1 対面
カーウェンとカルラーンは季節によって蛇の道で結ばれる。逆に言えば、カーウェンとカルラーンを分断している海峡は、季節によって二つの海になると言うことだ。つまりこの内海は、明確な境界線で区別されているわけである。蛇の道が現れることで海流は変わり、通常船が航路として進む海には無数の渦潮が生じ、航海は大きな危険を伴うこととなる。よって蛇の道が現れている間は、旅人も行商人も、好んで陸路を使うのだ。そして、幸いなことに、ソアラ達三人も蛇の道を使ってカルラーンへ行くことができた。
「うわぁ___さすがに大陸の首都は立派よねぇ。」
カーウェンを出発してから二週間。ようやく辿り着いたカルラーンの広々とした街並みに、ソアラはまず圧倒された。
「本当___田舎者丸出しだけどキョロキョロしちゃうね。」
「気にせんとよ、田舎者だっぴぇ。」
「ふふ、なにそれ。」
ソアラもすっかり元の明るさを取り戻し、いつものようにフローラとはしゃいでいる。ソアラが明るくなるとそれに比例するようにフローラも無邪気になっていくのが分かって___はいないが本能的に感じ取って、ライも楽しい様子だ。
「凄いだろ。カルラーンって言ったらすんごく古い歴史を持つ国だからね。この街並みだってその当時のままさ。」
ライの言うとおり、カルラーンの建物はポポトルで見てきた建物に比べ、古めかしく、質感に溢れていた。そして何より、優美な作りである。正方形の外壁(これは後付であろうが、それでも街の風景を壊さない配慮がされている)に包まれた街。建物にはあまり背の高いものが無く見通しよく、正面の大門から街に入れば、そのまま真っ直ぐ前に円錐型の屋根で統一された美しい城が見える。大門から城へと真っ直ぐ、道幅五十メートルにも及ぶ道路が走り、町の中心部には名物である巨大な噴水。ここを交差点に三十メートル級の道路が走り、何しろゆったりと美しい街の作りをしている。
「それにしても綺麗な街ね。清潔感って事では白竜軍の本部に相応しいわ。」
「そうでしょ?」
「ライはここが初めてじゃないの?」
「うん。元はと言えばこの街の教会で育ったから。」
フローラの問いにライは笑顔で答えた。
「しかしまあ、綺麗は綺麗だけど___軍の本部って感じはしないわ。」
「えぇ〜、さっきと言ってることが違うじゃん。」
ライはむくれてソアラのポニーテールを軽く引っ張った。
「やめなさいって___」
「でもたしかに、この広々と城まで真っ直ぐな道は___」
フローラはその様子を見て苦笑いしている。
「攻め込まれたら即アウトでしょ!?」
「でも、それだけこのカルラーンが建国された時代は平和だったって事だね。」
「そう!フローラの言うとおりさ!」
「なぁにが言うとおりさよ。まあ、この城は内陸にあるし、回りも見通しのいい草原ばかり。守るのはそんなに大変じゃないのかもね。」
「そうだよねぇ!」
(こいつ___)
話に対して「はい」か「いいえ」しか答えを返さないライの単純ぶりにソアラは少々呆れ気味だったりして。
カルラーンは文化の街でもある。衣食住全てにおいて盛んで、中でもカルラーンの衣類と言えば世界的に有名だ。食についても、大通りは勿論、ちょっと裏通りに入れば小粋なレストランが転々としている。ここカルラーンが白竜軍の本部になった要因には、食糧源の豊富さもあるのだろう。
「アレックス将軍ってどんな人かしら?」
「話には聞いたことあるけれど___ライはあったことはあるの?」
そうフローラに聞かれると、ライは視線を上に向けて記憶の糸をたぐっている様子だった。
「遠くにいるのを見たことはあるよ。」
「白竜軍の実質の指揮官という話は聞いたことがあるけど___」
「うん、そうみたいだよね。まあ、深く考えなくてももうじき会えるよ。」
「会う前に色々想像するのが楽しいんじゃない。」
そんな話をしているうちに、城門が正面に見える場所までやってきた。
「やっぱり少し緊張するなあ。」
ポポトルではかなりの有名人だったソアラもカルラーンでは違う。すれ違う人々の多くが彼女の紫色に気を引かれ、視線を向けてくるのだ。そんなものだから、これから白竜軍の本部に足を踏み入れることが凄く大それた事に思えてきて、いらない緊張で顔つきが強ばった。
「リラックスしていきましょうソアラ。普段通りにやれば今日が私たちにとっていい日になるわよ。」
フローラはにこにこ顔でソアラの肩を軽く叩いた。
「そんなこと言って、その手に握ってるの何よ。」
「え?あ〜。」
叩いた手と逆の手に、フローラは銀の十字架を握っていた。
「まあ、ね。」
信心深いドクター、フローラは照れた様子ではにかんでいた。彼女はポポトルでもよく教会に通い、神への祈りを忘れなかった、シスターであり医者でもある変わった人物なのだ。
「カーウェンから来ました、ライです!」
参りましたとか言えないのかねこの男は、などという愚痴は封じ込め、ソアラとフローラはライの後ろで成り行きを見守った。
「話は聞き及んでいる。マイア大佐からの書状は持っているな?」
しっかり通達が行き届いているようで、話は早かった。ライが取りだした書状をその場で確認し、番兵は一つしっかりと頷いた。
「いいだろう、城内へはいることを許可する。ライは個別に手続きがあるので、事務局へ向かえ。君たちは、その兵士が案内する場所で簡単な取り調べを受けて貰う。」
「そんなぁ、マイア隊長が認めてくれたんですよ。」
ライがあからさまに不満を述べると、番兵が彼の頬を抓った。
「声がでかいぞ___白竜軍の権力者はアレックス将軍だけじゃないんだ___俺だって将軍が認めようと言う人を疑っているわけじゃない。形の上で必要なんだ。」
「わかひまひた___」
白竜も一枚岩じゃないってことか___
「あ。」
番兵の言葉を聞いてついそんなことを考えてしまったソアラは、身震いするように首を横に振った。
(もうポポトルのためになる思考は必要ないのよ。)
と言い聞かせながら。
「しかしまあ、もう少し早いタイミングで来てくれれば将軍も時間に余裕があったんだけどなぁ。」
「どういうことです?」
気のいい兵士の先導でソアラ達は門から城へと続く石畳を進んでいた。ライが向かった事務局は別棟にあり、軍部と街の窓口も兼ねているところだ。
「お客が来るんだよ。たいそうなかたさ。」
「たいそうなかたって?」
「お、噂をすれば何とやらだ、横に並んで敬礼!」
振り返って何かを言おうとした兵士が、城門を潜り抜けてきた馬車を見つけ、慌てた様子で身を翻した。ソアラとフローラも指示に倣い、横並びに敬礼し馬車が過ぎ去るのを待つことにした。
青鹿毛の美しく力強い軍馬に引かれた黒い馬車。御者の男も身なりが良く、立場を弁えた感じの紳士だった。
(誰かしら___?)
建前だけの敬礼で、ソアラは中にいる人物が何者かを気に掛けていた。黒い高級感ある馬車がここを通り過ぎるその時に、扉についた窓の中身をできるだけ覗き込んでみようとそう思った。
「___!?」
何故かは分からない、その漆黒の馬車が自分の目の前を通り過ぎていったその時、ソアラは背筋に何かが走るのを感じた。悪寒とは違う、自分の本能が馬車の中の何かを感じて武者震いに似た震えを起こしたようだった。何となく分かったのは、その一瞬だけ向こうと意志が通った気がしたことだ。向こうも同じように興味を持って、私のことを見ていたと、それだけは確信できた。
「ソアラ、今の___」
「誰かは知らないけど___凄い人であるのは確かみたいね。」
ソアラは若干乾いた唇を小さな舌なめずりで潤した。
「そうじゃないわ、あの馬車の紋章よ___」
「紋章?」
フローラとは驚きの意味が違ったようだ。
「珍しい、ソアラが気が付かないなんて。さっきの馬車の紋章、三首犬よ!」
三首の犬が祭壇に乗がしている紋章。どこの友好国かと思ったらとんでもない___!
「三首犬!?ケルベロスなの!?」
「追々分かることだ、とにかく今は早いところ取り調べを受けてくれ。どのみち、将軍は今のお方と会食する予定がある。それが終わるまでに時間はたっぷりあるんだからな。」
ソアラは白竜が置かれた苦しい現状を感じた。恐らく、ケルベロスを打倒するために発足した白竜軍が、その無比のライバルの要人、顔を見たわけでもないのに凄みを感じさせるほどの要人を易々と本部に招き入れたのは___
「結託___かしら?」
まあ間違いないだろう。それだけポポトルは脅威的なのだ。だがそんなことよりもむしろソアラが気になって仕方がないのは、馬車の内側だった。
胸の辺りがしっとりしている。冷や汗だろうか?まだであったことさえない人物に、こんな感情を抱くのは初めてだった。
「はい、あたしからの質問はこれで終わり。」
狭く、窓のない部屋に通され、一体どんな尋問が始まるのかと不安になっていた二人だったが、現れたのは気のいいお姉さんタイプ。明るい口調で優しく語りかけてくれた彼女、サラ・スターマイアのおかげで二人の緊張も程良く解かれた。
「次は別室で少し固い質問が待っているけど、まだ時間もあるしあなた方から質問があればどうぞ。」
サラの質問はさほど難しいものが無く、つつがなく終了した。身長体重などの測定も済ませ、ボディーチェックも終了すると、サラは逆に二人に質問を求めてきた。
「アレックス将軍ってどんな方なんですか?」
どれから聞こうか?とソアラが悩んでいるうちにフローラがいつもよりトーンを下げた声で尋ねた。
「素敵な方よ。白竜軍が好きな人はきっと将軍のことも好き。」
「嫌っている人って言うのは?」
「___私の口からは言えないわ。」
サラは苦笑いで答えた。
「今日来られたお客様って誰なんです?たいそうな人だって言う話は聞きましたけど___」
「ああそれね、うーん___」
「ケルベロスの馬車でしたけど___」
答えを渋っていたサラだったが、フローラがそう言うと気が抜けたような顔になって掌を上に向けた。
「なぁんだ、知ってたの。そう、ケルベロスの人よ。」
「誰なんです?」
「あなたたちも名前くらいは聞いたことがあるでしょう?若くしてケルベロスの軍部司令に就任した脅威の切れ者___」
その噂は聞いたことがあった。辺境の島国ポポトルとは最も遠い位置にある国の話だから、あくまで噂でしかなかったが、ケルベロスが新体制を張って再び力を蓄えているというのだ。国王には若干13才だが、ケルベロス王家であるレサ家の正統な後継者、アドルフ・レサを配し、彼が成人するまでの間は摂政としてハウンゼン・グロースが国を動かす。だが、国内では年老いたハウンゼンよりも若干18才の女を摂政に推す声が挙がっていた。結果として軍部司令に止まったその女は___
「フュミレイ・リドン。」
サラがその名を口走ったのと時を同じくして、カルラーンの兵隊とは違った兵服を纏った兵士を数人引き連れ、その先頭を颯爽と進む一人の女がカルラーン国の謁見の間へと通されようとしていた。
ザッ___
兵士たちを謁見の間の入り口に残し、何の武装もない無防備な姿で、その女は赤い絨毯の上を進んだ。しなやかに、臆する素振りすら見せず、白竜の衛兵の視線を釘付けにしながら、正面に見える玉座へと突き進んだ。その颯爽とした登場にむしろ緊張を隠せなかったのは玉座にいる人物のほう。
「よ、ようこそ。」
若造に圧されてなるものかと意気込んでいたのだろうか?白竜軍総帥であり、現在のカルラーン国王権保有者アイザック・グロースタークは最初の一言で早速とちってしまった。
「フュミレイ・リドンと申します。」
逆に若い女、少女と言うには雰囲気があり過ぎる彼女のほうが遙かに落ち着いて、カリスマめいた何かさえ感じさせていた。
「このたびは私どもの無礼をお許し頂き光栄に存じております。」
フュミレイ・リドンは跪き、大人びた落ち着いた声色で流暢に言った。
彼女を表現するにあたって最初に口をついて出る言葉はその美しさを形容するものに他ならない。だが次ぎに現れるのは、ただならぬ雰囲気を持つ者への警戒心だろう。
「な、何を無礼だなどと___我々が協力を求めたのではないか。」
「恥を忍んででございましょう?」
ケルベロスは雪の国。氷るような澄み切った大気に育まれた彼女の肌は、白くみずみずしい。はっきりとした、切れ長な鋭い目つき、すらりと通った鼻筋、白の中でアクセントを与える悪魔の魅力を秘めた唇。細身の体つきは女性にしては身長があり、その身を包み隠す黒服が彼女の影を更に際立たせる。と、分かりにくい表現に終始したが、とにかく、フュミレイ・リドンも「普通の女」ではないのだ。
「今回の件について打診を受けたときは、正直感銘を覚えました。苦渋の歩み寄りと察しますが、それは真に白竜軍がケルベロス打倒に限らず、世界を脅かす威力に対する軍勢であると言うことを我々に知らしめてくれたのです。」
フュミレイ・リドンは時に人々からこう呼ばれることがある。
___銀色の薔薇。
「ですから我々も誠意を持って答えようと、私自らがカルラーンを訪れたいと無理な申し出を致しました。そのために当方へ多大な迷惑を被ってしまいました、それが私の無礼です。そればかりかケルベロスの徽章を配した馬車まであてていただく細心なお心遣い。私どもは大変心を打たれました。」
薔薇というのは彼女の美しさ、そして迂闊に触れることを許さない刺を表す言葉だ。
「___これから一つの敵を討つためにともに立ち上がろうというのだ、それくらいのもてなしは当然のことであろう。」
銀色というのは___
「ポポトル打倒のために私どもも腐心いたしましょう。」
「うむ、よろしく頼む。」
彼女が立ち上がると、銀色の輝きが下から上へと流れるように見えた。
銀色というのは___彼女の「色」にある。
アルビノ、すなわち白髪とは違う。まさに銀なのだ。色合いは全て均一で、光を受けると煌めくように銀白色を発する。彼女が独特の近寄りがたい雰囲気と、カリスマ性を放つ大きな要因がこの彼女の髪、そして瞳の色にある。
銀色の髪、グレーの瞳。
ソアラ・バイオレットが彼女の姿を目の当たりにしたら一体どんな思いを抱くのだろう。だが、特異な二人が時を同じくしてこのカルラーンにいると言うことは、それは動かし難い事実なのだ。
出会いは___すぐに訪れる。それは分かり切ったことだった。
馬車の窓越しにお互いの意識が絡み合ったあの瞬間から___
「まず貴様に伝えておかなければならないのは、貴様は以後白竜軍の兵士となるのであってアレックスの私兵になるのではないと言うことだ。そして投降兵とはいえ、貴様はポポトルで高い実績を残してきた。信頼を得るには上の命令を確実に遂行しなければならない、分かるな。」
一人ずつ別の部屋に入れられて、先程より高圧的な厳しい尋問を受けた。尋問と言うよりは教育だろうか、とにかく、この軍を仕切っているのはアレックスではないのだから、誰が最上位で、どこからでた命令か、己の身分を弁えた判断を心がけよと命ずるものがほとんどだった。
「心得ました。」
口ではそう答えたものの、胸の内ではソアラは酷くうんざりしていた。そもそもこの状況下で内部抗争の影が見える白竜軍。事情を知らないうちは何を言っても憶測に過ぎないが、ポポトルに対抗する下地さえできていないように思えた。
「君にはポポトルの高度な医療技術の伝播にも期待している。そしてその技能をより生かすためにはアレックスの元よりも最適な場所があると言うことも覚えていて欲しい。」
フローラに対する勧誘は特に厳しかった。だが、彼女は後ろで傷ついた者を癒すよりも、積極的に誰も傷つかない環境を築きたいと望んでいる。そのためにはむしろ前線に、そして包容力のある指導者の側にいたいと感じていた。彼女の想像するアレックスはまさにそう言う人物なのだ。
アレックスの存在を快く思わない幹部にこうまでさせている理由は、彼女たち、特にソアラがポポトルで軍全体に及ぼしていた影響を、アレックスに渡したくないからだ。しかしギュッター・マイアの書状によって、二人の白竜軍入りにはアレックスに監督を受けるという条件が盛り込まれている。白竜軍の諮問委員会にはこの条件を破棄する理由がないことから、二人は確実にアレックスの部下になるというマイアの快い画策だった。
「お疲れ、長くって大変だったでしょ?」
本当に長くてうんざりする尋問を終えたフローラを、先に終えていたソアラと、手続きを済ませて待っていたライが出迎えた。
「アレックス将軍に会えるのはもう少し後になるそうよ。」
壁に凭れるソアラの顔つきに少し疲れが窺える。先程の尋問の内容にうんざりしているのだろう、顔色に機嫌が現れやすいソアラだ、まして旧知のフローラが見れば彼女の不機嫌は手に取るようだった。
「僕はともかくまだ二人は兵舎には行っちゃいけないって言うから、あ、そこの廊下の奥がちょっとしたロビーになっててお茶が自由に飲めるんだ。あそこでサラさんからお呼びが掛かるのを待ってよう。」
「うん。」
フローラは気のいい返事をし、ソアラもようやく笑顔を見せて壁から離れた。
「随分気のきいたものがあるのね。」
木製のソファに背の低いテーブルを挟んで向かい合わせに座る三人。給仕係が一人いてちょっとしたカフェテラスのようだった。
「そうなの?ポポトルにはこういうのない?」
「ないない!間違っても軍の施設内にはないわ。」
「へぇ、何で白竜にはあるんだろう。」
「白竜軍は国の軍隊じゃないからさ。」
ライの後ろから、ティーカップ持参で一人の男が話に入ってきた。
「あ、アルベルトさん!」
ライは明るい笑顔で勇んで立ち上がった。机の角に足を引っかけそうになり、ソアラたちはヒヤリとする。
「久しぶりだな、元気だったか?あっちのテーブルで飲んでたら聞き覚えのある声がしたからさぁ。」
「あ、紹介しますね。ソアラとフローラです。」
ライは早速二人を紹介し、ソアラ達もすぐさま立ち上がって一礼する。
「ああ、話はサラから聞いてるよ。かなりの美人だってね。」
アルベルトはこれといって変わった印象を抱かせる人物ではなかった。どこにでもいるような普通の男性、社交的で取っつきやすい、いかにもライが懐きそうな人だ。
「俺はアルベルト・マーティン。アレックス将軍の子飼い兵士って所かな。」
アルベルトは二人に顔を近づけ小声で言った。ソアラはその時彼の階級章に目をやって少し感心したような顔をする。
「尉格でらっしゃるのに?」
「格なんて関係ないさ。そんなものは後からついてくるだけだからな。」
「___確かに。」
そう。軍という組織の中で大事なのは、出世ではない。いかに自分の信念を見失わないようにするかだ。格なんてものは、自分の足跡についてくるだけに過ぎない。そして、信念を忘れない人の側には同じ信念を持つ人々が寄るものなのだ。
「ところで君たち、もし良かったら俺が城の中を案内してあげ___いてて!」
しなやかな手がアルベルトの耳を抓っている。悪戯っぽい笑みを浮かべているのはサラだ。
「どこで油売ってるかと思ったら___」
「いやいや、ちょっとしたレクチャーをな。」
「ソアラ、フローラ、将軍が会われるわ。行きましょう、ライも一緒に来て。」
待ってました!
二人は一度目を会わすと、キリッとした表情になって立ち上がった。
サラを先頭に、広々とした古めかしい城の廊下を進んでいく。アレックスに会えるという期待感が想像を巡らせるのか、会話はなかった。
「止まって。」
サラが突然手を差し伸べ足を止めた。
「お客よ。壁際によって。」
向かいから黒い兵服の集団が歩いてくる。どう考えても白竜の関係者ではない。前を固める二人の男の狭間から艶やかな色合いがちらついていることにソアラは心の高ぶりを感じた。
前を固める兵士の服、その胸元に刺繍された三首犬。ケルベロスだ。北国らしく、兵士たちの肌も白くみずみずしいが、この状況で誰がそんなものに目を向けようか。前に二人、後ろに一人、ケルベロスの兵士に守られて歩く決して小柄ではない女。だが細身な体つきで、身体のラインがわかりやすい漆黒の兵服は彼女の抜群なスタイルだけを際立たせる。だがそれさえも、今この瞬間ではさほどの興味を掻き立てられるものではない。
「___」
ソアラは生唾を飲んで彼女が自分の目の前を通り過ぎる瞬間を待った。ケルベロスの天才を見たとき、最初に目がいくのはソアラと同じくその異色な髪に間違いない。
「!」
真っ直ぐ前を見て歩いていた銀髪の美女は、ソアラの前を通り過ぎるその一瞬だけ、僅かに顔を傾けた。しっかりと見つめ合ったのではない。しかし確かに目はあった。一瞬のコンタクトだ。だがそれでもソアラの心はその場所に縛り付けられ、彼女の像を深く脳裏に焼き付けていた。それほどセンセーショナルな印象を与える女だ。
フュミレイ・リドンは。
「さすがに緊張するわね___なんか雰囲気ありすぎるわあの人___」
サラは体を崩し、気を取り直すように一息ついた。
「行きましょう。」
再び歩き出す。ライとフローラは後へと続いたが、ソアラはじっと立ちつくし、過ぎゆくケルベロスの後ろ姿を見ていた。
「ソアラ、早く。」
「ええ。」
フローラの急かす声に生返事をし、後ろを気にしながらソアラは小走りした。
___さっき通り過ぎていった馬車と同じ。
向こうも___私を気にしているのかも知れない。
___いや。考えすぎだ。
出過ぎたことと心中で一笑に付し、彼女は心をアレックスへと切り替えた。
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