2 金獅子の咆哮
「また逃走兵!?」
「今度は一人だ。小舟で漂流していたところをアンデイロで拾い上げた。」
トルストイに呼びつけられたソアラが声を上擦らせ、トルストイは冷静に続けた。
「そしてそいつは知っていた。金獅子作戦のことを。」
「!!」
「期日は近い。一気に総攻撃をかけるつもりのようなのだ。攻撃布陣は毒蛇の陣!分かるか?」
テーブルを挟んでしっかりとトルストイの目を見据え、ソアラは頷いた。
「白兵戦の総力作戦です。陣形としてはまず一つ目の部隊が正面から進み、敵の部隊を一箇所に引きつけます。そこで、先行部隊の横を回り込むように、二つの部隊が攻撃を仕掛けてくる。結果として一箇所にまとまった敵部隊を三方から攻撃することになります。広い平地を舞台に攻撃戦を行う際の常套手段です。」
「対処法は___」
「罠が一番です。平地を広く使う向こうの陣形を逆に利用して、罠で頭数を減らす。攻撃的な作戦ですけど___ラドは発破を最も得意としています。」
「はっぱ?」
トルストイは興味深げに尋ねた。作戦決行がいつかは聞かされていないが、この様子なら近日だとソアラは感じた。
「ダイナマイトですよ。」
「戦場に爆弾を仕掛けるのか?」
「白竜のやり方ではないと思います。でもなりふり構っていられるほど状況は甘くない。そうなのでしょう?将軍。」
「口を慎め。」
トルストイはむっつりとした口を余計に突っ張らせてソアラを圧した。
「カルラーンの守護は私の役目だ。私のやり方でやる。ラドウィンらを技術工場へ連れていけ。その作戦で行く。」
トルストイは立ち上がった。
「将軍、決行はいつなんですか?」
「三日後だ。だが警戒しなければ、向こうも逃走兵が出たことぐらいは分かるだろう。」
「そうですね。」
「特殊部隊の指揮はおまえに任せたい。良いか?」
堅実な男に見えて大胆なことをする。ソアラはトルストイの発言に驚きながらも、身の引き締まりを感じた。
「了解しました。早急に作戦を立て、ご報告に参ります。」
「頼むぞ。」
それから___
「これが衝撃を与えることによって発動する爆破装置。破壊力はそこまで巨大じゃないが、敵の部隊を一網打尽にできる。」
「あとは仕掛けるコース次第か___」
ソアラとラドは技術倉庫で作戦の打ち合わせをしていた。倉庫は昼夜を問わず慌ただしく動いている。今はラドから指導を受けた技術員たちが、慎重に爆弾作りに掛かっている。ラドの手も、汚れで一杯だ。
「君がポポトルの指令だとしよう。どこから攻める?」
木製のちんけなテーブルに地域一帯の地図が広げられている。ラドは汚れていない小指で地図をつついて問うた。
「例えでももうポポトルには戻りたくない___けど、あたしだったら___」
ソアラは改めて図面を覗き込んだ。
「ここ、カルラーンから南に下がった海岸。そう、丁度あなたが漂流してきた辺りね。もちろん集落の側は避けるけど。」
「なぜここなんだい?」
「西は___街道に沿うようにしてカルラーンに向かわなければならない。集落も多いし、略奪目的でなければ通らないルートよ。東はアンデイロが近いから駄目。最初からアンデイロが狙いなら別だけど、敵に背中を見せながら戦う意味はないわ。こっちは地形も少し厳しくなるしね。北は論外。遠いし、ケルベロスの海域を通らなくちゃならないもの。」
「なるほど、さすがだね。」
「これくらいは当然。」
「戦場はこの城の近くになるね。」
「防衛戦だから。横やりをつかれたらたまらないもの。隙は見せられないわ。」
「とすれば仕掛ける位置は大体この辺りか___」
ラドは城から少しだけ離れた草原の一角、図面上でも両側が若干小高く表現された丘に挟まれた部分を指さす。
「そうね、この辺りが良いわ。攻める側にとっては攻めやすい場所。ポポトルは傲慢だから、乗ってくる。」
「良し決まった。完成し次第、早速仕掛けに行くとしよう。」
それなりに大がかりなからくりが作られることもある技術倉庫は屋根が高く、内周に沿って通路が配されている。この通路から、サラと百鬼が身を覗かせて二人の様子を伺っていた。
「本当にあの人が腹に一物抱えているのかな?」
「確信はないけどね___まだ見限るつもりもないわ。」
「この前話したけど悪い人には思えなかったぜ。ソアラとは軍に入ってすぐに友達になったらしくてさ、それまでフローラしか拠り所がなかったあいつにとっては、本当に頼もしい存在だったんだと。」
「ソアラったら、あんたにそんな事まで話しているの?女が感情的な昔話をするっていうのは、信頼している証拠よ。」
「そうなのか?いや!俺のことは今はどうでもいいんだよ。」
「そうね。」
一瞬、ラドの意識がこちらに向いたような気がした。目があったわけではないが___
(気づいているのかしら___?)
と、サラに思わせるニアミスだった。
「これよりポポトルの金獅子作戦に対する、カルラーン防衛作戦を発表する!皆の者、心して聞くように!」
カルラーンに所属する兵士たちが一堂に会し、壇上に立つトルストイの言葉に耳を傾ける。どの兵士たちも眼差しは厳しく、力強く、これから始まるであろう戦いに向けて、その士気を最大限にまで高めていた。
「ポポトル軍は、アンデイロとこのカルラーン城の同時侵攻を目論んでいる。これがいわゆる金獅子作戦だ!だがポポトルの本体は、ここカルラーンに総力を挙げて攻撃してくると思われる!すなわちこれは決戦の時であり、この防衛戦こそが両軍にとって最も大きな意味を占めると思って相違ない!」
トルストイの声は深く、威圧するような重みがあり、飄々としたアレックスよりもむしろ彼の方が演説向きと言えた。
「だが、残念ながら我々の戦力はポポトルよりも乏しい。しかし我々には緻密な作戦がある。これを以てポポトルを陥れ、本城を守りこの戦いに勝利したい。そして、ここで勝利すれば、ケルベロスの協力のもと本格的にポポトルに対する戦いを決起することを総帥は誓われた!」
それはつまり、この勝利を機にポポトルの討伐に転じるというのだ。兵士たちは「おおっ!」と歓声に似た声を上げ、注目を感じたアイザックは視線を宥めるように頷いてみせた。
「心して聞け、これより今回の作戦責任者、ソアラ・バイオレットより防衛作戦の要旨を発表する!」
ソアラが壇上へと上がった。百鬼やフローラは、彼女の緊張ぶりを顔つきから感じて少しおかしくなった。
「今回ポポトル軍は毒蛇の陣と呼ばれる布陣を取ると予想されています。これは先発部隊が特攻気味に仕掛け、防衛隊を引きつけたところで、先発隊を回り込むようにして両翼から二つの部隊が攻め入るというものです。先発隊に人数を裂くことで、我々の意識を前に向け、横を刺す。広々とした平地などでは最も頻繁に用いられる戦術と言えます。しかしこれは陣形を広く取らねばなりません。そこを突き、我々は十機にものぼる爆弾を草原に仕掛け、これを迎え撃ちます。」
その壮絶な罠に兵士たちはどよめいた。白竜には今までないほど、敵兵を死に直結させる強烈な罠だ。
「静粛に!」
トルストイが一喝する。
「敵兵を確認したら、我々は待ちの姿勢をとります。罠の作動を確認した後一気に前進し、白兵戦に持ち込みます。戦場は南の草原を予想していますが___これが万に一つにでも外れるようなことがあれば、皆さんの全力以上の力が必要となるでしょう。以上です。」
「ポポトルは南の草原から攻めてくる。それ確実だ!詳細は各小隊長の指示に従え!よいか、最後に一言だけ言う。無駄死にだけはするな!己の命の尊さを胸に刻みつけて戦え!!」
その日より、カルラーンの大門は閉じられ兵士たちはその外でキャンプを張って生活することとなった。城壁の四隅に設けられた物見台からは夜を徹して兵士たちが睨みを利かせ、敵襲に備える。
「結局なにも動きがなかった、やっぱりサラさんの取り越し苦労だよ。」
テントの外れで、百鬼、サラ、アルベルトが集まっていた。話題は当然ラドたちのことである。
「うーん、納得いかないな___」
「他の面々も怪しいところはなかった___信用しても良さそうだ。」
「___仕方ないか。この戦いが済むまでは監視は外して敵襲に備えるとしましょう。」
サラは小さな溜息を付き、諦めの顔を見せた。だが、この戦いが済むまでと条件をつけるあたり、なかなか執念深い。
金獅子作戦の決行日まであと二日。だがポポトルも手をこまねいているわけではない。
そのころ___
「諸君良く聞け!」
もはやカルラーン城の姿が見えるこの場所で、一人声高に宣誓するのはまたまた登場あの男。
「我々はこの重大な作戦において名誉の切り込み隊長を命ぜられた!」
万年中間管理職。出世のチャンスさえつかめなかったあのグイドリンである。この男とことんソアラと縁深い。
「このチャンスをものにするぞ!我々の働き次第でこの作戦は大きく変わるのだ!我々の力を見せつければ大出世間違いなしだ!」
このような好機を与えてくれたギャロップ指令に感謝をせねば!士気を高めるための一言のはずがすっかり自分の希望を語ってしまった感がある。だがそんなことは問題ではないのだ。とにかく、こんな重大な任務を与えられ、グイドリンは感動で目を潤ませていた。切り込み隊長は生き残れば即出世。そんなイメージを作っているのがドルゲルドとソアラだ。ドルゲルドは重装備を利して突貫し、今や将軍。ソアラもゴルガ侵攻作戦の切り込み隊長での活躍で大いに名を挙げた。グイドリンも同じことを期待しているのだろう___
だが、期待は満たされるわけがない___ポポトルの進軍コースはカルラーンの南側からなのだから。
「突撃!」
グイドリンの掛け声と共に、百人ほどの部隊が隊列を維持しながら、それでも早足で進む。遅れて彼らの後ろから同等の部隊が二つ、ゆっくりとした歩調で進む。カルラーンからもその姿はすぐに捉えられた。
「来た!!南からだ!!」
物見台の兵士が声を張り上げ、渾身の勢いで吊されている鐘を打ちならした。
「百鬼行こう!戦いはあんたと組むのが良さそうだし!」
「良し!」
ソアラは百鬼を捕まえてテントから駈け出していく。
「来たぞ!私自ら先陣を切る!!」
キャンプの最前線にどっかりと腰を据えて時を待っていたトルストイが立ち上がった。
「お供しますよ将軍!」
「俺も!」
彼の元にしっかりと武装したソアラと百鬼が並んだ。将軍は力強い視線で二人に答えた。
「みんな将軍に遅れは取るな!隊列組んで行くぞ!実戦だからって気後れすることはない、訓練でやってることをぶつけてやるんだ!」
アルベルトの声に会わせるように兵たちが声を上げ、兵士たちは綺麗な隊列を組んで将軍の後ろに並んでいく。そして十数人の弓兵が将軍の前にならび、先制攻撃の用意をする。
「負傷したらば引け!後ろには心強い医療班が待っている!」
ポポトルの優れた技術の伝道師でもあるフローラは、すっかり医療班の顔。彼女は後方で臨戦態勢を整えている。
「では行くぞ!」
二つの軍勢がぶつかろうとしている。だが、サラはこの編隊の中から抜け出していた。
「___逃走兵の奴等はいま城の中で自由だ___見張りは必要よ___」
敵前逃亡___そう取られても構わない。ただ、自分の直感には拘っていたかった。
そして戦場。二つの部隊の激突までもはや時間はない。ただその狼煙はまだ上がってはいないのだ。
「迎撃部隊が見えた!一気に叩きつぶ___!」
その時グイドリンは恐らくなにも考えられなかっただろう。先頭を切って走っていた彼の足が、草原にはあり得ない固い感触を踏みつけたその時、最初の狼煙が上がった。
草原に炎が吹き上がる。グイドリンをはじめ、先頭にいた兵士たちが煙に包まれた。兵士のうちの何人かの身体が宙に舞い上がり、爆発の壮絶さを物語っている。それが二度三度、正面のコースに仕掛けられた合計四機の爆弾は正確に正面の部隊を駆逐に追い込んでいった。
「よし、正面をつけ!」
この機に白竜軍が正面の部隊を追い込みに掛かる。両翼に開いていた部隊は慌てて進撃を速め、そして残り六つの罠へと落ちていった。
「部隊展開!一気に畳みかけるぞ!」
爆発を逃れた兵士が正面から迫る。トルストイはそれを剣で薙ぎ払い、声高に叫んだ。戦場では数的にも白竜が優位に立つ。だがそれはソアラの疑問を呼んでいた。
「___にしても、弱くないか!?」
この日のために新調した格闘用武具、手甲の先端に鈎爪の刃が付いた武具を煌めかせながら、いやにふがいないポポトルの部隊に疑問を抱いていた。
「フフ、始まったな。」
後方でポポトルの指令ギャロップは悠然と構えていた。金獅子の咆哮を待って___
「我々の勝利だ!」
戦いは十数分の短いものだった。トルストイが剣を掲げて叫び、兵士たちも武器を空へと突き上げた。しかし双方命を削りながらの戦いは大きな疲弊を伴う。
「やったなソアラ!」
土や血痕の汚れを身体に弾かせて、百鬼はソアラに身体をぶつけてきた。
「うん___」
だがソアラはよろめきかけて気のない返事をするだけだった。
「どうした?怪我でもしたのか?」
百鬼は心配して彼女の顔を覗き込む。
「そうじゃないわ、ただ腑に落ちないのよ___」
「さあ、キャンプに戻って身体の疲れをとろう!だが追撃隊には充分に用心してな!」
トルストイの重低音に兵士たちは掛け声で答えた。皆満ち足りた顔でいる。ただソアラだけはいつまでも冴えない表情だった。
そして彼女の不安はやがて形となって姿を現す。その尻尾はサラが掴みかけ、金獅子作戦の全貌と共に明るみに出ようとしていた。
「首尾はどうだ___?」
ごく僅かな近衛兵だけが残っているカルラーン城。もぬけの殻同然のこの城の中を逃走兵たちは慌ただしく動き回っていた。その首謀者、ラドウィン・キールベクを発見したサラは彼の尾行を続け、決定的な瞬間に辿り着くのを待っていた。
「上々だ、あと三十分もすれば始まる。」
ラドと別の逃走兵が何かを話し合っている。サラは物陰からその様子を伺っていた。
(なに___何が始まるって言うの?)
「いよいよ金獅子作戦の始動だ___俺たちの任務は佳境を迎える___」
(!)
悠然とそう言ってのけるラドの口調、顔つき、それはソアラに対しているときとはまるで別人だった。優しくて、繊細な男ではない、邪悪に満ちあふれた残忍な男の顔だった。
(報せなくちゃ___あたしだけじゃどうにもならな___!)
トルストイの元へ!そう思ったサラの足が突然動かなくなった。首の後ろに強い衝撃が走り、一瞬にして膝がぐらついて、景色が歪むと___なにも見えなくなった。
ドサッ。
「!?」
廊下にゆっくりと倒れ込んできたサラを見て、ラドはぎょっとした。
「つけられてたぜ。」
彼女の後から、逃走兵の一人が現れた。自慢げに手を払い、にやつきながら。
「やっぱりこの女か___」
ラドは憎らしいものを見るような目つきでサラを見下ろした。
「どうする?始末するか?」
「金獅子作戦に巻き込むとしよう。俺たちをつけ回していた罰だ。」
ラドはサラの頭に足を乗せ、軽く擦った。
「そりゃあいい、最後の一発の場所に縛り付けてやろうぜ。」
「しかしうまくいったもんだな。白竜ってのは手ぬるいぜ。」
サラの腕にロープをかけながら、逃走兵の一人が嘲りを込めて言った。
「フフ、ソアラのおかげさ。」
「ちげえねえ!」
ポポトル工作員たちの嘲笑が、カルラーンに木霊していた。
「なあおまえらサラを知らないか?」
キャンプに戻って身体を休めていたソアラたちの所へアルベルトがやってきた。
「サラさん?そう言えば見なかったわね___」
ソアラは百鬼に尋ねた。
「ああ見なかった___まさか、アルベルトさん!」
「ん?ああ___」
百鬼はサラがラドのことを探りに行ったのではないかと疑ったが、アルベルトはちらりとソアラを見やり、やめておけ!と言うような顔をする。
「まさかってなに?」
案の定ソアラに突っ込まれてしまった。
「なんでもねえよ、おまえには関係ない。」
「なによそれ___あんた最近こそこそして、何かあたしに隠してるんじゃない!?」
鋭いねぇ___と言いたそうなアルベルト。
「隠してなんかねえよ。」
「嘘!」
「あー、太陽が眩しいなぁ。」
「百鬼!」
百鬼はとことんしらばっくれるつもりのようだ。ソアラに胸ぐらを掴まれても、彼は構わずに空など見上げていた。そう、確かにこの日はとてもいい天気だ。時間も正午を回り、日は既に空の高見より西側に傾きはじめていた。
そしてサラは、この眩しい光を顔に受けたことで、目を覚ました。
「ん___」
「よう、お目覚めか。」
「!」
聞き覚えのある声、サラの眠気は一気に消し飛び、身構えようとするが身体はしっかりと拘束され身動き一つままならなかった。
「目が覚めてくれて良かった、色々聞きたいことがありそうだったからなぁ。」
「貴様___」
サラは自分の目の前で、悠々と煙草を吸っている男を睨み付けた。ここは___城壁の内側だ。あまり背の大きくない木が立っていて、自分はそこに身体を結わえ付けられている。それとは別に両手両足がしっかりと縄で縛られていて、本当に身動きがとれない。だがそれでもどこかにあるかもしれない綻びを期待して、サラは力を込めた。
「おっと、あまり暴れるな。足下をご覧よ。」
「!」
それは見覚えがある塊だった。ソアラがこの男たちを引き連れて草原に仕掛けに行ったあの代物だ。
「これが目的___!」
「そう、金獅子作戦だ。」
サラは絶句する。
「それじゃあさっきの戦闘は!?」
「最初のは囮に過ぎない。あれはポポトルでもクズの兵隊たちだ。目的は油断と疲労を誘うこと。まさか敵が既に内側に潜み、それもこちらの味方をして効果的な罠を仕掛けてくれようとは思わない。」
「___あたしは思っていた!」
「おまえだけじゃ仕方ないさ。」
この期に及んでも気丈なサラの顎を掴み、ラドは卑下するように言った。
「これからこのカルラーンは火の海に包まれる。そして同時にポポトルの本体が仕掛けてくる。先発隊の十倍はある量さ。アンデイロではビードック率いる海軍が総攻撃をはじめ、エンドイロにはドルゲルド率いる重装兵部隊。」
「そんな___」
「カルラーンの紋章は獅子を象っている。これが燃えさかる炎と日の光によって黄金色に照らされるから、金獅子作戦さ。なかなか洒落ているだろ?」
絶望的だ___奴の口振りから考えれば、爆弾はもはやこの城、いや街も含めそこかしこに仕掛けられている。
「大事なのは天候だった。爆弾が湿気たら意味がない、それに日射しも強くなければ。」
「日射しですって___?」
「おっと、そろそろこの辺りも危ないな。俺は___無実を装ってソアラと落ち合うことにしよう。そうそう、最初の一発はこの場所から正反対の城壁で始まる。どんどん爆発が近づいてきて最後に君もどかんだ。まあ、短い余生を楽しんでくれたまえ。達者でな。」
ラドは言葉尻に嫌みを込め、小走りでその場から立ち去っていった。サラはただそれを口惜しげに見送ることしかできなかった。
「誰かぁ!誰かいないの!?」
叫び声が虚しく木霊するだけ___と、思いきや!
「あら?誰かよばなかったぁ?」
黒い肌をした恰幅の良いメイド服姿の女が、遠くの木陰からひょいと顔を覗かせた。
「あ!おばさんここ!あたし!呼んだのはあたしよ!」
希望を掴んだサラは喉が嗄れてしまうくらいヒステリックに叫び、彼女の注意を引いた。
「あら、どうしたのあんた!?」
「悪い奴等に縛られたのよ!お願い、ロープを解いて!時間がないの!」
サラの必死の形相に圧倒され、状況が分からないまでもおばさんは真剣な顔つきになった。慌てふためいた顔ではなかったのだ、これはサラをとても安心させた。
「ちょっと待っててごらん!」
おばさんは一時姿をくらまし、次に現れたときは包丁を片手にやってきた。
機転が効く!固く縛られたロープをほどくのではなく切るという発想をしてくれた彼女にサラは感激した。
「あんた兵隊さんだね、戦争だって言うからあたしゃせめて美味しい御飯を拵えてたところなのさ。それがなんだって言うんだい、こんなになって。」
女は重そうな身体でそれでもサラに駆け寄り、素早くロープの切断に取りかかった。
「スパイがいるんです。そいつらを尾行していたら逆にやられて___あ、おばさん、足下のそれには触らないように気をつけて、爆弾なんです!」
「ば、爆弾!___あ、安心しな、あたしゃもうずっとカルラーンの厨房を守ってきたんだ。こんなものでびびったりしないよ!」
女は慎重に、それでも素早くサラのロープを切り落とし、最後に後ろ手に手首を結びつけたロープを切り落とすと遂にサラは自由になった。
「ありがとう!」
「礼には及ばないさ!それよりもこの爆弾ってのはどうするんだい?このままにするのは怖いよ。」
そう、爆発を食い止めなければ。せめてこの城壁を崩すであろう奴の言っていた一連の爆破だけでも。
「お願いがあります、いいですか?」
「どんとこいさ!」
「城の城壁の側にこれがたくさん仕掛けられています。できるだけたくさんの人に手伝ってもらって、これに水を掛けてください!バケツでも如雨露でもいい、とにかく火薬は湿ったら使い物にならなくなるんです、だから水を!」
「分かった、すぐに厨房仲間を集めてやるよ!」
恰幅も気っ風もいい彼女は、ドンッと厚い胸を拳で叩きサラを安心させた。
「お願いします、私は爆弾のスイッチを探して壊しますから!」
そしてサラは今いるこの場所から対に当たる城壁を目指した。そこにあるという起爆装置を破壊するために。
「何ですって___ラドを疑ってる?」
「ああそうだ。ラドウィンはサラがマークし、俺は残りの奴等をマークしていた。」
遂にアルベルトは口を割った。頑なに隠し通そうとする百鬼をソアラが詰り、ついには喧嘩に発展しはじめたからだ。
「何で?ラドは白竜のために働いてくれているじゃない。」
「全てがカモフラージュの可能性だってある。何でもかんでも二番煎じっていうのは疑われるもんなんだよ。俺はもういいかと思っていたが、サラはどうしても気に入らなかったらしくてね。」
ソアラは疑念の目でアルベルトの話を聞き、今度は百鬼を睨み付けた。
「あんたも知ってたのね?」
「とにかくおまえとフローラには言えなかった。」
パンッ!!
ソアラは躊躇いもなく百鬼の頬を張った。だが百鬼だって我慢していたのだ、だから彼も黙ってはいなかった。
ガッ!
殴られる!ソアラは咄嗟にそう感じて身を縮めた、だが百鬼の手はソアラの頬には向かず、彼女の肩を掴んだだけだった。
「わりい、でも仕方ねえだろ?」
「見損なわないでよ___あたしだってもう白竜の一員なんだから!」
百鬼はソアラのことを叩いても良いかと思っていた。だが、その瞬間きつく目を閉じたソアラの目尻から、小さな滴が弾いたのを見て、できなくなった。
「とにかく、サラが戻ってこないのが不気味だ___」
「街に行きましょう、ちょっとの間なら大丈夫よ。」
そしてそのころ城では___
「この辺りのはずなんだけど___」
サラは如雨露を片手に慌てていた。サラが縛られていた場所とは対角に当たる、城壁の角。城門から最も遠い場所だ。ここまで等間隔にあの爆弾を発見してきた。しかしあれは強い衝撃さえ与えなければ爆発することはない。それよりも見つけなければならないのは発火元だ。
「待てよ___日射しがどうとか言ってたな。」
そう、日射しだ。考えても見ればここは本城の影に入り込み、日射しはこれっぽっちも差込みはしない。
「でも起爆装置がここにあることは間違いない___それには日射しが絡んでいる___ということは!」
城壁、日射し、その条件が結びつく場所は___
「外側だ!!」
城壁の外側!サラは走り出した。城門以外に城壁の外へと抜ける場所はない。サラはとにかく走った。
「日射し、日射しの熱を感じて起爆する仕掛け___!」
日が西に傾いていき、西側の城門の側面が照らされるようになると、そこに仕掛けられている爆弾が反応する仕掛けだ。あとはその爆発の衝撃から連鎖的に爆破が起こり、予定ならば城壁が全て崩れるのだろう。だが、そうはさせない!
「くっ___」
城壁の外側はすぐに堀になっており、足場に乏しい。だがそれでもサラは全身のバランスを足下に集中して走った。日が徐々にではあるが顔を覗かせてくる。
「あった!あれ___だっ!」
爆弾は見つかった。城壁の隅にそれとなく置かれていた塊がそうだ。黒い紙で覆われていて、熱を集めやすい作りになっている。だがその存在を発見したことによってサラは集中を乱し、左足を滑らせた。
「くっ!」
堀は崖のように急峻で、彼女の身体は外側の狭い道から外れた。だがそれでも必死に、決して力強いとは言えない筋肉で、身体を捻り、左手を堀の突端に引っかけた。
「___登らなきゃ!」
足の引っかかる場所を探す、だが体を動かせばそれだけ左手が軋んだ。
「!」
眩しさが右の横顔に届いた。陽光が、やってきた。いつもは燦々とすがすがしい太陽も今は忌々しくさえなる。爆弾を包む黒い紙はじりじりと、熱を集めはじめている。
「一か八か___!」
サラは堀を登ることを諦めた。そして渾身の力を左腕ではなく、右腕に込めた。如雨露を持つ右腕に。
バッ!
その勢いで左手が離れた。如雨露は宙を舞い___
バシャン!!
サラの身体は水に没した。
そして金獅子の咆哮が始まった。
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