3 決意を燃やせ

 アモン・ダグの蟻の巣のような洞窟家。その中の一つに壁際に岩が突き出し、台座のようになっている部屋がある。この部屋は、彼の呪文で強烈に冷やされていた。そして台座の上に、アレックスが横たわっていた。
 頭部の側面には深い傷口が開いているが、もはや血は出ていない。乾いた赤黒いものがこびりついているに過ぎない。冷やされた身体はすっかりと硬直し、もはや生命の暖かさは持たない。唇の青さが際立ち、肌には霜が降っていた。
 しかし、ソアラ・バイオレットの遺体はここにはなかった。
 「燃えちまったんだ___炎のリングが突然輝いてな、あいつの身体を骨まで消しさっちまった。」
 アモンはさすがに幾瀬もの年を重ねた人物。すっかり錯乱してしまった三人を宥めるにはこれ以上の人物はなかった。
 「リングの持つ性質だろう。恐らく持ち主がもう自分を保持することができないと感じると、何らかの処理をするんだ。」
 その時はまだ号泣は始まっていなかった。だが三人の脳裏にどれほど、その言葉が正確に届いたのかは定かではない。アレックスの遺体を見てこれが冗談でも、夢でも何でもない現実なのだと思い知らされ、最初に崩れ落ちたのはフローラだった。
 憚らない号泣と共にその場にへたり込み、アレックスの遺体を前にして彼女は泣きじゃくった。医師であろうと、自分にとって重大な人物の死は悲しい。医師だから厳格に接さなければならないなんて、そんな観念は今のフローラには通用しなかった。彼女の泣き叫ぶ声に触発されて、ライも涙をこぼす。しかし彼は想像以上に我慢強い男だった。声を上げず、その場に崩れ落ちることもなく、ただ、迫り来る悲しみに対峙していた。
 百鬼は___
 まだ信じられない様子だった。
 嘘だろ?
 ソアラのことを何度もアモンに問いかけた。たちの悪い冗談だ。そう信じた。遺体がないことが、彼に認めさせなかった。だがアモンは厳格に諭した。
 「どうしようもないことだ。」
 百鬼の中に悲しみと怒りが津波のように押し寄せた。泣くことは恥じること。彼は小さいころにそう教えられた。男は涙を見せないものだと。だから百鬼は洞窟の外へと走った。
 「うおおおおおお!!」
 山をも劈く叫び声が洞窟の中にまで駆けめぐった。百鬼の声だった。
 それから三人はバラバラになった。
 それぞれに考えたいことが山ほどあった。
 フローラは洞窟の食卓で突っ伏し、いつまでも啜り泣いていた。百鬼は瞑想室に蝋燭さえ灯さずに籠もった。ライはせめて世界の広さに悲しみを受け止めて貰おうというのか、洞窟の外へと出た。
 アモンは何らかの応対をしなければならなかった。もとより、彼らに伝えなければならないこともいくつかある。
 「こういう役目は二度とゴメンだと思っていたが___」
 四人の勇者と一人の魔導師がレサを覆した前大戦。レサとは関わりのないところで、ソードルセイドの王であり、北の勇者と異名をとったライオネル・ホープが死んだ。国の反乱分子に殺された、突然の訃報は三人の勇者を揺さぶった。このときも、それまでアレックスとしか親しくなかったアモンが冷静に、西の勇者ナターシャ・ミゲルや、南の勇者ポロ・シルバを落ち着かせたものだった。
 「フローラ。」
 アモンは食卓の椅子を引き、フローラの真正面に腰を下ろした。声を掛けてもフローラは顔を上げない。黒髪は彼女の顔を隠すようにテーブルに広がっていた。
 「聞きたいことがある。話せるか?」
 フローラの頭部が少しだけ動いた。頷いているようだったのでアモンは続けた。
 「ソアラの身体にはほとんど外傷がなかった。だがあいつの口は血で真っ赤になっていた。死因も良く分からない。心当たりはないか?」
 答えはすぐには返ってこなかった。しかしアモンは辛抱強く待った。やがてフローラはゆっくりと顔を上げた。目の回りは真っ赤になり、眼球は潤っていたが、もう流す涙は無くなっていた。
 「あります。」
 涙声でもしっかりと聞き取れるだけの声色。そしてフローラは気を落ち着けようと努めた。まるでこれから大手術にでも望むように。重病の患者に戦慄の告知をするかのように。彼女は冷静になっていった。
 「ソアラは病気なんです。彼女の命は、元々あと数年でした。」
 「なんだと___」
 それは重大な告白だった。
 「これは___ソアラにとってとても辛いことだから、誰にも話さなかったんです。」
 「話してくれるのか?」
 「もう傷つく人はいないから___」
 ソアラの死を認められる言葉が言えた。これでフローラは壁を乗り越えることができるだろうとアモンは感じた。
 「今から3年ほど前のことです。その日もソアラは厳しい軍の訓練に励んでいました。訓練で高い成績を上げ、実戦でも目覚ましい活躍を見せるソアラは、常に注目を集める存在でした。そのころ私は軍隊入りして二年目。テンペストの元で、医学の道に目覚め、教えを請うていた頃です。訓練中にソアラが倒れました。酷く噎び、若干の血を吐いて、そのまま意識を失ってしまったんです。」
 興味深い話だ。そしてそんな過去を感じさせない女だ、あのソアラは。
 「原因は分からなかった。ただ、肺に異常があるとテンペストは判断しました。吐き出された血は新鮮な赤色をしていて、胃を経たものではなかったからです。そう、この時ソアラがテンペストの執刀を受けられなかったら、生き延びることさえできなかったかもしれません。」
 フローラは更に続けた。もう涙は消え、まるで事件の真相を語る探偵のように凛々しかった。
 「テンペストの開胸手術は見事でした。私も助手を務めさせて貰いましたが、とにかく圧巻でした。彼はソアラの肺に腫瘍を発見し、見事切除に成功したんです。ただ、問題はそれですんだ訳ではなかった。彼は患者に対して包み隠さない医師として有名でした。それは、自分の色に悩み、自分は何者なのかと悩んでいたソアラを更に苦しめることになったんです。」
 フローラは昔を思い出した。ベッドの上で話せるほどに回復したソアラが、窓から見える空を眺め、悲しげに言った言葉を。
 「また再発するかも知れないって___どれくらいか分からないけど___」
 「そうなの___大丈夫、その時はまたテンペスト先生が治してくれるわ。」
 「いいよ、あたしは短い人生を派手に生きる。」
 「そんなこと言わないで。」
 「先生も次は無理かも知れないって言っていたわ。」
 「___どうして?」
 「初めて診る病気だって。」
 「?」
 「それにあたしの肺が普通じゃないって。」
 「そんな___」
 「あたしの肺組織は酷く繊細なんだって。それに___見たことがない嚢状のものがあるって。とにかく普通じゃないんだって。」
 「でも___」
 「だからテンペスト先生は腫瘍を切ることしかできなかったって。原因さえ明確なことは言えないって。」
 ソアラは吹っ切れた顔だった。
 「人と違う」ことに非常に敏感なソアラ。髪や瞳の色だけでなく、臓器の作りまで人のそれと構造が違うと宣告されたその時、まさに彼女は絶望を味わったに違いなかった。
 「ソアラはこのことを私にしか話していませんでした。だから、私は誰にも話さないと心に決めたんです。できれば、ソアラが病気を抱えていることは伏せたかった。彼女も兆候はあったはずなんです。でも必死にそれを隠していたんだと思います___」
 テンペストはポポトルにいる。病気の再発を告げれば彼女は戦列を離れざるを得ない。なにもせず、自分のことも分からないままベッドの上で弱っていくことだけは耐えられなかったのだろう。
 「それからソアラは、恋人だったラドウィンらの励ましで徐々に元気を取り戻し、翌年には完全に戦列復帰して、鬼気迫る勢いで戦果を上げ、ゴルガまで攻め落としました。」
 「そのゴルガで命を落とすとは皮肉だな___」
 「その時のソアラには戦いしかなかったんですよ。病と、そして自分という存在への恐怖は、常に彼女にあったはずなんです。回復呪文のおかげで、ソアラの胸の傷は外見的には完全に消えましたけど___彼女はたくさんの心の傷を抱えている。それを結局___癒されることもなく、ずっと悩んでいた自分のことも解決できずに死んだなんて!」
 ドンッ!フローラは強く机を叩いた。
 「フュミレイと戦っている最中にも病魔があいつを蝕んでいたんだろう。傷はむしろフュミレイの方が酷かったんだ。」
 「何故フュミレイはソアラを___将軍を殺したんだ?」
 沈んだ男の声。百鬼だ。
 「教えてくれアモンさん。何故だ?瞑想室でそればかり考えていた___何でフュミレイは___」
 「ケルベロスの差し金だろう。フュミレイが自分の感情に任せて二人を殺したとは考えられない。あいつはケルベロスの暗殺者として仕事をしたんだ。」
 百鬼がクワッと目を見開いた。
 「そんなことのために!?好きだったアレックスや、信頼を築こうとしていたソアラを葬ったのか!?」
 「詳しいな___」
 「将軍から聞いた話だ!フュミレイは将軍に惚れていた!」
 百鬼は投げやりな口調で言った。
 「フュミレイは国の幹部だ。与えられた任務は遂行しなければならない。特に暗殺は失敗できない重大な任務だ。おまえたちに白竜という居場所があるように、あいつにはケルベロスという居場所がある。そしてあいつはケルベロスで二番目に有名な家の秘蔵っ子だ。ケルベロスのために働くことしか許されていないんだよ。」
 「だからって___」
 「人間誰もが情を重く見るわけじゃない。特に魔法使いって人種はドライなんだよ。」
 「そんなんなら、俺は魔法使いなんて認めねえぞ!」
 百鬼は息を荒らげて、力強い拳で壁を叩いた。
 「俺はライに話がある。フローラ、こいつに水でも飲ませてやれ。」
 「はい。」
 「くっそぉ!!」
 百鬼の怒りは単純ではなかった。ソアラとアレックスを失ったことはとてつもない悲しみだ。ソアラとはまだほんの一度だけキスをしたきり。まだお互いの詳しいことだって知っているわけではない。現に病気の話どころか、そんな素振りだって見せてはくれなかった。アレックスは白竜軍において非常に世話になった、まさに恩師。最大の友と、最高の師を一度に失ったのだ。それを殺めたのが、これまた自分にとって特別な存在。
 船の上で彼女は確かに言っていた。
 ___私は目的のためならおまえだって殺してしまうだろう___
 でもよぉ___本当に殺すなんてよぉ!

 「ライ。」
 「はい。」
 ライは一際落ち着いていた。自然の中に身を溶け込ませる行為が、いかに心をリラックスさせるか、それを象徴しているようだった。
 「落ち着いてるな。」
 「悲しいのはみんなと同じですよ。でもそれだけじゃどうにもならないし___失った命の大きさを感じて、二人の意志を僕らが継がないといけないって、そんな気がするんです。」
 これがあのライか?と思えるほど、今日の彼は達観していた。間抜けな面影はこれっぽっちもない。だからアモンは思ったことを口に出した。
 「やっぱり血は争えねえな。そういうところは親父にそっくりだ。」
 「え?」
 ライの返答が遅れた。聞き流しそうになっていた。
 「親父?」
 「俺はおまえの親父のことも、おまえの本名も知っている。あいつは妻、つまりおまえの母親の無事が確かめられるまで、そしておまえが一人で旅立てるほどに成長するまで、名乗らないでいるつもりだったようだが___今のおまえなら大丈夫だろう。それに知っておいたほうがいい。」
 ライは覚悟した。うっすらとだが、これからアモンの言う言葉が見えてきた。それは充分な覚悟を以て聞かなければならない。
 「おまえの本名はライデルアベリアという。略してライだ。フルネームはライデルアベリア・フレイザー。」
 フレイザー。
 「親父の名はアレックス・フレイザーだ。」
 ライは沈黙した。覚悟は決めていたが、衝撃は大きかった。
 「ある程度の話は知っているだろう。」
 「僕の母親の名はニーサ___ですね?」
 「そうだ。あいつが白竜軍を仕切って世界を股に掛けているのは実はニーサを探すのに都合が良いという理由もある。結局シャツキフはセルセリアに手を出さなかったわけじゃねえ。ニーサと息子は人買いに売られたんだよ。どういう因果ではかしらねえが、おまえは巡り巡ってカルラーンの教会に行き着いた。」
 偶然だろうか?彼はカルラーンで育ったから、身近にあった白竜軍を志し、父であるアレックスにその存在を気づかせることができた。
 「母さんは無事だと思いますか?」
 「さあな。だがおまえを生き延びさせたのはニーサだと思うぜ。」
 ライは今はじめて両親の温もりというものを感じた。彼にとって両親とは、客観的な存在でしか無かった。突然現れた定義に最初は驚いたが、慣れるのは得意だ。
 父は自分の近くにやってきた息子を、目を細めてみていただろう。だが名乗ることはしなかった。何故だろう。
 「残念だったな。せっかく親父を見つけたのに。」
 深く考えることはない。アレックス将軍が、父がそれで良いと思ったのだから。もし僕が将軍の息子として育っていたら、今の僕ではなくなっていたかも知れないし、ソアラとだって出会えなかった。

 「さて。」
 アモンが三人を部屋に集めたのは翌日になってからのことだった。
 「立ち直ったか?」
 アモンは唐突に尋ねた。
 「ソアラが死んだなんてまだ信じられねえ。」
 「信じたくないならそれもいい。それがおまえの力になるならあいつも満足だろう。」
 百鬼の声にアモンはさっぱりと答えた。
 「前にも言ったが、俺はアレックスに伝えなければならないことがあって、ゴルガに向かったんだ。だがあいつは死んだ。そこで、あいつの志を継いでいるおまえたちに伝える。まあ、ポポトルの「裏側」のことだからな。ソアラやおまえにも伝えるつもりだったが。」
 ポポトルの裏側という言葉にフローラは敏感に反応した。ソアラと共に追いかけ、結局見いだせなかった部分。今思えば内通者のラドが障害となっていたのだろう。
 「実はポポトルには俺の知り合いがいる。」
 それは初耳だ。
 「アレックスもこのことは知っていて、その男からポポトルの情報を入手できないかと俺に頼んでいた。名前はサザビー・シルバ。」
 「サザビー・シルバ___聞いたこと無いわ。」
 フローラは神妙な顔で言った。
 「奴は隠れるのがうまい男だ。嘘も誤魔化しもうまい。博打もうまければ女遊びもいける。実に何をやらせても巧い男だ。」
 アモンは懐から一通の手紙を取りだした。
 「奴は間隙を縫って俺に一通の手紙をよこした。内容は正直俺も信じられないほどに突拍子もない。奴はポポトルの裏側のほとんど全てを掴んでいて、内容はそれについてだった。」
 本当に!?
 フローラは耳を疑った。そんな名前を聞いたこともない人が、私やソアラがどんなに頑張ってもつかめなかったポポトルの裏側を全部暴いたというの?
 「そいつを今からおまえたちに話す。嘘みたいな話だが黙って聞けよ。」
 アモンは本棚から一冊の本を取りだして、三人に向けてあるページを開いた。それは、ある種の伝説について綴った本で、そこには黒く細長い竜がうねりを上げている図が描かれていた。
 「これが何か分かるか?」
 「神様?えっと___超龍神だったかしら?邪竜の神。」
 フローラは神話の類に少しだけ詳しい。ライと百鬼にはアモンも期待はしていなかった。
 「そうだ。こいつは伝説の中では今からそう遠くない昔に、さらに偉い竜の神に封印されたらしい。そしてこれは伝説じゃない。」
 「はぃ?」
 百鬼はあからさまに首を捻った。
 「そんな化け物が実際にいるって言うのか?」
 「おかしな話じゃないさ。現にこいつは新しい。この本に書かれているこいつの話は実にリアルだ。あからさまに世界をどうとかいうことがないにせよ、こいつはいるんだよ。伝説として描かれている生物が実際にいるっていうのは幾つもある。ソードルセイドの流壊魚なんてのがその代表格だ。」
 流壊魚は北国ソードルセイドで伝説となっている巨大魚で、つい十数年前に最後の目撃情報があった以来誰も見ていない。だがこの魚は実際にいて、幾度となく船が沈められ、船乗りがその姿を見ている。若い世代は信じていないようだが。
 「で、そいつがポポトルにでもいるって言うのか?」
 「その通り。」
 俄に信じがたい話ではある。
 「サザビーはポポトルの裏側を仕切る面々と出会うこともできたようだ。こいつの取り巻きについても色々と書いてくれている。」
 「いったいどうやって___」
 「サザビーによれば、超龍神は巨大な水晶の中に封印されていて、動くことはできないそうだ。だが奴の回りには「魔族」という奴等がいるらしい。」
 「魔族___?」
 魔という言葉が邪悪を連想させる。
 「ミロルグ、カーツウェル、リュキア、バルバロッサ。サザビーはこの四つの名前を書いてきた。このうち、超龍神の側で執事的に働いているのがミロルグ。美人の女だと書いてある。カーツウェルはモンスターを生み出したりする化学者のような男で、リュキアとバルバロッサは戦闘的な奴等だと書いてある。」
 「信じて良いのか?嘘つきなんだろそいつ?」
 「いいと思うぜ。嘘は巧いが嘘つきじゃないからな。」
 疑いの目を向ける百鬼にアモンはニヤリと笑った。
 「サザビーが言うには、こいつは戦争で散っていった命と、殺しあいから生まれる邪気を吸って、復活に向けての力を蓄えているそうだ。つまり混沌のエネルギーがこいつを蘇らせる。」
 「それでポポトルは戦争目的の国家に___」
 と、フローラ。
 「かもしれねえな。とにかくサザビーは、こいつが復活する前に何とかしたいと言っている。そうそううまくはいかないだろうがな。」
 「何とかなるんですか___?」
 ライの問い掛けにアモンは首を捻った。
 「この話が全て本当なら無理だろう。本に出てくる神様だからなぁ。」
 「ならどうするんだ?」
 「まあやるだけやってみろってことさ。このサザビーにしたって、ポポトルで戦争やら超龍神やらのせいで死にたくはないだろうからな。」
 「つまり僕たちはポポトルで化け物退治をすればいいんですか?」
 「そう言うことだな。」
 アモンは本を閉じて元の場所へと返した。
 「どうする?やるか?無理強いはしないが、どちらにせよケルベロスの攻撃でポポトルは滅びる。」
 「私はこの目でポポトルの裏の支配者を見てみたいわ。ソアラもそう思っていると思う。」
 最初に名乗りを上げたのはフローラだった。
 「僕も、一番悪い奴と戦えるんなら行きたい。」
 ライは正義感を剥き出しにして答えた。
 「じっとしているつもりはねえ。暴れねえとやってられねえぜ!」
 百鬼は燃えるような気迫を込めて言った。
 「よし、その意気だ。おまえたちみたいな才能の塊が出会えたのは、こいつと戦うためだったかもしれねえんだ。今の決意をしっかりと胸に刻みつけろ。」
 アモンは懐から拳程度の水晶を取りだした。ただ、水晶にしては色がくすんでいる。
 「危なくなったら全員手を繋いでこいつを叩き割れ。それと百鬼。」
 「はい。」
 アモンは何か小さなものを放り投げ、百鬼は簡単に片手で掴んだ。
 「こいつは___」
 百鬼の掌に収まった、固くて小さいものは若干の熱を持っていた。輝くような赤い宝石をたずさえた、炎のリング。ソアラの形見の品だ。
 「おまえが持ってろ。」
 「___ありがてえ。」
 百鬼はそれをグッと握りしめた。目を閉じればソアラの姿が浮かんでくる、そんな気がした。
 「さて、ポポトルまでは俺が送ろう。」
 「送る!?どうやって?」
 ライが驚いて声を上げる。
 「世の中には転移呪文っていう便利な奴もあるんだぜ。うまくいくかはわからねえが、場所をイメージすることでそこに瞬間とは言わないが、驚くほどの速さで移動できる高度な呪文だ。」
 凄まじい。やはりアモンはただの助平な老人ではない。
 「うまくいくか分からないって?」
 「何しろ俺がポポトルに行ったのはもう五十年近く昔の話だからなぁ___ポポトルのどこに飛ぶことやら。」
 はは。みんな思わず苦笑い。兵舎の真ん前だったり、ケルベロスの空爆のまっただ中だったらどうすればいいのやら。
 「さて、なら早速行くか?」
 それでも三人はしっかりと頷いた。お互いに意思の確認をすることもなく、自らの思いで頷いた。それこそが、彼ら一人一人の決意の証だ。ソアラが、アレックスが追いかけていたポポトルの裏側に対峙するために、彼らは悲しみを乗り越えて再び立ち上がった!




前へ / 次へ