もう片方の手を異常に湾曲させていたとしてもまるで動じていなかった。彼には得意の呪文があるから。
「小賢しい!呪文は手から放つものとは限らない!」
ブレイナーは大きく口を開き、瞳に魔力の輝きを込め、キッと見開いた。その瞬間、普段の彼ならばドラゴンブレスの炎が口から吹き出すはずだった。
「な!?出ない!?」
考えられない!魔力の喪失感はないというのに。
「奥の手ってやつ、分かるかなぁ?知的なモンスターさん。」
まさか!ブレイナーは驚愕の表情でサザビーを見やった。
「貴様___呪文を!」
「封印呪文マグナカルタ。ほんのちょっとだけどね。使えるのよ、実は。」
サザビーは最高の笑みでブレイナーに答えてやった。せめてもの餞別に。
「うあああああ!」
ブレイナーにライの渾身の一撃を止める術など残ってはいなかった。
丁度、空には朝日が昇りはじめていた。
「終わったな___これで。」
ブレイナーの骸を感慨深げに見下ろすゼルナスの肩に、サザビーがそっと手を掛けた。
「ああ___でも始まるのはこれからさ。」
中庭に日が射し込んできた。太陽の眩しい輝きを受けると、ブレイナーの骸は一気に黒ずみ、砕けていった。
「そうだな、これからはおまえのクーザーが始まる。」
「ああ___って___」
ゼルナスがピクピクと拳を振るわせる。原因は、肩からいつの間にか下へ向かっていたサザビーの手にあった。
「シリアスな場面でケツを触るなっ!」
ドガッ!ゼルナスの拳の切れもいつも以上のだった、とか。
「それにしても驚いたなぁ、まさかサザビーが呪文を使えたなんて。」
「使いこなせるとはいわねえよ。何せアモンの所でちょっと囓っただけだからな。俺が覚えているのは姑息な呪文ばかり。今のマグナカルタもその一つさ。」
サザビーは軽々しく笑った。
「何しろこいつは、相手に感づかれたらおしまいだし、かなり近づかなけりゃ効き目がないからなぁ。まさに最後は万に一つの賭けだったな。」
それを聞いて三人は目が点になる。
「そ、そんな危なっかしい作戦であんなに自信満々だったの?」
と、ゼルナス。
「あ?まあ敵を欺くには味方からとも言うしな。ハッハッハ。結果オーライ。」
確かに結果オーライ。この男は、超龍神に対しても一か八かの罠を張って自滅しかけた。これがサザビーらしさなのかも知れない。
「とにかく、俺たちは勝ったんだ!」
「そう___時を越え、海を越え、あたしは勝った!行くよ!シーホークの勝ち鬨を!」
犠牲になった者たちへ、我らの勝利を伝えるために。四人は空へ拳を突き上げた。
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