第1章 紫の牙
港町カーウェンの白竜軍に「西方の山地で山狩りが行われた模様」との知らせが入ったのは早朝のことだった。山狩りの首謀者は定かでなかったが、敵対関係にあるポポトル軍の先行部隊が山賊を雇ってやったことではないかと見られていた。
軍事国家ポポトルはいま世界を揺るがし、脅かしている侵略国家である。世界の東南端、人の寄りつかないような果ての地にある島国でありながら、すでに世界の南部に横たわる大国ゴルガを支配下に治めてしまった。
刃が三本のフォークを横に倒したような形の大陸、その南部がゴルガ、中部の西がクーザー、東にカルラーン、北部に大きく横たわるケルベロス、そのケルベロスの西端、巨大な山脈を隔てた外側にソードルセイド。ソードルセイドこそ百年の歴史も持たない新興国であれ、長らく世界はこの五ヵ国で築かれていた。
そこに唐突に現れたのが、辺境の小さな島国ポポトルだった。
かつて世界を脅かしていたのは北の大国ケルベロスだった。一度は世界を制したケルベロスであったが、他の四ヵ国の名士が秘密裏に結成した白竜軍により、やがて撤退を余儀なくされた。長きに渡る「レサの大戦」がそれであった。
その大戦の陰で、この世の楽園という触れ込みで話題となったのがポポトルだった。戦乱から隔絶された小さな島は、平和に溢れた楽園である___と。
古くから、火山島であるポポトルには貴重な鉱物資源が眠っているとの噂があり、力のある商人などは先兵を派遣していた場所であった。やがて一部の商人が中心となり、小さな島に街を開いた。地上の楽園の噂も商人が流したものに違いなかった。
戦乱に疲弊していた人々、なかでも財力を持ったものたちがポポトルへと移住した。彼らは多くの人材、資本、技術をポポトルへともたらしたが、やがて島を支配していた豪商の一派によって島外への脱出を封じられてしまった。
かくして、小国でありながら先進的な軍事力を武器とする国家、ポポトルの礎は築かれた。ケルベロス転覆に成功し平和と復興の意気に溢れた世界の隅で、ポポトルは息を潜めながら好機を窺っていたのである。
侵攻は早かった。虚を突かれるようにして、地理的にポポトルから最も近いゴルガ国の首都ゴルガが陥落した。ポポトルの勢いは止まらず、対抗する白竜軍では今度は中西部のクーザー国へ迫るのではないか、あるいは中東部のカルラーン国へ侵攻するのではないかと、憶測が飛び交っていた。ただ、クーザー国の首都クーザーは神の代理者である法王の居場所に近く、不可侵が約束された国、一方のカルラーン国の首都カルラーンには白竜軍の本部がある。ポポトルにとっても難しい選択には違いなかった。
さらに白竜軍では、ここにきてポポトル軍に内乱勃発の兆しありとの噂が聞かれるようになった。ゴルガを抑えた後のポポトルの動きの鈍さから出た噂だったが、白竜軍はそれを噂以上に捉えようとはしなかった。
「山狩りのしらせ」はそんな折りに、クーザー国の港町カーウェンに届いたものであった。
次へ