第7章 金獅子作戦
「ポポトルが動き出すというのは本当の話なのかね?」
恰幅の良い髭面の男が、豪勢な椅子にふんぞり返ったまま尋ねた。
「噂だけとは思えません。現に、金獅子という具体的な作戦名も上がっています。」
アレックスは彼と同じ椅子に座っているが、とても同じ椅子には見えないほど、髭面の椅子は傲慢に映った。
白竜軍の参謀会議。軍の中でも上層部に位置するものだけによる極秘の会議。総帥のアイザックをはじめ、そうそうたるメンバーが揃っていた。だが、実際現場で軍の指揮をしているのはアレックス将軍と、もう一人___
「陽動と言うこともあり得ますが、万が一にも備えなければなりませんな。」
このトルストイ将軍だけである。アレックスよりも年上で、綺麗に手入れされた口髭と、髪が特徴。その神経質にも思える身だしなみは、規律と忠義を重んじる精神に通じるものがある。厳格だが融通の利かない男で、その存在位置もアレックスと対を成す人物との評判だ。
「奴等はこのカルラーンを攻めてくるのか?守りきれるのだろうな。」
「可能かどうかではないんです、守らなければなりません。」
ふんぞり返る髭面の男をアレックスは戒めるように言った。髭面は渋い顔でアレックスを睨む。他の幹部たちもアレックスに対する視線は一様に厳しい。それほど彼はカルラーンの中では異端とされているのだ。
「我々にとっては死活問題だ。カルラーンだけではない、特にアンデイロは確実に守って貰わねば、白竜の支援もままならなくなりますぞ。」
髭面の男は反発するように言った。彼の名はドノヴァン・ダビリス。このカルラーンを拠点とし、昔からこの土地の商業を仕切っている大商人だ。白竜の行動をも左右する権力の持ち主である。それもそのはず、アイザックは彼が根回しをして総帥に推薦された人物であり、白竜軍の資金はその半数以上がダビリスの出資によるものなのだ。もしダビリスが白竜から離れるようなことがあれば、白竜軍の軍縮、いやそれどころか、カルラーンの経済全体がどうにかなってしまうかも知れない。
「当然です。アンデイロはカルラーンの生命線ですから。ただ、ポポトルに総力を挙げて攻め入られては我々では手に負えないでしょう。」
「ならどうするというのだ!」
「ケルベロスとより密に接触を取り、彼らの力を最大限借りなければなりません。」
「私は反対です!」
アレックスの意見にトルストイが異議を唱えた。
「白竜軍の結成当初の意義は、ケルベロスの打倒。それに背くのは白竜の大義に関わる。」
「白竜はケルベロス打倒のためにあるのではありません。今そこにある脅威に立ち向かおうとする者たちの結社です。ケルベロスであれ、この気持ちを抱けば白竜と変わらない。」
アレックスは頑として引くことはしない。
「そのケルベロスに幾度となく辛酸を浴びせられてきた者たちが白竜を築いた。彼らの名誉を傷つけてはならない!極力ケルベロスとの結託は避けるべきです。」
名誉だ大義だ、トルストイの論は古めかしくて柔軟性に欠けるが、今この場に居合わせた老人たちにはこの方が性にあっているに違いない。
「確かに先人の名誉も大事だが、現実問題としてポポトルに勝つにはケルベロスの力が必要なのだろう将軍?」
「はい。」
ダビリスの問いにアレックスはしっかりと答えた。
「それならば協力しなければなるまい。トルストイ将軍よ、『ケルベロス人』のアレックス将軍がこうまでおっしゃっているのだ、ここは受け入れたまえ。」
「___はっ。」
ダビリスが敢えてアレックスを「ケルベロス人」と言ったことで、数人が失笑する。アレックスはいつものおだやかな表情ではなかったが、落ち着きを掻き乱されるようなことはなかった。
「総帥、ケルベロスとの協力については彼に一任したらどうだね?彼ならばやってくれよう。」
ダビリスはニヤリと笑ってアレックスを見やった。アレックスがカルラーンで異端とされる最大の原因は、このダビリスとの不仲に他ならないのだ。カルラーンにはたった二つの派閥しかない。一つはダビリス派。もう一つはアレックス派。それだけでしかないのだ。
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