2 これってデートか?

 三日後。
 「百鬼〜、ちょっと買い物つきあってくれる?」
 「買い物?何で俺なのさ。」
 昼前に百鬼の部屋にやってきたソアラ。
 「フローラはまたアレックス先生の授業よ。ライもそっちにつきあっちゃっててさ。」
 「ライも?あいつも魔法を勉強してんの?」
 「フローラの魔法の実験台よ。」
 「ああ、なるほどね。」
 そこで納得するのも失礼な話だが、ライは目の前でそんな会話をされても特に何とも思わないタイプである。
 「なにしろこの街のこと良く分からないしさ、どうせなら気を使わない人と一緒に行きたいと思ったの。」
 結局、特に用事の無かった百鬼が断るはずもなく、二人は街へと向かっていった。
 (これってデートになんのかなぁ。)
 百鬼自身は彼女に惚れていることを認めている様子ではないが、明らかに意識しているから、二人で並んで歩くだけでそんなことを考えるのだ。
 「んで、何を買いたいんだ?」
 「特に買いたいものなんて無いよ。ちょっと、この街にどんなお店があるのか、暇なうちに見ておこうと思ったの。」
 「おまえ金あるのか?」
 「今日はもっぱらウインドウ・ショッピングの予定〜。」
 そんな会話をしながら城門へと向かっていると、向こうから買い物をしてきたらしいサラがやってきた。
 「あらお二人さん。」
 「こんにちわ、サラさん。」
 独特の香ばしい香りがする。サラが買ってきたのはコーヒー豆のようだ。
 「相変わらず仲良しね。たまの休暇にそうやってデートできるのは羨ましいわ。」
 「デートって、そんなつもりじゃ___それに相変わらずって___」
 ソアラと百鬼が出会ってからまだ一週間も経っていないのだから。
 「サラさんもアルベルトさん誘ってどこかに行ったらいいじゃないですか。」
 「『も』って何よ、『も』って!」
 百鬼の言葉にソアラがムッとして反論する。彼女はどうしてもこの買い物を百鬼とのデートにはしたくないらしい。
 「へぇ、ソアラから誘ったの。最近の女の子は積極的ねぇ。」
 「サラさん急に年取りました___?」
 変に冷やかしてくるサラにソアラが思わず嫌味を言う。サラはそれを聞いて笑った。
 「まあまあ、ソアラも百鬼もそんなに突っ張らないの。せっかくこんな近くにいい人がいるんだから、ほら、せめてあたしの前だけでもくっつきなさいよ。」
 サラはコーヒー豆の袋をわざわざ地面に置いて、無理矢理二人をくっつけさせ、腕を組ませようとする。二人とも嫌がってはいたが(百鬼は照れ、ソアラは___?)結局先輩の権限に押され、腕を組まされてしまった。お互いの体温を感じられる距離に照れずにはいられない。
 「よしよし、当分はそれで行きなさい。どこから見ても立派なカップルよ。」
 そう言ってサラは二人の後ろに回り、その背中を押した。
 「ほら、どこか行くんでしょ?見送って上げるからさっさと行きなさい。」
 「行こうぜ、ソアラ。」
 「もう、しょうがないなぁ___」
 二人は渋々腕を組んだまま、ピッタリくっついて歩いていった。ソアラは百鬼のがっしりとした腕にちょっと憧れ、百鬼は肘に当たるソアラの胸に大いに浮かれた。とりあえず二人とも歩き方が異常にギクシャクし、舞い上がっているため歩調もまるで合っていなかった。
 「ねえ。」
 城門を抜けた辺りでソアラが言った。
 「いつまでこうしてるの?」
 「え?」
 ソアラは先程ちらりと後ろを振り返っていた。もうサラがいないことを確認したらしい。
 「もうサラさんいないんだよ、いつまでこうやってるのぉ?」
 「俺はずっとこうしてたいけど。」
 「あたしはデートのつもりじゃないんだけどな〜。」
 ソアラは百鬼の顔を見ず、横顔のまま時折照れくさそうに頬に手を当てる。
 「それにさ、さっきからその肘がヤらしいんだよ。」
 「んなこと言ったってこれだけ近づいてたらしょうがねえだろ。」
 百鬼の肘が時折ソアラの胸をつつく。百鬼はわざとやっていたわけではないが、触ってしまったという意識はあった。
 「スケベ、やっぱりあの本自分で買ったんだろ。」
 「違うって___!」
 「そうやってすぐムキになる。」
 ドン。百鬼がソアラの肩を押して彼女から離れた。
 「なによ___」
 ソアラも根っからの強気な性格のため、百鬼のことを睨んだ。
 「あの本捨ててくる。」
 「ちょ、ちょっと___」
 「おまえにつまらない誤解されるのはごめんだ。」
 そう言って百鬼は城の方へとズイズイ歩き出してしまった。ソアラは慌てて彼の手を掴んだ。
 「ごめんごめん、ちょっとからかってみたかっただけなの。本当、ごめんね。」
 ソアラはばつの悪そうな顔で百鬼に頭を下げた。それを見た百鬼は何だが悪いことをした気になって、何か良い言葉を探した。で、言ったのが___
 「ま、俺もからかってみたかっただけなんだけどな。」
 「なにっ!?」
 「どついたりして悪かった。」
「あぁ___別にいいよ。」
 選んだ言葉は間違っていなかったらしい。それから二人はとりあえず仲直りして、街の方へと向かっていった。ソアラのお詫びの気持ちだろうか、彼女は百鬼と手を繋いだままでいた。
 「そういえばあの本捨ててなかったのね。」
 「こういうのは高いんだからとっておきな、って言ったのはおまえだろが。」
 「あそっか。」
 やれやれ。

 さてそれから、百鬼の案内で商店街まで無事にたどり着いた二人。
 「うわぁ、綺麗ねぇこれ___」
 ソアラは洋服店の店先に飾られている青いドレスを見て目を輝かせていた。
 「___?」
 百鬼はそんなソアラの顔をキョトンとしてみていた。
 「おまえでもこういうの着たいとか思うの?」
 「あったり前じゃない。あんたあたしだって女なのよ。」
 失敬な!ソアラはそう思ったが怒った顔にはならなかった。
 「___」
 ソアラが浮かれてドレスを眺めている横で百鬼は値段に目をやる。
 「7500プライム!?」
 「っ!びっくりしたなぁ___突然大声出さないでよ。」
 「おまえこんな金持ってるの!?」
 「持ってる分けないでしょ。あたしはあんたより安月給なんだから。」
 月給制なんだそうだ、白竜軍は。
 「見に来たの。こんなのいいなぁって思ってみるだけでもそれはそれで結構楽しいんだから。」
 ソアラは女の楽しみが良く分からない様子の百鬼にニッコリと微笑んだ。そして、百鬼は「ふぅ〜ん」と言って何度か頷いていた。
 「店の名前は___ル・シャルデか___」
 「ほら百鬼、次行こう、次。」
 「おうおう。」
 なんだか今となってはソアラの方がデート気分に見える。

 それから何軒かの店を見て回り(結局何も買わなかった)、少し小腹の空いた二人は食事をとることにした。
 「美味しいじゃないこのパスタ!」
 百鬼が選んだのは真っ昼間から活気溢れるパスタの店、パッツァトーラ。大衆的で、賑やかで、男臭くて、何より美味い。彼はさほど気の利くタイプではないので、ただ単に自分の好みでこの店を選んだが、ソアラは大喜びだった。
 「美味いだろ、気にいってんだよここ。」
 「店の雰囲気もいいね。あたしはおしとやかなフルコースより、こういうあっけらかんとした店の方が好きだな。」
 「気に入ってくれて良かったぜ、入った後にここは女には向いてねえかなあってちょっと後悔してたんだ。」
 「あら、気にしてくれてたの?もしかしてすっかりデート気分?」
 「まぁな。」
 百鬼はそう言ってニッと笑う。チュルルッとパスタを吸い込んでソアラの笑みを誘った。
 「ふふ、言うねぇ〜。ま、あたしも半分以上そのつもりだったけど。」
 「まあ今日はたっぷり楽しもうじゃねえの。」
 「でも胸触った仮はどっかで返すよ。」
 「おいおい。」
 二人はとても楽しそうだった。初々しくて、溌剌として、回りから見てもお似合いのカップルだったろう。

 「今日はとっても楽しかったわ。それにあなたがどんな人かも少し分かった気がする。」
 「そりゃ良かったぜ。俺も付いていった甲斐があるってもんだ。」
 二人とも兵舎のロビーに帰ってきたときにはとても満足げな顔だった。結局ソアラも百鬼も手ぶらだったが、今回のデートでお互いに随分いろいろなものを手にした気がした。百鬼は一目惚れしたソアラに好感触を、ソアラは___
 (ラド、百鬼をあなたの代わりにはしたくないかも___)
 ポポトルに残した恋人と、百鬼を見比べていた。
 「ああ、ソアラ。」
 「ん?」
 部屋に戻ろうと背を向けていたソアラが振り返る。
 「あのドレス、そのうち俺が買ってやるよ。」
 「___」
 「信じてねえな?」
 ソアラは首を横に振った。
 「あなたは嘘付く人じゃないよ。けど期待せずに待ってるわ。」
 ソアラは思った。繊細で良く気が利くラドと、無神経であんまり気が利かない百鬼じゃ比較はできない。でもあたしがどっちのタイプが好きかっていったら___




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