4 策謀の大激戦
「炎のリングよ___竜の吐息の如く、赤き火炎の息吹を以て、焼き尽くせ!ドラゴンブレス!!」
ソアラの活躍ぶりは鬼気迫るものがあった。怒りに任せて戦っている___そうかも知れない。だが彼女は冷静に戦っていた。理由はどうあれ今彼女の精神は非常に研ぎ澄まされ、敏感になっている。それが戦いにおいて好結果を導いていた。
ドゴォォォォ!!
戦場に激しい火花が散った。呪文を唱える前に街の中で回収された不発弾を空に投げ、タイミングを合わせて炎を放つことで誘爆させ、ソアラの呪文は巨大な砲台並の威力を発揮していた。
「あぶねえぞ!」
呪文を放つ間は防御がおろそかになる。そこに襲い掛かってきた兵士を百鬼が切り捨てた。
「手負いなんだから無理すんじゃないの!」
「んなこと言ってられる場合かよ!」
戦闘は激戦を極めた。だが強いと言われていたポポトルの兵たちに対して、白竜軍の兵士は驚くべき善戦をしている。ソアラの活躍は確かに大きいが、それ以上に目立つのが後方の働きぶりである。
「はい次___!」
水のリングを中心に、その右手を光らせ、フローラは次々と兵士の傷を治癒していく。この後ろ盾があるからこそ、兵たちは強引に戦い、そして傷ついた者が完全でないにせよ傷を癒し、再び戦場に立つ。疲労さえも若干消し去ってくれるのだからポポトル兵にしてみれば、何故こう白竜の兵は戦い続けられるのかと首を捻りたくなるところだろう。
「なかなか手を焼かせるな。」
ポポトルの本陣は、離れた場所から戦局を伺っていた。ここにはギャロップ、シーク、ガルシェル、それから近衛部隊がいた。
「だが数も実力も我が方が上だ。人がいたところで役には立たぬアンデイロに、一体どれだけの人員を割いたのか、見物だな。」
ギャロップは負けることなど考えていない。そのでっぷりと太った腹で戦場が見える位置にいるというのだから。
「あれほどだ。」
だがそのギャロップの余裕は簡単に覆されてしまう。ガルシェルが淡々と指さした場所には___
「な、なんだあの軍勢は!?」
カルラーンの守護に当たると同等の数の軍勢が、戦場に向かって真っ直ぐに進んでくる。戦場の側面を捕らえるような位置だ。翳された旗は勿論白竜軍のもの。その総大将に構えるのは___
「皆さん!カルラーンを守りますよ!ダグラスの死を無駄にしてはいけない!」
眼鏡を外し、武装したアレックスの姿はかつて東の勇者と異名をとった頃を彷彿とさせ、兵士たちを束ねるには充分のカリスマがあった。勿論、兵士たちの魂がこうも高ぶり、結束しているのには、アンデイロで散った大きな命の力でもあるが。
「アンデイロにいた軍勢だろう。鉄機船にかなわないと見てこちらに来たんだ。素早い行動だな。」
そうガルシェルは言うが、無表情なために感心しているのかどうかも良く分からない。
「一体誰が!?」
「トルストイはあそこにいた。アレックスだな。」
と、シーク。
「援軍か!」
トルストイは思わぬ救援部隊の登場に声を上擦らせた。
「トルストイ将軍!」
部隊の先頭に立っていたアレックスが、立ちふさがる兵をなぎ倒してトルストイの元へと近づいてきた。
「アンデイロは!?」
「鉄機船が相手ではどうにもならない。」
「___やむを得ぬか、今はここを死守する!」
白竜を代表する将軍の揃い踏みに兵士たちの士気は一挙に高まった。
「退くぞ。」
ガルシェルは徐に呟いた。
「な、なんだと!?無敵のポポトルが退くというのか!?」
ギャロップは声を荒らげていった。
「このままでは分が悪い。」
「おまえたちが戦場に行けば変わるはずだ!」
「東の勇者アレックスがいるんだ、ここで無理する必要はない。それともおまえが戦場に行くか?」
シークはギャロップがその言葉を持ち出されると何もできないと分かっているから、あえて意地悪をした。
結局、ポポトルの本陣で数発花火が上がると、ポポトル兵は退却を始めた。まだ戦えるという気持ちが兵にはあるかも知れない。しかしアレックスもトルストイも追撃するつもりは微塵もなかった。とにかく今は凌ぎきった「勝利」を喜び合おう。そして次に備えて英気を養うのだ。
一方そのころ、エンドイロの街もまた激しい喧噪に包まれようとしていた。
「構うことはない、徹底的に叩きつぶせ!」
名誉の別行動。
ポポトル一の豪傑ドルゲルドはこの単独部隊によるエンドイロ襲撃をそう呼んだ。彼の配下である重装兵たちは残忍に振る舞わなければならない。また、そう振る舞うことに躊躇いを感じない人物たちが選りすぐられている。戦闘の経験に乏しく、その上武装も貧弱なノヴェスクの私兵たちに勝ち目があるはずもなかった。
「なんて奴等だ___私は白竜じゃないんだぞ!?」
突然現れた重装兵たちに冷や汗を滲ませながら、ノヴェスクはそれでもエンドイロの玉座に居座っていた。ここは彼の箱庭。ここにいさえすれば彼は王様。好きなことができる。こんな住み良い場所をそうそう簡単に渡すことなどできるはずがない。
「和平を結んではいかがでしょう___?」
「和平?」
側近の傷心の勧めにもノヴェスクは牙を剥いた。
「ふざけるな!この私にポポトルに諂って生きろと言うのか!?ケルベロス兵もおるではないか!断固として戦うぞ!」
「素晴らしい!殊勝なお心懸け、痛み入ります。」
謁見の間に大袈裟な拍手と共に澄んだ声色が木霊した。
「___貴様!」
「万が一もあるかと存じ、アンデイロより馳せ参じました。ここには我々の兵も幾ばくか残っておりますから。」
フュミレイ・リドンの登場にノヴェスクは色めきだった。
「戦ってくれるというのか!?」
「借りを返しましょう。」
フュミレイはそう言って微笑み、深々と礼をした。だがその態度、表情そのものに誠意は感じられず、むしろノヴェスクを嘲っているかのようだった。それはノヴェスクの心を乱し、無駄に闘争心ばかりを掻き立てた。
「私も行くぞ!拳銃を取れ!」
だがこれこそ策謀の戦場を演出する、フュミレイの筋書き通りなのだ。
「良いか、まずは住民を避難させることが先決だ!我々は予定通り北方の地に逃れ、好機を待つ!誰一人死することは許さぬぞ!」
フュミレイの帰還は予定通りの行動だったのだろう。ケルベロス兵は既に住民を掌握し、北方の退路へと導いていた。彼女はアレックスと共にアンデイロで一部のケルベロス兵を指揮する予定であったが、こちらへとやってきた。大陸に綻びをもたらさないという大義名分を掲げての行為だが、実のところは彼女にとって、いやケルベロスにとって大事なのがエンドイロだからである。
「ノヴェスクの私兵たちは自ら盾になって我らが退路を開いてくれる!彼らの心意気を無駄にするな!」
フュミレイはエンドイロの街を駆けめぐり、先頭に立ってケルベロス兵を、住民を鼓舞していた。重装兵たちは強いが動きが遅い。まだ門の辺りでもたもたしているようだ。そうしている間にもエンドイロの街並みからは潮が引くように人気が消えていく。
「あの男だけは軽いからな___それに人殺しが好きでたまらない。」
戦場とは思えないほど閑散とした通りに立ち、フュミレイは横腹に手を触れた。アモンの呪文で傷痕さえなくなったが___感触は今も覚えている。弾丸で致命傷に近い傷を貰ったのははじめてのことだった。
「けりをつけるか。一対一の方がやりやすい。」
彼女が今立っている通りは、エンドイロ城に向かう最短距離だ。ドルゲルドという男は、小さな獲物を大量に仕留めるよりも、大将の首を取ることが何よりの悦びだという。そうソアラから聞いていた。だから、彼はノヴェスクを目指す。
「お?」
「また会ったな。」
だからよほどのことがない限りはこの道を選択するとフュミレイは思っていた。そして真っ先に手柄を取りたい彼は単身でも突撃を敢行する。
「生きていたのか、ケルベロスの雌狐!」
「生きていたとも、ポポトルのハイエナ。」
二人は離れた距離で睨み合い、それでもお互いを嘲って笑っていた。
「俺をここで待っていたのか?俺に手柄をプレゼントしてくれるようだな。」
ドルゲルドは躊躇わずに、初めから銃を抜いた。大型で連射も効く、最新型の拳銃だ。これがこの男の醍醐味。正々堂々の勝負、真っ向勝負など初めから度外視。勝つために最も簡単で容易い手段を取る。腰の剣には手を掛けようともしなかった。
「この前の決着をつけるために来たのだ。」
フュミレイに動きはない。ドルゲルドの出方をうかがっているようだった。
「武装もせずに笑わせる!そう言うのを無鉄砲というのだ!」
ドルゲルドは銃を放った。巨大で、普通の拳銃よりも遙かに破壊力を秘めた弾丸を、フュミレイはできるだけ小さな動きでやり過ごす。だがドルゲルドは一気に仕留めようと拳銃を連発した。フュミレイは今度は大きく横に逸れて回避する。
「ははっ!弾が無くなるまで避け続けるつもりか!?」
「そうだと言ったら?」
「笑ってやるよ!」
ドルゲルドは拳銃のグリップの底を強く叩くと、中から四角い箱のようなものが飛び出し、彼はポケットから素早く別の箱を取り出すとグリップに押し込んだ。そして速いモーションで再びフュミレイに向かって弾丸を放った。
「最新のカートリッジタイプの拳銃だ!弾込めなんてものの一二秒!その間におまえはここに近づくことすらできんわ!」
それでもフュミレイは弾丸を避けることに集中した。右へ左へ、飛び跳ね続ける。
「ハハッ!避けたければ避けろ!踊らせてやる!弾は幾らでも有るんだからな!」
そう言ってドルゲルドはマントを脱ぎ捨てた。なんと彼はたすきのようにして先程の四角い箱の連結をぶら下げていた。察するに弾丸の残りは百発はくだらない。
「ふっ___」
だがフュミレイは嫌な顔一つしなかった。素手に手は打ってある。慎重にやらねばならないから時間を稼ぐためにこうして遊んでやっているのではないか。
「これでどうだ!」
ドルゲルドが勝負に出た。弾丸はフュミレイ本人ではなく彼女の足もと目がけて放たれた。そこには瓦礫が転がっていて、破壊力抜群の弾丸は瓦礫の芯に打ち付け、爆弾のように内側から小石をはじき飛ばした。
「!」
拡散する小石がフュミレイの身体の所々に食い込み、一つは鋭く飛び散って彼女の目尻を切り裂いた。
「もらった!」
隙ができた!ドルゲルドは動きの止まったフュミレイの眉間を目がけてすぐさま引き金を引いた。
だがその時のフュミレイは勝利を確信した顔だった。弾丸の軌跡をしっかりと睨み付け、ただ首を傾けた。
シュンッ!
弾丸とフュミレイには僅かな隙間しかなかった。彼女の頬が軽く焼き付いて痛みを伴ったくらい、それほど完璧な見切りだった。
「避けただと!?」
もう一発!ドルゲルドは改めて狙いを定めた。その時フュミレイは軽く右手を突き出し、彼は漸く拳銃の側に寄る謎の物体に気が付いた。目映く光り輝く、エネルギーを秘めた球体だ。
「構うものか!」
ドルゲルドは構わずに次の一弾を放とうとする。だがフュミレイが掌を素早く動かすと、彼が引き金を引くよりも速く光の弾が拳銃の弾倉部分に食らいついた。その光に熱を感じたときには時既に遅し。
ボッ!!
ドルゲルドの掌で爆発が起こった。フュミレイの放った呪文の塊が拳銃に張り付いて強烈な熱を与えたことで拳銃が暴発したのだ。
「ぐおおお!」
ドルゲルドは右手を空に突き上げて喘いだ。彼の右手は真っ赤に焼けただれ、弾いた弾丸や銃の破片がドルゲルドの体中にめり込んだ。
「終わりだ、ドルゲルド!」
フュミレイは素早く身を屈めてスカートをたくし上げ、ガーターに装着していた小型の拳銃を抜き、走った。衝撃でドルゲルドが後ずさったため、少し距離が遠い。仕留めるためにはもう少し近づかなければ。
「このアマが!」
ドルゲルドも予備をもう一丁持っていた。だが奴は左腕。フュミレイは構わずに走りながら銃を前へと向けた。
渇いた音が同時になった。
ビシュッ!
「くっ___」
やる!予想以上に正確な照準に左肩を抉られ、フュミレイは顔をしかめ、バランスを崩して通りの石畳に転倒した。しかしそのまま回転して膝立ちになると、己の放った弾丸の結末を見定めた。
「___」
ドルゲルドはゆっくり彼女の方を振り向いた。だがフュミレイに恐怖は無かった。
彼の額には3ミリ程度の穴が彫り込まれ、血の飛沫を噴きだしていたから。
「___」
結局彼はそれ以上の言葉を発することもなく、そのまま、巨体を棒にして仰向けに倒れた。
「こんなものか___」
フュミレイは左肩の傷に一瞬頬を強ばらせながらも立ち上がり、退路を取った。しかし思わぬ男はこんな場所にまで登場した。
「フュミレイ!これはどういうことだ!?」
ノヴェスクが大声を張り上げ、息を切らして軽く噎びながら走ってきた。
「ご覧の通りです___敵兵はポポトルの最強部隊です。我々ではどうにもならないと察し、まずは住民の退避を優先させました。」
フュミレイは淡々と語るが、彼女の言葉一つ一つを噛みしめるようにしてノヴェスクの肩が上がっていく。怒りを感じている証拠だ。
「ご覧の通り私も手負いの身、ノヴェスク様も退避なさった方がよろしいかと。」
「だ、黙れ黙れ!」
ノヴェスクはフュミレイの足下に向かって拳銃を放った。
「エンドイロは私のものだ!誰にも渡さない!」
「違う。エンドイロはケルベロスのものだ。」
「なっ!?」
フュミレイの行動は素早かった。ほんの数発の弾丸であっさりとノヴェスクの身体を沈めた。彼の血液が身体に弾くほどの距離だ。仕留めるには一発有れば十分だった。
「お見事です、ノヴェスク様___敵将と一騎打ちの末の相打ち、エンドイロの市民はあなた様の名誉の戦死を誉れ高きこととお思いになるでしょう。」
フュミレイは拳銃をその場に投げ捨てた。
「ふっ___馬鹿馬鹿しい。」
ケルベロスの陰謀はまだ始まったばかり、策謀の戦場はその規模を徐々に拡大しようとしていた。
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