1 ドルゲルドの暴虐

 「アモンさん?ああ彼なら三ヶ月ほど前に引っ越したよ。」
 「ええっ!?」
 ローザブルグの街は、目が眩むほど高級感漂っていた。文化人保護の名目でありながら、結局は大商人たちが金の力で土地を買収し、安全地帯でのうのうとしているところだった。おかげで街に並ぶのはどれも大邸宅ばかり。そんな街並みに嫌気が差したのだろうか、なかなか見つからないアモンの所在を役場で問うと、引っ越したという答えが返ってきた。
 「でも引っ越したと言ってもすぐ近くですよ。この裏手の丘に古い洞窟があるんですが、そこに独りで住んでいるみたいです。」
 とりあえず遠いところではなくて良かった。皆はすぐさま街の裏手にある丘へと向かった。
 「アモンってどんな人かしら?」
 「さあなぁ、魔導師って言うくらいだし、とんでもない偏屈爺さんじゃねえの?」
 ソアラと百鬼は談笑しながら丘を登っていく。
 「もうすぐだね、フローラ。アモンさんに会うの楽しみ?」
 「ええ、とっても。」
 ライとフローラもペアで語らいながら歩いていた。取り残された感のあるフュミレイだったが、彼女はまったく気にもしていない。
 「___」
 高い樹木が少なく、見渡しの良い丘から、時折ローザブルグの街を振り返ってみたりしていた。
 (遠くに兵隊のキャンプみたいなものが見えるが___まさかな。)
 こんな事を言うと放っておけない好奇心旺盛な女がいる。早くアモンと会って話がしたかったフュミレイは、あえて重要な目撃を心にしまった。
 丘には人工的に切り開かれた道があり、これを進むと洞窟まであっという間に辿り着いた。しかも洞窟の前には無愛想な顔つきの男が立っていて、拍子抜けするくらい淡々とした口調で、挨拶もなく皆に話しかけてきた。
 「よう、良く来たな。俺がアモン・ダグだ。おまえたちのことはアレックスから聞いてるよ。」
 突然そんなことを言われては返す言葉が見つからなかった。
 アモン・ダグ氏は想像以上に若く見えた。顔には幾つも皺が畳まれているが、体型も、顔つきも、皮膚のみずみずしさも、声も、老人と言うには若い。いろいろな飾りのついたいかにも魔導師らしい服を着てはいるが、こいつが世界最高の大魔導師だと言われて大人しく納得できる人物には見えなかった。ただ、無愛想な顔と、伏し目がちな目つきは、実に偏屈な魔法使いそのものだった。
 「こんにちわ___」
 とりあえず挨拶がまだだったので、ソアラがペコリとお辞儀すると、皆もそれに倣った。
 「ふんふん、なかなか粒ぞろいだな。おまえがソアラ、そっちがリングの適応者フローラ、んで___」
 アモンは皆より一歩後ろに立っているフュミレイを見てニヤリと笑った。
 「フュミレイ・リドンか。世界有数の美女をこの目で見られるなんて俺は大感激だぜ。」
 そう言ってアモンは豪快に笑った。みんなは吊られて笑うこともできず、呆気にとられて口元を引きつらせていた。
 「んで、後は男二人な。まあおまえらはどうでもいいんだ。」
 ライと百鬼については一目見ただけ、名前の確認さえしなかった。
 「ちょっとおまえ、こっちこい。」
 呆気にとられて何もできないでいたソアラは、アモンに手招きされて少し怖々と彼の側に寄る。
 「!」
 その途端、アモンがいきなり彼女の臀部に触れた。しかもムギュッと。
 「うむ。いいけつ。」
 「なにすんのよ、この!」
 反射的に手が出るのだろう。ソアラはアモンに向かって躊躇うことなく裏拳を放つ。
 「あ、あぶねぇ〜。」
 ソアラの拳を辛うじて回避したアモンは、あまりのスピードに驚きの表情だった。ソアラはそれ以上手は出さず、片手でお尻をガードしてアモンを睨み付けた。
 「あんた本当に魔法使い!?初対面の女のお尻を触る男なんて聞いたこと無いわ!」
 「おまえなぁ、ローザブルグに住んでるじじいはスケベばっかりだぞ。」
 「そういうこと言ってるんじゃないのよ!」
 「まあまあ、おさえて___」
 すっかりプンプンなソアラを百鬼が羽交い締めにし、ライが宥める。
 「水のリングのことだって知っていたんだし、私たちの名前も知っていたのよ?この人こそ正真正銘のアモン・ダグさんよ。」
 「そう、その通り。フローラは素直で可愛いなぁ。」
 いきなり馴れ馴れしくそんなことを言われ、フローラは苦笑い。
 「じゃあ呪文使って見せなさいよ!ただのスケベじじいに魔法のこと教わるなんてまっぴらよ!」
 「いいだろう___」
 アモンはニヤリと笑い、ソアラは妙にべたつくその笑顔に寒気を感じた。
 「ソアラ、俺の前に来い___」
 「___」
 「心配すんな、もうけつを触ったりはしない。」
 アモンの顔つき、口調から真剣みを感じたソアラは彼の前に進み出る。アモンはソアラの正面に立って両手を顔の高さまで上げ、軽く目を閉じて何か呟きはじめた。
 何が起こるんだ?
 ライも、百鬼も、フローラも、なにやらただならぬ雰囲気に緊張して様子を見ていた。ただフュミレイだけは早くもそっぽを向いている。彼女はアモンの手にまったく魔力を感じていなかったのだ。
 「はぁぁぁっ!」
 アモンの上げた奇声にライたちは肩をすくめた。そしてソアラは!
 「っ!!」
 突然のことに怒りと驚きと恥ずかしさの同居した顔になっていた。
 「必殺!乳首狩り!」
 馬鹿。フュミレイは声に出さずそう呟いていた。アモンは気合い一閃、ソアラの胸を「摘んで」いた。正面から掌で胸を鷲掴みにするのではなく、なにやら指先で左右二箇所摘んでいたのである。
 「はっはっはっ!これぞ俺様の秘技、下着と服の上から乳首の場所を狙い当て、一瞬で確実に摘む奥義だ!」
 「殴る!絶対に殴ってやる!」
 「落ち着けソアラ!」
 百鬼たち三人は必死にソアラを押さえ、アモンは一人で高笑いしていた。
 「?」
 そんな喧噪の中、フュミレイは麓の方からなにやら妙な音を聞きつけ、そちらを振り向いていた。
 ゴオオオッ!
 今度は何かが崩れるような大きな音。ソアラも暴れるのをピタリとやめ、そちらを振り返った。
 「なにいまの!?」
 「ローザブルグだ___襲われているのか?」
 音の質から推測すればそうなる。あの轟音は街を守る外壁が崩された音だろう。
 「でも永世中立都市なんだろ?」
 「!」
 ソアラがハッとする。
 「あり得ない話じゃないわ___ゴルガを任されていたのがあの男ならね。」
 「あの男って?」
 「ドルゲルド___」
 ライの問い掛けに答えたのはフローラだった。
 「そう。ポポトルで最も傍若無人な男よ___あいつには条約も協定も関係ないわ!」
 洞窟の前から数歩も移動すればローザブルグの街並が見える。家屋から上がっている煙に気付くまでもなく、外壁を打ち壊して街に押し寄せるポポトル兵の姿を目の当たりにできた。
 「やっぱりよ!ドルゲルドの重装兵だわ!」
 「街の人を助けなきゃ!」
 「そうだな!」
 「いきましょう!」
 四人は一斉にローザブルグへ向け、丘を駆け下りていく。だが動こうとしない彼女に気付き、ソアラは足を止めた。
 「フュミレイ!?」
 だがフュミレイは洞窟の前から離れる素振りも見せず、ソアラは舌打ちして丘を駆け下りていった。
 「いかねえのか?」
 ここまで街の騒々しさが響いてくる。アモンはフュミレイの隣に立ち、落ち着いた口調で尋ねた。
 「行ってなんになる、永世中立都市を攻撃するなど以ての外だ。やらせておけばいいのさ___これで奴等は全世界を敵に回すことになる。」
 「なるほど、ケルベロスが本格的にポポトルとやり合うための口実作りか。」
 「___」
 フュミレイはそれには答えなかった。
 「おまえ、俺の所になにしに来た?」
 「知識と経験を知りに。」
 「俺のところで勉強したいっていうんなら、五人一組でしか請け負わねえことにしてるんだ。あいつら一人でも欠けたら帰ってもらうぜ。」
 フュミレイは少しだけ間をおいて。
 「しかたないな___」
 ローザブルグへと歩いていった。アモンはニヤニヤしてその後ろ姿を見送った。
 「く〜、触りてえが隙がねえ〜。」
 そして一人でワクワクしていたりする。

 「潰せ潰せ!のうのうと甘い汁を啜っている金持ち共に、ポポトルを見せつけてやれ!」
 足先から頭まで、金属で覆い尽くした超重装備の兵士を従え、一際長身で、筋肉質で、富士額で、眉のない男がいきり立っていた。彼こそこの部隊を指揮するポポトル四将軍の一人、ドルゲルド・メドッソである。
 「女子供だろうと容赦はするな!」
 ドルゲルドは長剣を振りかざし、声を張り上げる。まるで決めポーズでもするかのように形を決め、胸を張っていた。
 「この戦いの意義!それはすなわち、財力のあるものどもに、ポポトルの力を思い知らせ、金蔓を味方につけることであ〜る!」
 重装備は確かに強靱だが、兵士たちにとっても非常に過酷だ。きっとドルゲルドの言葉は彼らに伝わっていない。ドルゲルド本人も重装備ではあるが、他の兵士の装備よりも高価で、軽い素材を使用しているため、苦にはなっていない。それに兜をつけていないのも大きい。
 「同時にまた、これは作戦を急がせるための布石でもあ〜る!」
 ドルゲルドは自ら剣を振るい、近づいてきた衛兵を叩き切る。将軍になるからには、一武将としての実力は必須。彼自身の技量が確かだからこそ、こうして最前線で数多くの戦果を上げる、ポポトル陸軍最強の重装兵部隊を任されているのである。
 「む!?」
 後方で、騒々しい金属音がした。あれだけの装備をつけて転倒すると、それだけ喧しい音が鳴る。装備の重さに耐えられなくなった兵士が倒れると鳴る音だ。ただそれは訓練中に聞くものであって、戦闘中にそんな音を聞くなど考えられないことである。
 「ドルゲルド!」
 脚払いをかけて重装兵を転倒させた張本人、ソアラが怒鳴った。ドルゲルドは彼女の姿を見て、口笛を吹いて笑顔になった。
 「ソアラ!その色はソアラだな!わざわざおまえから出向いてきてくれるなんてどういうことだ!?フローラまでいるじゃねえか!」
 「あんた自分のやってることが分かってるの!?ここは永世中立都市よ!」
 「だから何だ!?いずれポポトルは世界を手にする!決めごとなんて気にしてられるかよ!それより___」
 ドルゲルドがすっと手を挙げると、転倒した兵士も含め、その場にいた五人の重装兵がソアラたちを取り囲んだ。多くの兵士は既にこの場を離れ、街の入り口から遠いところまで突き進んでいるのだ。
 「白竜に寝返ったってのは本当だったんだな。手柄の方からやってきてくれるなんて、感謝してるぞ。おまえらなんぞ重装兵五人もいれば十分だろ___」
 「気をつけて___見た目通り手強いわ___」
 ソアラはライと百鬼に注意を促し、自分は真っ直ぐドルゲルドを睨み付けていた。
 「やれ!殺してもかまわん!」
 「二人はフローラを守りながら戦って!あたしはドルゲルドと戦う!」
 そう言ってソアラは一気にドルゲルドに向かって駆けだした。しかしすぐに彼の前に兵士が一人回り込んでくる。
 「邪魔よ!」
 ソアラは飛び上がって、兵士の胸板に助走付きの跳び蹴りを放った。
 「っ!」
 しかし兵士の厚い鎧の前にあっけなく弾き返され、彼女は尻餅を付いた。しかも脚に強烈な痺れが走ってすぐに立ち上がれない。
 ガキッ!
 甲高い音がして、剣が激しくぶつかり合う。ソアラに振り下ろされた剣を百鬼がすんでの所で受け止めていた。
 「ソアラ!早く離れろ!」
 「ごめん!」
 ソアラは脚の感触を確かめるように飛び退き、百鬼も力任せに重装兵を突き放し、一度間合いを取った。
 「百鬼!ソアラ!手伝って!」
 一方ではライが四人の重装兵相手に追い込まれていた。彼らに太刀打ちできるだけの武器を持っていないフローラの盾になりながら、ライは四人の波状攻撃を懸命に受け止めている。
 「この野郎!」
 百鬼が横からライに斬りかかろうとした重装兵に斬りつける。足止めすることはできたが、剣は鎧に阻まれてまったく通じていなかった。
 「まずい___あたしたちじゃ太刀打ちできないのか!?」
 ソアラも最も装甲の弱い足を狙って攻撃を繰り出すが、如何せん生身では自分の体に返ってくるダメージの方が遙かに大きい。ソアラが逃亡を考えはじめたその時。
 「ドラゴンブレス!!」
 戦場に凛々しい声が木霊する。
 「おおおおっ!?」
 ライたちを襲っていた兵士に取り付いた炎は、甲冑の中に入り込む。兵士は籠もった悲鳴を上げて倒れ、のたうち回った。
 「フュミレイ!」
 実に頼りになる助っ人に、ソアラは思わず笑顔になる。
 「剣に対しては強かろう、だが呪文の前では甲冑が厚いのがかえって仇になる。」
 フュミレイは右手にまだ炎の名残を残し、皆の側へとやってきた。炎から逃れた二人の兵士は突然のことにドルゲルドの近くまで後ずさった。
 「なめるな女。大人数相手に通用すると思うなよ!」
 街をあらかた潰し終えたか、重装兵たちがぞろぞろとこちらに戻ってきた。
 「まだこんなにいたのか___!」
 五人の前に現れた兵士の数は二十名を超える。
 「囲まれなければいいのよ。動きで引っかき回して、転ばせればそれでいい。後は___」
 ソアラはフュミレイに目配せした。
 「私が呪文で痛めつけるか。」
 「そういうこと。いくよ百鬼!」
 「おうっ!」
 「ライはフローラとフュミレイを守って!」
 「任された!」
 ソアラと百鬼は颯爽と、前進してきた重装兵に向かって突進した。
 「上に蹴り行くと見せかけて___」
 ソアラは軽やかに飛び上がり、兵士の頭に両手をついて一回転し背後に舞い降りると、兵士の膝裏に強烈なキックを喰らわせる。続いて正面から迫っていた剣を横っ飛びでやり過ごし、側面に回り込んで足をすくうようにアキレス腱に低い回し蹴りをお見舞いする。
 「___素晴らしい身のこなしだな。」
 一気に片を付けるつもりなのか、そう呟いたフュミレイの両手は夥しい魔力でぼんやりと輝いていた。
 「おらおらおらおら!」
 百鬼は片刃の剣を峰に返して、力任せに振るっていた。確かに鎧は強靱だが、衝撃を全て弾き返すわけではない。打撃は体に響くし、徐々にだが鎧も凹んでくる。切れ味のない峰に返したことで百鬼は剣を鈍器に変え、重装兵と互角に渡り合っていた。
 「このまま全員転ばせてやるよ!」
 ソアラの俊敏な動作の前に、破壊力は抜群だが鈍調な重装兵の剣は掠りもしない。さっきまでの劣勢が嘘のように、ソアラは次々と兵士たちを倒して(転倒させるという意味だが)いく。
 「!」
 だが突如、側面から驚くほど鋭敏な軌跡を描く刃が迫ってきた。ドルゲルド本人である。
 「うわっ!」
 持ち前の反射神経で、ソアラは体を捻り、半ば仰け反るような格好で横凪にされた剣を回避した。しかし足下に倒れていた兵士に躓いて彼女は兵士の上に仰向けに倒れてしまった。
 「もらった!」
 ドルゲルドはソアラに剣を振り下ろす。甲高い音がした。ソアラは必死に体を捻り、服の背中の部分を少し削ぎ取られたが剣を回避する。剣はソアラの下になっていた兵士の鎧に激突し、厚い鎧に亀裂を生じていた。
 「あんた!自分の部下を!もし鎧が耐えられなかったら彼は___!」
 ソアラは素早く立ち上がってドルゲルドを睨み付ける。
 「ああ、見えなかったんだ、こいつだって理解してる。」
 「!?」
 ソアラの下敷きになっていた兵士が彼女の体を力任せに掴んだ。
 「しっかりつかまえてろ!おまえは二階級特進だ!」
 重装備をもろともしない男の腕で両肩をがっしりと捕らえられ、ソアラは身動きできない。ドルゲルドの振りかざした剣が日の光を受けて輝く。ソアラにはそれがギロチンに見えた。
 「ソアラ!」
 百鬼が叫ぶ。しかし遠い。届くものはやはりこれしかない。
 「ぐあおお!」
 ソアラを抑えていた兵士が鈍い悲鳴を上げる。フュミレイの指先から飛んできた火の玉が彼の体を蒸し焼きにしていた。ソアラはギリギリのタイミングで腕から逃れ、ドルゲルドの剣は兵士の鎧を砕いていた。
 「く___」
 兵士の胸板を切った刃先。血の滴がソアラの頬に弾いて飛んだ。
 「あの女___!」
 ドルゲルドは怒りの籠もった顔でフュミレイを睨み付け、迷わず第二の武器を手に取った。
 「ぶっ殺す!」
 乾いた、それでいて重苦しい爆発音がする。
 「___!」
 敢然と立ち、今や呪文を放とうとしていたフュミレイの態勢が揺らいだ。突然のこと、皆の視線は彼女に、横腹から夥しい血を溢れ出させている彼女に集中した。
 「フュミ___!」
 ソアラが彼女の名を叫びきるよりもはやく、フュミレイの身体が崩れ落ちた。
 「フュミレイ!」
 百鬼は力任せの一撃で鎧の上から重装兵を打ちのめし、フュミレイの元へと駆けた。
 「がははは!俺に楯突くからだ!」
 ドルゲルドの哄笑がソアラの怒りを増長させる。人の身の毛のよだちは時に姿となって現れる、この時もソアラのポーニーテールが少し浮き上がって膨らんだように見えた。
 「ドルゲルドォッ!」
 「!?」
 ソアラが生身の拳でドルゲルドに殴りかかる。その素早い拳をドルゲルドはまともに鼻っつらに受けた。
 「ぐぐっ!」
 ドルゲルドが怯んだ所をソアラは彼の顔面に向かって矢継ぎ早に拳を放つ。一方的に見えたが、ドルゲルドも我を失ってはいない。
 「!!」
 もう一度、渇いた音がした。殴りかかろうとしていたソアラの拳はドルゲルドの頬を掠っただけ。突然の衝撃に体を立て直すこともできず彼女は大地に転げ落ちた。
 「ソアラ!!」
 フュミレイの治療を行っていたフローラが叫ぶ。
 「うあああ___!」
 ソアラは痛みを押し殺すように、血にまみれた右足を押さえてのたうち回った。熱く鋭い弾丸は、ソアラの右の太腿を貫いていた。
 「けっ___調子に乗りやがって。」
 ドルゲルドは口元に滲んだ血を拭い、ソアラを睨み付けた。そして足下で痛みに喘ぐソアラの腹を思いっきり蹴飛ばした。
 「やめろ!」
 フュミレイの隣からソアラを守ろうと駆けだそうとした百鬼のすぐ横、すっと赤く彩られた白い右手が伸びた。
 「ウィンドビュート!!」
 転んでもただでは起きない。やられたらやり返すとでも言わんばかりに、いつの間にか上半身を起こしたフュミレイが声を張り上げた。
 一陣の風が巻き起こる。凝縮され、まるで鞭のようにしなやかな打撃を伴って、フュミレイの掌から放射線状に、地に伏しているソアラの上を駆け抜けて、ドルゲルドら重装兵の胸元辺りに鈍器と化した突風が吹きつけた!
 ゴガッ!!
 これが風が金属にぶつかる音か?と疑いたくなるような音がした。
 「ぐおおっ!?」
 その衝撃はドルゲルドと重装兵の身体を鎧ごとはじき飛ばし、全てを転倒させた。
 「逃亡する___ソアラを!」
 ライに肩を借りて立ち上がったフュミレイの指示に、百鬼は走った。すぐにソアラを抱え上げ、ドルゲルドが起きあがらないうちにと全力で走った。
 「くそ___」
 久方ぶりに味わった敗北の味。足の痛みと悔しさがソアラの顔つきを歪めていた。




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