1 グイドリン再び

 「この船はなぁ、人力で動いてるんじゃないんだぜ。」
 ライと百鬼は船の機関部を訪れて、水兵から船の構造を聞いていた。
 「火力でモーターを回して、水車を動かす、この船はそうやって進んでるんだぜ。」
 小型に見えて性能は一流なのだ。ただ機関部にスペースを潰されているため、あまり荷を積むことができない。
 「凄いなぁ、誰がこんなの考えたんだろう。」
 機械がせっせっと動いて船を進めている。ライは感心して複雑な鉄の塊を眺めていた。
 「フランチェスコ・パガニンだよ。名前くらいは聞いたことあるだろ?」
 「パガニン?ああ、あの有名な発明家!」
 百鬼は知っていたらしいがライは首を傾げていた。
 「誰だっけなそれ___ああ!」
 ライは拳を掌で叩いた。
 「三大地蔵!」
 まただよ。
 「頭脳な。」
 「電灯とか、電報とか、世界中の目新しいのは全部その人が発明したらしいぜ。」
 「フランチェスコ・パガニンの専門は駆動機関さ。船をはじめ、鉄道、最近じゃ空飛ぶ船まで考えてるらしいな。」
 水兵はきっと彼のことを尊敬しているのだろう。やけに詳しかった。
 「しかし、この戦時中に良くやっていけるなぁ。」
 「ゴルガに研究所を持っていて、そこでたくさんの研究員と新しい発明を考えてるらしいぜ。ケルベロスが援助してるらしいからポポトルも迂闊に手は出せないってわけさ。」
 なんだかんだ言ってもケルベロスの力は未だに健在である。ポポトルもケルベロスが絡むと急に大人しくなるのだから。
 「お?」
 サイレンの後、船がゆっくりと止まりはじめた。
 「止まってるみたいだけど?」
 「メンテナンスさ、まだ機関部も盤石じゃないからね、ちょくちょく点検整備しないと安全な航海はできないんだよ。さあさあ、素人は甲板で日焼けでもしてな。」
 メンテナンス。この間約二時間は船は自力で動き出すことができない。この間が一番ポポトルに狙われやすいだろう。そして実際その不安は的中することとなる。

 航海四日目。最初の目的地であるバナンナバ島を目前にして船は定期点検に入った。
 「ポポトルが狙うとすればこの瞬間ね。小型船がゴルガに向かうためには食糧の都合でバナンナバ島に立ち寄らなければならない。」
 ソアラは甲板から真剣な目つきで東方の海を見つめていた。高い位置にある太陽がソアラの髪を照らし、紫の髪は白く輝く。
 「不安ね___この辺の海域を野放しにしているとは思えない。」
 「不安じゃすまなそうよ、来てるもの。」
 「え?」
 日の光が眩しくてじっとは見ていられない。しかし良く注意してみれば遠くに何かが見えた。
 「あれは___」
 「安い船よ、鉄機船じゃない。でもポポトルのだわ。あまり力のある小隊ではなさそうだけど___こっちも動けないからね。まずいかも知れない。」
 「よく見えるね。」
 「視力は人一倍いいからね。」
 そう言ってソアラは操舵室へと駆けていった。

 一方。
 「間違いありません!あれは白竜の船です!」
 「そうかそうか!」
 ポポトルの船、その甲板ではあの万年中間管理職男が手柄を見つけて浮かれていた。
 「ようし!このまま全速力で前進!一気に沈めてやれ!」
 「ははっ!」
 その男、グイドリン自身は使えない奴なのに、彼には勿体ないほど船の性能は良好。驚くべきスピードで一気に白竜の船へと迫ってきた。さすがは海軍のポポトルである。
 「撃てぇい!」
 号砲一発。グイドリンの船が前面の砲を放った。
 「くっ!?」
 命中こそしなかったが海面で爆発した砲弾が船を激しく揺らした。
 「冗談じゃない、あの男今度は海洋部隊に回されたわけ!?」
 双眼鏡で艦長の顔を確認したソアラは、顔をしかめて前髪をかきむしった。
 「こちらの船に砲台は付いてないんですが!?」
 ソアラはグイドリンの船を睨み付け、水兵に尋ねた。
 「ついてはいるが射程距離がとても及ばない!」
 「動き出すのにもあと五分は掛かるぞ!」
 「うわああっ!」
 今度は弾が掠めた。船体に穴さえ開かなければ持ちこたえられるだろうが、これでは沈没も時間の問題だ。
 「どうする!?」
 「どうするったってどうしようも___!」
 答えてから自分の隣に百鬼がいたと知り、ソアラは嫌悪感たっぷりな顔をした。
 「小さなボートであの船に乗り移ればどうにかなると思わないか?」
 「そうね___危険だけどじっとしているよりはましかも。」
 「とりあえずフローラを守るのが仕事だ。ライには彼女の側にいてもらう。」
 「異論はないわ。」
 「この前は悪かった。とりあえず今だけでも許してくれるか?」
 「別にいいわよ。」
 二人は久しぶりにお互いの顔を見合わせ、頷いた。
 「二人とも、気をつけて!」
 「フローラは怪我した人の手当してあげて。」
 「ライ、いざとなったらフローラを頼むぜ!」
 百鬼は力瘤を作ってからオールを手に取った。
 「よっしゃ、行くぜソアラ!」
 「しっかり漕いでよ!」
 ひょんな事がきっかけになったが、何はともあれ仲直りして良かった。心配とは裏腹に、フローラは二人を見送っているうちに笑顔になっていた。
 「撃てい撃てい!」
 グイドリンは高らかに笑いながら砲撃を命じた。しかし。
 ドゴォォォン!!
 「のほっ!?」
 船尾に何かが激突し、船が大きく揺れ、グイドリンは前のめりに倒れた。
 「な、何事だ!」
 「こ、後方から船です!こちらより一回り大きい!」
 「な、なんだと!どうしてもっと早く気付かないんだ!ンが!?」
 突然グイドリンの頭に双眼鏡が落ちてきた。
 「す、すみません!」
 見張り台にいた兵士が落としたものである。
 「ええい!後ろの船から撃沈しろ!」
 ふらつきながらもグイドリンは果敢に命令を下した。さてその後ろの船の上では___
 「まああたしから仕掛けたことだ、反撃されても文句は言えぬな。」
 あの銀薔薇が燦然と輝いていた。
 「あの船に横付けしろ!私自ら始末を着けてくれる!」
 彼女はこのくそ熱い船上でも黒い服だった。

 「何か様子がおかしい___」
 急に白竜の船への攻撃が止み、ソアラは訝しげな顔をする。
 「後ろ、後ろにもう一隻船がいたんだ!」
 「あれだ!別ルートで来る船って奴だろ!」
 状況は分かった。グイドリンの気が後ろにあるうちがチャンスだ。
 「百鬼、もっと頑張って!」
 「わかってるって!」
波のせいで思うように進まないボートがグイドリンの船に辿り着くより、フュミレイの船が横付けする方が早かった。
 「のおおっ!」
 横から激突されてグイドリンの船がやや傾く。訓練のなっていない兵士たちがうろたえている間に、フュミレイはたった一人でグイドリンの船に飛び移っていた。
 「ポポトルの能なしに、白竜の貴重な人材を潰されては釣り合わない。」
 フュミレイは敵方の船の上でも颯爽としていた。マントを翻し、その白くしなやかな右手を空に翳す。
 「な、何だ貴様!」
 グイドリンは歯をむいてそう罵った。
 「ほほう___私を知らない軍人がいたんだな。驚きだ。」
 フュミレイはどういう訳か汗をかいていない。心頭滅却すればとは言うが、ちょっと驚く。
 「キャプテン、キャプテンあの女は___!」
 「あ!?なに___フュミレイ・リドン?誰だそれ?え?あっ!なにぃぃぃぃっ!?」
 グイドリンは間抜けさを全面に出して驚く。彼は船上の暑さ以上に汗をだらだらかいていた。きっと中年太りだからだ。
 「おまえのような男を上官に持った部下は可哀想だな。ま、逆もしかりか。」
 「うぬぬぬ、言わせておけば!構わん!こいつを引っ捕らえてゴルガの捕虜にしてやれ!」
 グイドリンの指示にはやけに忠実な兵士達。フュミレイの存在感に臆することもなく剣を抜いた。
 「面白い、一国の参謀に剣を向けるとは___おまえたち、よほど自国家を潰したいらしい!」
 空に翳したフュミレイの右手が輝いた。
 「いっ!?」
 ようやくグイドリンの船に辿り着いたと思ったら、甲板で爆発音がしてソアラは首をすくめた。音に遅れること一秒。数人の兵士が煙に巻かれながら甲板から落ちてきた。
 「な、何!上で何が起こってるの!?」
 ソアラは動揺しながらもフック付きのロープを放り投げ、見事船の手すりに引っかけた。
 「しつこい奴等だ。」
 フュミレイは迫り来る兵士を呪文であしらい、難を逃れて彼女に近づいてきた兵士には驚くほど機敏な動きで対応していた。
 「ったくおまえらは演劇か!順番待ちしてないで一斉に襲い掛かればいいだろう!」
 そんなこと言って自分は呪文が怖いから何もしていないグイドリン。彼の部下たちは指示通り一斉にフュミレイに襲い掛かった。
 「本気か?」
 壁を背にして戦うフュミレイの右手が輝く。
 「プラド!」
 フュミレイは光り輝く球体を放ち、それは前方の兵士にぶつかると勢い良く爆発した。
 「及ばぬか!」
 ただ人数が人数だ。爆発に巻き込まれなかった兵士がフュミレイにつかみかかってきた。
 「ちっ!」
 力で押さえ込まれると苦だ。フュミレイは顔つきを歪めた。兵士たちはここぞとばかりに彼女を壁に押さえつける。が、その内の誰かが胸を鷲掴みにしたのが運の尽きだった。
 「な___!」
 フュミレイは頬を赤くして目を見開く。そして抑えられようとも構うことなく、その両手に赤い輝きを灯した。
 「調子に乗るな!ドラゴフレイム!!」
 エンドイロでソアラに放ったものより二回りは大きい炎が巻き起こった。彼女を押さえつけていた兵士たちは全員炎に包まれ、たまらず海へと飛び込んだ。
 「はあっ___」
 だがフュミレイも息を切らしていた。
 「くっ___カッとなって魔力を使いすぎたか___?」
 軽いめまいを起こして彼女は壁に身を任せる。それをチャンスと見て今度はグイドリンが襲い掛かってきた。
 「峰打ちにしてやる!安心せ〜い!」
 グイドリンは鞘に収めたまま、剣を振り上げてフュミレイに斬りかかってきた。
 「間に合わないか___!」
 呪文で対処するには間がない。フュミレイは痛烈な一撃を覚悟したが___
 ガギッ!
 「なに!?」
 剣は直前で別の剣に食い止められていた。百鬼だ。
 「お、おまえは!」
 フュミレイは彼の顔を見て真顔で驚いていた。
 「あんまり相手をなめてかかるとろくな事になんねえぜ。」
 そして百鬼は彼女のことを横目で見て、ニッと笑みを作っていた。
 「ソアラ!」
 「な、なにソアラ!?」
 グイドリンが憎き紫の牙を見つけるよりも早く、彼の顔に強烈なキックが炸裂する。グイドリンは横倒しになり、柵まで甲板を滑っていった。
 「こんなところで小銭稼ぎやってるからいつまでも中間管理職なんだって言ってるじゃない、グイドリンのオッサン。」
 ソアラは満足げに右足で甲板をトントンと叩き、綺麗な白い歯を見せて微笑んでいた。
 「ソアラ、おまえまで___」
 「まさかあなたがいるなんて思わなかったよフュミレイ。将軍は本当に人をびっくりさせるのが好きみたいね。」
 「お、おのれソアラァ___あっ!前歯がない!」
 どうやら先程の一撃で歯を折ったらしい。
 「フュミレイ、船に戻ってな。ここは俺たちで片づけるぜ!」
 百鬼は一般兵が持つにしては切れ味の良さそうな剣を抜いた。よく見ればそれは片刃で少し反っている。
 「変わった剣ねぇ。」
 「刀が欲しくて特注したらこんなのになっちまったのさ。」
 ソアラは格闘の構えをとり、百鬼は剣を正眼に構える。二人を囲むようにかなり数の減ったグイドリンの兵士が並んでいた。
 「あたしがここまでやられて黙って引けると思うか?」
 フュミレイも両手の間で光をスパークさせて百鬼の横に立った。
 「そう言うだろうと思った。」
 「なんだかやけに親しいわねあなたたち。」
 ソアラは百鬼とフュミレイのやり取りを見て小首を傾げた。
 「そうでもねえって。」
 「そう、この男が無神経なだけだ。」
 「あ、やっぱりそう思います?」
 「ほら、くだらないこと喋ってねえでさっさと片づけるぞ!」
 それから船上は一気に派手な戦場へと変わった。迫り来る兵士たちを百鬼がちぎっては投げちぎっては投げ(ちぎって鼻毛?)、次々と峰打ちで海にたたき落としていく。フュミレイも魔力の容量を気にしてか、驚いたほど腕の立つ格闘技で兵士たちをいなし、最後は呪文で海へと弾きだす。
 「へぇい、この前の傷ものソアラだと思うなよ。フローラのおかげであたしは古傷まですっかり無くなったんだからね!」
 ソアラの攻撃は決して重くはないのだが、とにかく手数と、照準が抜群。さっと懐に飛び込んだかと思うと、腹部に連打を浴びせ、右の脛を蹴り、重心が狂ったところで左の足を払う。そのままクルリと反転して仰向けに倒れかけたグイドリンの顔面に強烈な回し蹴り。
 「むぎぃぃぃ!」
 彼は妙な叫びを上げ、柵を突き破って海へと落っこちていった。
 「う〜ん、快調。」
 ソアラはグッと拳を突き出してから一つ深呼吸した。百鬼とフュミレイももうあらかた片づけていた。
 「うう、おのれぇ___いつか必ずぶっつぶしてやる!」
 グイドリンは海を漂いながら決意を新たにしていた。ちなみに体脂肪の多い彼は良く浮く。
 「のおっ!?」
 船に戻ろうとしたグイドリンだが、既に船はマストから燃え上がっていた。
 「気に入らないから燃やしただけだ。」
 火をつけた張本人の談である。




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