1 愛の嵐
ポポトルに動きがあるとの予想が立てられてからと言うもの、アレックスとフュミレイの接触は頻繁に行われるようになった。それに併せてケルベロス本土から一個師団クラスの兵団がエンドイロへとやってくる。本格的に防衛戦の用意が始まったのだ。それに伴い、急激に多忙になったアレックスと、ソアラたちが会う機会はほとんどなくなってしまった。訓練はより激しさを増し、教官にダグラス、そしてトルストイ将軍が加わったことで士気が高められていく。
「ポポトルの布陣で、平地戦で一般的な陣形が___」
そしてソアラにはポポトル対策が求められていた。訓練の合間を縫ってはダグラス、トルストイと共に戦術について意見を交わす。彼女はトルストイという男の気性に悪い印象は受けなかったが、権力の笠に弱いところがあると感じた。
「何かしら罠を張らなければ___総力戦では戦力の質量差で負けます。」
「そうだな。我々も考えてはみるが、ポポトルの攻め方を知る貴殿の発想に期待させてもらうぞ。」
「はい。」
カルラーン城全体にピリピリした雰囲気が蔓延りはじめた。これを和ませてくれるのが本来アレックスの存在なのだが___彼は今、アンデイロとエンドイロを行ったり来たり。城全体がトルストイ将軍の身だしなみのように過敏になっていた。
そんな中、一つの事件が起こった。
「なに、ポポトルからの逃走兵だと?」
トルストイ将軍は眉をひそめた。
「本城から南に向かった海岸です。船でゴルガから逃げてきたらしく、人数は十人ほど。いまは地元の猟師が保護しています。抵抗の意志はなく、武装もしていないとのことです。」
「受け入れたほうが良いのではないかな?将軍。現に逃走兵のソアラ・バイオレットらはまずまずの働きを見せている。」
アイザック総帥はそう進言し、トルストイは渋い顔のまま、暫く考えを巡らせた。
「ですが時期があまりにも___」
「良いではないか、金獅子作戦の情報が得られるかも知れない。」
時期が出来過ぎている。これが金獅子作戦の一環ではないか?とトルストイが考えるのも無理はない。アレックスはアンデイロでフュミレイと、ケルベロスとの共同作戦について話し合いをつめている。ここはトルストイに判断が委ねられるところだ。
「まずは受け入れてみようではないか、将軍。」
これ以上総帥に異を唱えることは、忠義心の強いトルストイにはできないことだ。
「分かりました、受け入れの人員を送りましょう。ポポトル出身のフローラ・ハイラルド、捕虜の監察に慣れているサラ・スターマイアにこの任務を与えます。」
「ソアラ・バイオレットではないのかね?」
「これから作戦会議なのです。彼女も召集してあります。」
そしてフローラ・ハイラルドとサラ・スターマイアをはじめ数人の兵士がカルラーンの南岸へと、大人数を収容可能な軍用の馬車を走らせた。
「まずは全員の身元を確認させて貰います。」
ポポトルの逃走兵たちは、今にも沈没しそうなぼろ船の船底に身を潜めていた。誰もが薄汚れ、くすんだ顔色で髭が伸び、疲れの色が見える。
「一人ずつ、名前と所属を聞いた後、あちらでボディチェックを受けてもらってから護送車に向かっていただきます。」
ポポトルからの逃走兵、その時点でフローラは疑問を感じていた。それほど簡単なことではないのだ、まして十数人が一度に逃げ切れるほど___私やソアラの時は本当に運が良かったとしか思えない。
「あなた名前は?」
サラが逃走兵に一人ずつ名を聞いていく。フローラはその間彼らの言葉と容姿を観察していた。中でも所属は、偽りがあったとしても敵軍のことと鵜呑みがちになる。これを判別するのもフローラの役目だ。
「次、あなた。」
「ラドウィン・キールベグ___ポポトル特殊工作部爆発物工作員___」
その名を、声を聞いた瞬間フローラの身体が硬直した。
「それじゃあ、立ち上がってあちらでボディチェックを___」
「ラド!」
「え?」
突然声を張り上げたフローラを、サラが驚いて振り返った。
「___!」
薄汚れた兵士も彼女を見やり、ハッと疲れ切った眼を見開いた。
「ラドなのね!?」
「フローラ___!?」
再会は突然だった。
「知り合いが___いてもおかしくないんだろうけど、ちょっと驚いたわ。」
護送車内には屈強な白竜軍兵士たち数人が乗り込み、サラとフローラは御者席で馬を操っていた。
「私も驚きました。」
「彼とはどんな関係?浅くはなさそうだけど___」
サラは悪戯っぽく尋ね、フローラはしきりに首を横に振った。
「私じゃありませんよ!ラドは反乱を起こしたときの仲間で、ソアラの彼です。」
「あらそう。それは困ったわね。」
何となく百鬼が可哀想に思えたサラ。
「前に反乱を起こしたくらいなら、今回の首謀者は彼かしら?」
「分かりませんけど___そうかも知れませんね。ああ、はやくソアラに教えて上げなきゃ!」
「フフ、そうね。」
やがて護送車はカルラーンに辿り着いた。
「ご苦労様。」
アルベルトが笑顔で出迎える。
「フローラ、ソアラのところに行ってあげなさい。後は私がやるから。」
「すみません、お願いします。」
フローラはにこやかに馬車から飛び降り、小走りで城へと消えていった。
「どうしたんだ?」
「ちょっと訳ありでね。」
「ご苦労、サラ少尉。」
トルストイがやってきた。将軍自らのお出迎えにサラは少し驚いている。
「これは将軍。」
「どうだ、逃走兵の様子は。」
「尋問は充分に行うべきだと思います。」
サラはフローラといるときは見せなかった真剣な表情で、トルストイに囁いた。
「___なるほど。頼めるか?」
「是非。アルベルト、手伝って。」
「ああ。」
「金獅子作戦については特に気をつけろ。」
「了解しました。」
トルストイもアレックスとその派閥に属するものを否定しているわけではない。こうして、自分の意見を通す状況にならないのであれば、彼らの力を借りることもあるのだ。
「___なんだか腑に落ちないわね。」
サラは取調室で顔色を曇らせていた。ここまで数人の尋問を行ったが、その答えがどうにも腑に落ちない。
「気になるか。」
調書を記していたアルベルトも同じ気持ちのようだ。
「答えが優等生過ぎるし___揃い過ぎている気がするのよねぇ。取り越し苦労だったらいいけど___」
逃走兵たちの答えは、概ね同じ主旨の答えばかり。脱走の経路は、ゴルガの北岸から船で。船の調達は廃船になるはずのものを流用しただけ。この手引きは逃走兵の一人でもある、海軍技術士の男が行ったという。着の身着のまま隙をついてゴルガから脱出し、とにかく船底でオールを漕いで北を目指した。金獅子作戦については名前は聞いたことがあるが詳細は分からない。
「もう書くのに飽きたくらいだ。」
カマを掛けてみたりもした。前の男は作戦について知っていることを話してくれた___等と言ってみたが、そんなはずはないときっぱり否定されてしまった。だがそんな事ってあるのだろうか?敵軍にその名が流れてくるような大作戦が、規律の厳しいポポトルで兵士に伝わっていないなんて___
「次は趣向を変えるわ。」
そして現れたのが、風呂に入り、髭をそり落として精悍さを増したラドウィンだ。
「座って。」
ラドは黙ったままサラの前へと腰を下ろした。細身で、どちらかと言えば冷徹な雰囲気さえ覚える男。鼻が高く、顔立ちは二枚目。黒髪は柔らかく少しカールしていて肌の色も白っぽい。どこを取ってみても百鬼とはまるで違う、ソアラの趣味が分からなくなりそうな男だった。
「改めて御名前を。」
「ラドウィン・キールベク。」
「出身地は?」
「ポポトル。両親がポポトルへの移民です。」
「ご両親はご健在かしら?」
「いえ。」
最初はとりとめもない話から始まる。
「まずズバリ聞きましょう。あなたは白竜軍に投降するつもりでゴルガから逃げ出したの?」
「そうです。」
「できると思った?」
「ソアラの話を聞いていましたから。望みは抱いていました。」
「白竜軍について知っていることを教えてもらえるかしら?」
素早い受け答えが続いていたラドの答えに若干の間が生じた。
「白竜のですか?」
「ポポトルについてはもう充分よ。あなたたちがどれだけ白竜を知っているのかを教えて。」
「___分かりました。」
だがそれからの答えは流暢だった。やがて大体の質問を終え、サラは趣向を変えはじめた。
「フローラから聞いたわ、あなたとソアラはつきあっているそうね。」
「___はい。つきあっていました。」
「た?終わった訳じゃないんでしょ?」
「もう随分会っていませんし、環境も変わりました。」
「ソアラってそんなに冷めた女かしら?そんなだから余計に会いたくなるってタイプだと思うけどね。」
「___」
本当にソアラの恋人なのだろうか?そうサラに思わせるほどラドは喜怒哀楽に乏しかった。ラドは繊細で、注意深く、閉鎖的な男に見える。
「ソアラに会いたい?」
「それは___勿論。」
「会って何がしたい?正直に答えて。」
「これは尋問ですか___?」
ラドは不服な顔をする。
「そうよ。だから答えなさい。」
「___話がしたいです。」
「本当に?」
「はい。話したいことがたくさんあります。」
サラはフーンと呟いて頬杖を突いた。
「ソアラのことは愛している?」
「___はい。」
少し間があったのは気になるが、サラは一つ息を付いて姿勢を正した。
「よろしい、では最後に一つ。ポポトルは軍事作戦の一つとして、裏切り者を利用しようとしてはいなかったかしら?」
「いいえ。」
今度の答えは速かった。
「いいでしょう、これで終わり。暫くは監察房に入ってもらうことになるわ。ただ、確実に一人面会に行く奴がいると思うから、心しておいてね。」
「我々を受け入れていただけるのでしょうか?」
「それは上が決める事よ。」
それからラドは深々と礼をして取調室を後にした。
「どうかな?アルベルト。」
「面白いね、解答の速さに随分と差がある。おまえの言うとおり、時間を計るっていうのはなかなか良いアイディアかも知れないな。」
アルベルトはラドがサラの質問に答えるのに要した時間を記録していた。これが変えた趣向の一つでもある。
「で?」
「ポポトルからどうやって逃げ出したとか、作戦の話題とか、とにかく良くありがちな質問には即答している。反面ソアラや、白竜についての質問は回答に時間が掛かっている。」 「質問を予想して答えを用意していたという事かしら?」
「断言はできないな___」
だがその可能性は高いとアルベルトは言っている。
「気をつけたほうがいいね。」
「そうだな___」
「ソアラとフローラには伝わらないように気をつけましょう。私はあのラドウィンをマークする。あなたは他の奴等を。」
「了解。」
二人は短い口づけを交わしてから取調室を後にした。
「ラドウィン・キールベク、面会者があるので面会室までご同行下さい。」
その日の晩、ラドは看守の兵士に呼び出され、面会室へと向かった。ソアラだと分かっているはずなのに、彼の表情には硬さが残っている。
「入りなさい。面会人はボディチェックが済み次第やってくる。」
ソアラとフローラに対する投降兵の扱いは特例と言っても良いだろう。あれはまさにマイアの尽力があってこそだ。普通ならばこのラドのように、面会室へと行くにも監視がピタリとつき、外側から鍵の掛けられた房で過ごさなければならない。こういった人々の面会は面会室で行われる。面会室も作りは房と大差がない。外側から鍵の掛かる部屋があって、中には小さなテーブルと椅子が二つ、それにベッドがある。外側の人間はここへ入る前に入念なボディチェックを受けるが、中での行動は特別監視されることはない。だが、監視できないわけでもない。
「ラド!」
ドアが開くなり、満面の笑みの紫が、彼の名を叫んだ。
「ソアラ。」
椅子に座っていたラドが立ち上がる。ソアラは目を潤ませて部屋へと駆け込み、ラドは両手を広げて彼女を受け止めた。扉が閉じられ、鍵の掛かる音がする。番兵の視線が遮られるよりも速く、二人は口づけを交わした。
「会いたかった___ラド!」
「僕もだよ、ソアラ。」
二人は互いを見つめ合い、言葉もなくただ抱擁していた。お互いの肉体が今そこにある感覚がなによりも愛おしかった。
「どうして白竜に___?」
「ゴルガに赴任が決まってからずっとタイミングを伺っていたんだ。いろんなメンバーを集めて、うまく脱走することができた。おまえが白竜で活躍しているって話を聞いて、勇気づけられたのさ。」
「良かった、あなたはずっとポポトルにいると思っていたもの。だってそうでしょ?あなたは私に命の尊さを教えてくれた。私が今こうしていられるのはあなたのおかげだもの___」
「ソアラ、君が無事で良かった。またこうして会えて___」
「ラド___」
ソアラは上気した頬と甘い眼差しでラドを見つめた。百鬼には見せることがない、恋人だから見せられる表情だった。
「愛してるって言って、ラド___」
「愛してるよ。ソアラ。」
ラドの強くはっきりとした言葉の後、二人はまた熱い口づけを交わした。やがてラドの手はソアラの服をはだけさせ、ソアラも抵抗はしなかった。
(あ〜あ、見てらんないなぁこれは。)
壁の監視窓からこっそり様子を伺っていたサラも思わず赤面である。
「あれ?ソアラの奴いないのか?」
「今日は事情があって来られないのよ。」
その日、百鬼たちはデイルの部屋でカードゲームをする約束をしていた。息抜きと称して彼らが夜に集まる場合、大体がデイルの部屋になる。デイルの格が高いため部屋が広いという理由もあるが、何しろ彼の部屋には遊具が豊富なのだ。
「事情?例の金獅子対策?」
一番最後のつもりで部屋にやってきた百鬼は、ソアラがいないことに拍子抜けの様子。首を捻ってフローラに問いかけた。
「ははん、おまえ聞いてないな。」
デイルはにやついて煙草の煙を吐き出した。先にやってきていたライはベッドの上に寝転がっている。
「聞いてないって何を?」
「デイルさん___」
フローラがデイルを口止めしようとするが彼は止まりはしない。
「いいのいいの、この勘違い男に教えてやらにゃ。」
「なんだよそれ。」
百鬼はデイルの前にどっかりと腰を下ろした。
「ポポトルの逃走兵の話は聞いてるな。」
「ああ、それが?」
「あんなかにソアラの彼氏がいたのさ。」
百鬼のリアクションは小さなものだった。
「ああ、あの人。」
「しってんのか?」
「写真で見たことあるよ。」
デイルも百鬼が思い描いていたような反応を見せずに少しがっかりした様子。
「んで、いま面会室でそいつと二人っきりってわけだ。明日まで帰ってこねえぞきっと、ヒヒヒッ。」
「デイルさんっ!」
「へー、良かったじゃんか。会えたんだったらさ。あいつ随分会いたがってたみたいだしよ。」
百鬼はさっぱりとした笑顔で言ってみた。
「___おまえ悔しくないの?」
「なんで。」
「だってソアラのこと好きなんだろ?おまえ。」
百鬼は「ああ。」と思い出すような口調で言った。
「そりゃ好き___まあ気になってはいるさ。でもあいつに彼がいるってのは前から知ってたし、その間はどうしょうもねえなって思ってたから。別にショックとかはねえよ。なんかさ、やっぱり友達だなソアラは。」
「なぁんだ、ちょっと拍子抜けだぜ。面白いことになりそうだったのによ。」
本当、心配して損しちゃった___のかな?フローラは百鬼の横顔を見ながらそんなことを考えていた。なんだかいつも以上に感情を押さえつけている___ように見えなくもなかったから。
「デイルさん、はやくトランプやろうよ。この前の負けを取り返すんだから。」
「お、やる気満々じゃん天然ボケ。」
ちょっとした小銭を賭けることでトランプは白熱する。白竜軍では博打は禁止されているのだが___
(そっか〜、彼氏が来たのかぁ。)
百鬼はその日はどうも心ここにあらずだった。どうしてもソアラのことばかり考えてしまう。そして、少し___彼女と距離を置いたほうが良いのかも、と考えるようになっていた。
「おっはよー、ソアラ。」
「おっす。」
ソアラはまだ眠気の残った顔で訓練場へと現れ、ぶっきらぼうな挨拶をライと交わした。
「眠そうね、ソアラ。」
「まね。」
「おっす。」
「あ、おはよー百鬼。」
フローラ、百鬼ともいつもと変わらず挨拶を交わすが、さりげなさ過ぎて逆によそよそしい気もする。
「昨日は楽しかった?」
「うん、色々、昔のこととかたっぷり話しちゃった。」
フローラの問いにソアラはごく普通に答えた。
「監察はどれくらいで解けるんだ?」
「わかんないけど、はやく解いて欲しいわ。あ、みんな変に気を使ったりしないでよ。あたしは別にラドとべたついていたいわけじゃないんだからね。」
「わかってるって。」
こうして言えるのだから、ソアラはラドのことだけを愛しい男として考えている。百鬼は胸の内に蟠る気持ちを掻き捨てて、いつも通りに振る舞った。それからラドのことはほとんど話題には上らなかった。彼の人格やソアラとの経緯は夕べのうちにフローラから聞かされていたこともあるが、ソアラがざっくばらんすぎてかえって聞く気にはなれないところもある。なししろ何を聞いても惚気に聞こえてしまいそうで___
「しかし、ポポトルの逃走兵から作戦のことが聞けなかったのは残念だったな。バイオレット、君は知り合いがいたはずだな。」
「聞いてはみました。ただ本当に何も知らされていないようなのです。ただ、今回逃走してきたメンバーは白兵戦を得意とするのではない、技術畑のメンバーですから、その点には疎いのかも知れません。」
トルストイ、ダグラスとの作戦会議でも逃走兵のことが話題に上った。
「君の友人___」
「ラドウィンです。」
「彼はそれなりの格にいたのだろう?」
「前は。ただ、私の反逆に関わっていましたから、上層部の信用は失っています。重大な作戦を担うとは思えません。」
ソアラはトルストイにきっぱりと答えた。彼が多少なり、ラドに疑いを抱いていると感じたからソアラは強く出た。
「ラドは特殊部隊のエリートです。白竜軍にはない技術をもたらしてくれると思います。ポポトルの白兵戦部隊に対抗するには彼の能力を生かすべきです。」
「ソアラ、私情でものを考えるな。」
「そんなんじゃありません___!」
ダグラスの厳しい言葉にソアラはあからさまに反発した。
「だが、確かに彼らが白竜に技術を伝えてくれるのであれば、それは是非吸収したいもの。総帥もそうお考えだから、諮問委員会はすぐにでも開ける。どうだダグラス、ここは彼女を信用してみないか?」
トルストイの前向きな意見はソアラの目を輝かせた。
「ここが私たちが生活している兵舎よ。白竜で仲良くなった人たちも一杯いるわ。後で紹介するね。」
結局、ラドたちはその日の内に房から出ることを許された。こちらの信頼を以て、逃走兵の信頼を得る白竜のやり方は相変わらず。城を出ることはまだ許されていないが、ラドはソアラの案内で城の様々な場所を見て回ることができた。
「白竜っていうのは___寛容なんだなね。こうして敵から流れ込んできたばかりの僕が城の中を歩き回れる。」
「あたしも最初は驚いたよ。でも今じゃ、不思議に思えない。そういう所なんだよ、ポポトルなんかよりもずっと楽しい。ラドが来てくれたから余計にね。」
「ソアラはもう新しい恋人でも作ってるかと思ったよ。」
「あたしはラド一筋よ。忘れたの?離れても私たちの気持ちは変わらないって、臭いセリフ二人で言ったじゃない。」
ソアラは苦笑いを浮かべてラドの腹を肘でつついた。
「はは、あの日の夜な。あれはどうかしてた。」
ラドもソアラといると疲れなんか吹き飛ぶのだろうか、取調室でサラに見せた顔つきとはまるで別人のようだった。
「あたしは変わってないよ。」
「僕だって。」
そう。変わってないよ。僕の気持ちはあのころからずっと。
「あっ、百鬼〜。」
突き当たりの廊下を横切ろうとした百鬼をソアラが呼び止めた。
「彼は?」
「白竜でできた友達よ。ちょっとこっち来てよ、ラドを紹介するから。」
百鬼は手を振ってこちらに向かって歩いてきた。ラドは彼と視線を合わせ、何となくぎこちなさを感じながらもペコリと頭を下げた。
「こんちわ。」
「ラドウィン・キールベクです。よろしく。」
「俺は百鬼ってんだ、よろしくな。」
二人は握手を交わした。
「どうよ、ラドさんはこのじゃじゃ馬。大変なんじゃないのか?」
「なによそれ。」
「確かに大変ですよ。」
「ラド〜、怒るよ。」
からかわれているのが分かっているのだろう、ソアラも冗談半分だった。
「後でソアラ抜きで話でもしようぜ。結構面白いことが聞けそうだ。」
「そうですね。」
「な〜んかやな感じ。」
だがソアラにとって、二人がよい関係を築いてくれそうなのはとても嬉しいことだ。ソアラにとってラドは大切な恋人であり、百鬼は大切な友達である。どちらの関係も変な拗れは作りたくなかった。だから、恋人はラド、あなたは友達というはっきりとした意志表示をしたかった。
「それじゃあ、あたしはこれからラドをトルストイ将軍の所に連れて行かなくちゃならないから。」
「おう、またな。」
百鬼は手を振って二人を見送った。
「あっさりしてるわねぇ、あんた。」
「い!?」
突然背後から声を掛けられて百鬼は肩をすくめた。
「サラさん!いつの間に___」
「ラドあるところにあたしありと思ってくれればいいわ。」
百鬼の緩んだ顔つきが急に深刻なものへと変わる。サラも眉を引き締めた。
「それって___監視か?」
「まだ信用してないわよ。白竜は。」
「そんな、ソアラが可哀想だ___」
「だから余計に危ないの。利用するにはもってこいだわ。あなたはいざというとき、ソアラを守るのよ。」
サラは百鬼の背中をポンッと一つ叩いた。百鬼は半信半疑の面持ちで、暫くその場に立ちつくしていた。
この日、アレックスがアンデイロから帰ってきた。アンデイロにケルベロス兵を配し、
白竜軍との共同戦線を張るとの報告がなされ、アレックス、ダグラス、デイルが部隊を率いてそちらへと異動した。ライもそちらへ異動となった。エンドイロには白竜軍の兵士は赴かない。ノヴェスクに頑なに拒否されたためだ。とにかく白竜軍の動きは慌ただしさを増してきた。
そして、時は起ころうとしていた。
前へ / 次へ