1 二人は仲良し?
「聞いたよ、三階の高さから落ちたあたしを支えてくれたんだってね。」
どういうわけか全身の傷がすっかり癒えたソアラが、百鬼の部屋掃除を手伝いに来た。
「ああ、そりゃ下にいたし、放っておけないだろ。」
「よく支えられたね。」
「体は人一倍丈夫だからな!」
百鬼はそう言って豪快に笑ってみせる。だがソアラは「それじゃああたしが凄く重いみたいじゃない___」と思っていた。
さてソアラの傷が癒えたのには訳がある。それはアレックスが水のリングについてフローラに語ったことで始まった。
「そのリングは、古来より伝わる魔力を秘めたリングの一つです。」
「魔力?」
「魔法を使うための力ですね。人は潜在的に誰でもこの力を持っています。勿論その容量に個人差はありますが、使い方さえ分かれば人は魔法を使えます。」
だが魔力は過去の力と言われている。勿論これの研究に一生を捧げ、魔力を我がものにすることに成功した人々もいる。彼らは魔法使いと呼ばれるのだ。ただそれにしたって初歩的な魔法の使用がやっとだそうだ。
「このリングは、リングの力に適応する人に魔力の使い方を教えてくれるものなのです。」 アレックスはフローラの手を取って語った。
「適応___ですか?」
フローラは近距離で彼と見つめ合うことに照れずにはいられなかった。
「あなたは偶然に水のリングを身につけましたが、これをあなたが見つけ、ソアラではなくあなたが手に取り、あなたが指にはめたことは偶然でないのかもしれません。」
アレックスの言葉をフローラは真摯に受け止める。
「どういうことなの?僕にはさっぱり。」
「おまえの頭じゃ無理だ。」
「おまえだって大差ねえよ。」
部外者の三人、ライ、百鬼、デイルの順である。
「水のリングが運命的にあなたを呼んだのかもしれませんよ、フローラ。」
「やめてください、運命とか___あたしもソアラも嫌いなんです。」
物心付いたときには孤児院にいたのだ、人の運命が決まっているとは思いたくないのだろう。遠慮深いフローラからは聞き慣れない反発的な言葉だった。
「いいでしょう、ですがあなたが水のリングの適応者であることは間違いありません。リングは淀みなく、本質から性質の合致が認められるものに適応を示します。水は慈愛と、恵みの象徴。あなたの淀みなき慈愛の心と水のリングが合致しました。」
「それはどういうことなんですか___?」
「あなたは魔法の使い手になれる条件を得たのですよ。後はあなたに眠る魔力と、あなたの素質、そして努力次第で魔法が使えるようになるはずです。」
アレックスは真剣だった。フローラも彼の言葉を疑うことなく、時折リングに目をやった。
「フローラ、私もかつてリングを手にしてみました。しかし私のように、一つの気質を維持できないものにリングは振り向いてはくれませんでした。ですが呪文については勉強しています。」
アレックスはフローラに顔を近づけ、瞳の奥を覗き込むほど、じっと彼女の目を見つめた。
「良いですか、あなたはまだリングの助け無しでは呪文は使えません。ですからソアラの傷の治癒をリングに願い、祈ってご覧なさい。あなたに素養があれば、いずれ何らかの変化を感じ取れるはずです。そうしたら呪文を唱えてごらんなさい。」
「呪文ですか___」
アレックスは頷く。
「回復呪文リヴリアです。もしあなたがこの呪文を使えれば、ソアラは復活しますよ。」
「やってみます___」
___
で、見事成功したからソアラがこうして百鬼と話していられるわけだ。
「ところでさぁ、フュミレイの方はどうなのかしら?あんな事になっちゃったんじゃ、彼女だって黙っていられないでしょ。」
家具類に雑巾をかけながら、思い出したようにソアラが言った。ちなみにライはデイルの部屋掃除に連れていかれ、フローラはアレックスにリングのことを教えてもらっている。
「ああ、近々将軍と会見を持つらしいぜ。今度はアンデイロでやんのかな?物分かりのいい奴だから、俺たちがケルベロスを陥れようとしたわけじゃないって言い分を理解してくれるといいんだけどな。」
「___随分知ったような言い方ね。」
「まあな。話したことがないわけじゃないし。何となくって奴よ。」
「まあそれにしても、そう簡単には収まりつかないわよきっと。ノヴェスクの癒着の証拠は見つけたけど、同国の領主に対するスパイ行為とはどういうことだ!ってむしろノヴェスクを強気に出させちゃったし。」
「そうだよなぁ、あいつは本当に厄介だぜ。あ、そのタンス動かそう。裏に虫でもいるかもしれねえし。」
「やなこと言うわね___」
ソアラは口元を引きつらせて思わずタンスから手を離した。
「ソアラは虫が苦手なの?」
知り合って間もない相手、しかも異性を呼び捨てにしてくれるんだからつきあいやすい。遠慮やデリカシーがないだけかもしれないけど、ソアラはこれくらいフレンドリーな男の方が好みだ。
「そんなに苦手ってわけじゃないんだけど___どうしても駄目なタイプのがいるわ。」 「ゴキブリ?」
「嫌いだけどそれはまだ許せる。」
「なにさ。」
「女の弱点なんてそう聞くもんじゃないわよ。」
ソアラは苦笑いしてそう答えた。気の強い女だなぁと思っていた百鬼は、彼女の可愛らしい部分を一つ知ったような気がした。
「百鬼の部屋ってさぁ。」
ソアラもソアラで馴れ馴れしい。むしろ先に名指しにしたのは彼女の方だったかもしれない。
「ん?」
「エッチなものとかないのね。」
「はぁっ!?」
百鬼はソアラが急に突拍子もないことを言うので、思わず大声を出してしまった。
「あ、そんなに驚くってのは隠してるの?」
「違うって、そんなもの置いてねえよ。」
「あなた男前だから間に合うか。」
「彼女もいねえぞ。」
ちょっとからかうつもりだったのが、話の方向が変わってしまった。これでは初めから彼がフリーか聞いているようではないか。と、ソアラは少し後悔した。
「おまえこそ、ポポトルに彼氏残してきたんじゃねえの?」
「___」
あれ?百鬼はソアラの意外な反応に戸惑った。彼女はふと思い詰めたような顔になり、黙ってしまったのだ。
「あっ、ごめん。」
ソアラも百鬼が困っているのに気付いて、元の笑顔に戻る。
「図星か?」
「どっちでもいいじゃない。そんなこと聞かないの。」
「そうか___悪かったな。」
ソアラに微笑まれるとそれ以上付け入る気にはなれない。百鬼はポリポリと頭を掻いて、照れくさそうに謝った。
(そうかぁ___彼氏いるのか___)
百鬼は別に彼女をどうとか思うつもりはなかったのだが、彼氏がいると知るとどういう訳かがっかりした。尤も、「いいなぁ」と思っている女性に相手がいると分かれば、がっかりするのが若い男というものだ___
「あ〜!」
ソアラは本棚の隅にいかがわしいものを見つけた。容赦なくそれを引っぱり出し、百鬼に見せつけてニタ〜ッと笑う。
「あっ!」
暫く部屋を離れていたため百鬼も忘れていたのだろうか。他人事のように「何だそれ?」という顔つきでいたが、思い出した途端慌てた顔になる。
「やっぱり持ってるんじゃ〜ん。」
十八という年齢では、女性の方が変にはさばけていたりする。ソアラは女のヌード写真が掲載された本をビラビラと振って百鬼をからかっていた。
「ば、ばかいえ!それはデイルさんが遠出したときに買ってきて___無理矢理渡された奴だ!」
「ほ〜んと〜?」
「本当だ!」
ソアラはニィ〜ッと笑顔を見せる。
「あたしは平気だけど、フローラはこういうの嫌うからね、きをつけなよ。」
「だから違うって言ってるだろうが!」
「フフフッ!分かってる分かってる。」
「あのなぁ___!」
会話をしたその日のうちからこうなのだから、どうやら二人はよほど気が合うらしい。百鬼は単純に異性との会話を楽しみ、ソアラはポポトルの彼への思いを慰めるために楽しんでいるようでもあったが___
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