1 ソアラ・バイオレット
「よいか!ポポトル軍がこの土地で山狩りを行ったという情報は確かなものだ。すなわちここには、ポポトル軍にとって何か重大なものが隠されていると思われる!今回の調査は我々も山狩りを行うつもりで励め!」
カーウェン第2小隊長ドラル・ケンドールはそのだみ声をけたたましく張り上げ、部下たちを鼓舞した。ザルツァ山脈の外れ、東にぽつりとはみ出したこの名もない山に、侵犯を行ってまでポポトル軍が詰めかけたという話がある。勿論、白竜との接触を恐れてそれ以上の踏み込みはなかったが、ただの様子見にしては大胆すぎる行動だった。カーウェン小隊を率いる大隊長ギュッター・マイアは早速この土地に調査隊を送り、ポポトルがここで何をしていたか突き止めようと動いたのだった。
「それでは各個別れて行動しろ!何かを発見したなら大声で叫べ!」
「はっ!」
ドラルの指示で兵士たちは各々山へと踏み込んでいった。木々は鬱蒼と茂っているものの、決して大きな山ではない。街道が側にあることもあって、この山の周囲は切り開かれた土地になっており、ここだけが異質な空間となっていた。小隊とはいえ二十人あまりの兵士が動員されている。この程度の山ならば半日も有れば虱潰しの捜索が可能だろう。
「不安だなぁ___もとの場所に帰れるかなぁ。」
だが、兵士の中にも色々な人間がおり、それぞれに得手不得手というものがある。例えば、ライと呼ばれているこの新兵は非常に極度の方向音痴で、しかも抜けたところがある性格だ。単独での山狩りなど、自殺行為に等しい任務だった。
「んにゃ、とりあえず進んでいればいずれ街道沿いに出られるはず。あまり気にせず前に進んでいこう。」
もう同僚たちは目視で確認できる位置にいなくなってしまった。彼の場合、山で何かを探すよりも、自分が山から出られるかの方が問題なわけであって、その分だけ前進のペースが早まっている。
「お?」
下草を踏み分け、枝葉を潜り抜け、ライはとりあえず進む。だが、この手の人間というのは得てして運に恵まれている節があるのだ。尤も、少し抜けているからこそ常人とは違う物事の流れに填る。それが良い方に傾くかどうかで幸運にもなり不運にもなるだけだ。
「なんだこれ?」
この場合ライは幸運だったと言えよう。
「リボン?」
横倒しになりかけて、アーケードのようになっている木の枝に白いリボンが引っかかっていた。ライはそれを手に取ってみる。
「女の人のリボンかな?」
白いリボンは土で汚れているが、材質は悪いものではなさそうだ。シワシワになっている場所が結び目になるように結ってみると、かなり細い輪ができあがった。髪の毛を結うのに手頃なサイズだ。
「むむ___」
どうやらこの山には本当に誰か隠れていたらしい。もしやこのリボンの持ち主が、ポポトル兵に追われてこの山に逃げ込んだのでは?と想像するのは安直だが簡単なことだった。想像に任せてライは先程よりもゆっくりとした足取りで前へと進み始めた。辺りをキョロキョロと見回しながら、何か別の手がかりがないかと探り回る。だが何度も言っているとおり、彼は自他共に認める間抜けである。ここでも、さっき木にリボンが引っかかっていたからと言って、高い位置ばかりキョロキョロして、足下はまるでおろそかになっていた。
「あ?」
不意に、足下がするりと抜けるような感覚。
「あぁ〜〜!?」
情けない声を上げ、傾いた身体を修正できずにライは急な斜面を滑り落ちていった。枯れ葉が潤滑剤になって、ライの身体は実にスムーズに、木々にぶつかることもなく一気に急斜面を滑り降り、両側を同じような斜面で挟まれた谷へと辿り着いた。どうやら枯れ川の跡らしく、下はゴツゴツした石で溢れ返っておりライはそこでしこたま尻を打ち付けた。
「いっっ___」
四つん這いになって尻をさすっていると、目の前の石に血が滴った跡がある。黒くなってはいるが比較的新しいものだ。少し離れた場所にも転々と、血痕がついている。
「だれか___いるのか?」
ライは一度だけ唾を飲み込み、少しだけ顔を引き締めてから立ち上がった。拾ったリボンを手首に巻き付け、腰の剣を確認し、川跡を血痕に沿うように上流に向けて進んでいく。この山にこんな谷間があったことは驚きだが、それ以上に実際に山狩りの対象が存在したことに困惑した。
「あそこ___」
岩陰に隠れるように、崖の狭に隙間がある。中が空洞にでもなっていれば人が隠れるのには十分だろう。血痕もそちらへと続いており、ライは一層気を引き締め、少し慎重になって隙間へと近づいていった。
「___」
できる限り息を潜め、崖沿いに隙間の脇からゆっくりと顔を出し、中を覗き込む。中は暗くてほとんど何も見えないが、どこかから僅かな光は射し込んでいるようだ。そしてそれが、闇の奥からライを睨み付ける瞳を輝かせた。
「くっ!?」
突然隙間から何かが飛び出してきた。必死に身を捩って、爪を剥き出しにしていたであろう一撃をやり過ごし、ライは崖を背に素早く剣を抜いた。狭間から飛び出してきたそいつはライにはまるで紫の野獣に見えた。バネのように柔軟な体躯の屈伸、振り乱す紫の長髪を見ればそう思うのも無理はない。野獣は隙を与えまいと一気に地を蹴ってライに飛びかかってきた。
「このっ!」
ライは剣を振りかざして応戦しようとするが___
「え!?」
紫の前髪が風にかき分けられ、野獣に見えた「彼女」の凛々しくも美しい顔立ちを目の当たりにし、ライの剣はピタリと止まった。
「女の子!グッ!?」
ライが躊躇っている隙に紫の女は素早く接近し、彼の腹に拳をたたき込んだ。だがパンチは力に乏しく、それどころかむしろ腕に走った痛みで彼女の動きが止まった。
「!」
ライは剣を投げ捨てて女の腕を掴んだ。顔を上げた女とライの視線が交錯する。
「君は___!?」
「っ!」
ライの手を振りほどこうと女は逆の手で思い切り彼の顔面を張り、ライはあっさりと彼女の腕を放した。
「君は誰!?」
「え?」
女の目つきから一瞬鋭さが消えた。そしてライが剣を拾う素振りさえ見せないことが、二人に会話の間を作らせた。
「あなた___追っ手じゃないの?」
女は拍子抜けしたように、少し声を上擦らせた。
「御免なさい、あたしも必死だったから___悪気はなかったのよ、本当に。」
女性にしては背もすらりと高く、細身でしなやかな体躯を持ち、その顔立ちも美麗の一言に尽きるが、ライはそこまで観察するような気性ではない。ただただ、彼女の艶やかな、日の光を浴びてキラキラと輝く薄紫色の髪に目を奪われた。
「え?あ、いえ、全然気にしてないです。」
ライの目が自分の髪を気にしていることに気づき、彼女は微笑んだ。
「フフ、やっぱり気になるか。ねえ、そこの木の下で話しましょう。ここじゃあ崖の上から丸見えだわ。」
「あ、うん。」
再び目があったその時、ライは彼女の瞳も紫色であるとはっきりと確信した。彼女への興味に流されるまま、ライは人目を遮るような木立の下へと向かった。
(あれ?そういえば___)
彼女の後ろ姿を見て少し頭を捻るとライはあることに気が付いた。
「あぁぁっ!」
「な、なによ!?」
突然の奇声に驚き、女は眉間をきつくして振り向いた。
「ポポトルの紫の牙じゃん!」
「はぁ?」
「いや、紫色の髪と言えば、そうだよ、ポポトルの紫の牙!」
ライは一人で喜んでいるが、彼女にしてみればすっかりテンポを外されている感じだ。
「い、今頃___?じゃああなたは今まで私がなんだと思ってたの?」
「え?あ〜、あんまり深く考えてなかった。」
「ハハッ、なんだか面白いわねぇあなた。あたしのことを見てそんな反応した人初めてだわ。」
女は木の根元に突き出していた岩に腰を下ろし、ライは地べたにペタリと座り込んだ。
「そう、あたしはポポトルの紫の牙よ。名前はソアラ・バイオレット。」
「あーっそう、ソアラ・バイオレット!名前が出てこなかったんだ。」
ライは笑顔でソアラを指さした。
「あなた本当に変わってるわね。」
「そう?」
「名前は?」
「ライって言うんだ。」
「ライか___ここにはなにしに来たの?」
「調査だよ。あっ、僕カーウェンの白竜軍に___」
白竜軍という言葉を聞いて笑顔だったソアラの顔つきが変わった。
「白竜?白竜がこの山に?」
「そうだよ。ここでポポトルが山狩りをしていたっていう情報があったから、大隊長が怪しんで調査隊を出すことになったんだ。」
「そう___」
ソアラは一度だけ髪を掻き上げて、深刻な横顔をライに見せた。
「あ、御免なさい、一方的に聞いちゃって。あたしのことを説明してあげなくちゃ、わけ分からないわね。」
ソアラはライに敵意を抱いていない。それを裏付けるかのように、彼女はライにこれまでの経緯を語りだした___
「ポポトルで内乱があったことは伝わっている?あれの首謀者が私だったの。ポポトルのやり方とか、秘密裏な部分が許せなくなってね、だからといって亡命は簡単じゃないし___いっそ全てを島民に暴くことができれば、何か変わると思っていたのよ。」
「秘密裏な部分って?」
「私にも確かなことは分からないけど___ポポトルは一枚岩ではないわ。総司令部に、更に指示を出している連中がいる。そこまでは突き止めたのよ。でもそれが何かを暴くことはできなかった___それで、ゲリラみたいな内乱を起こしたんだけど、ポポトルは悪戯に被害を広げておいてから私を捕らえたわ。それからまた一週間もして、私は公開で絞首刑に掛けられることになった。でも間一髪、仲間に助けられて、私のためにと集ってくれた同士の働きかけで、私と、私を救ってくれた親友のフローラ・ハイラルドは船でポポトルを脱出したのよ。」
「良く無事で___」
「本当に___あたし一人だったら、生きてないわ。それでもポポトルも相当しつこくてね、私とフローラはゴルガの西部のクロスリー付近に漂流して、とにかくポポトルから逃れるためにと白竜軍の土地へと向かうことにしたのよ。クロスリーはもうポポトルが抑えていたから、ゆっくりなんてできなかったわ。」
「それでこの山に。」
「そう、街道で夜を明かすよりは安全だからね。ただ、そこを山狩りにあって、私たちは必死で逃げた。ただ追いつめられて、私は崖の下へと転落し、フローラは多分___掴まったと思うわ。」
「君はどうして掴まらなかったの?」
「死んだと思ったんでしょう?崖から真っ逆様に落ちて、この河原に叩きつけられたから。丁度右腕に傷を負って血が出ていたし、一瞬意識も失ったから___上から見れば死んだように見えたんだと思う。ただ、確認に来る可能性もあると思ったから、なるだけ目立たない場所に潜んで傷を癒しながら突破口を開くチャンスを待つことにしたのよ。」
「タフだね___」
「これくらいじゃなきゃ、ポポトルでは生きていけないわ。」
これでソアラのこれまでの経緯はだいたい話し終えたことになる。次は当然ライの番だ。
「あなたは白竜軍だったわね___」
「そう。僕らも山狩りのために来たんだけど、僕は調査の途中で足を滑らせて崖から落ちて、そしたら君の血痕を見つけたから辿ってきたんだよ。あ、そうそう、これって君のリボン?」
ライは腕に巻き付けた汚れた白いリボンをソアラに見せた。
「あ、そうそう!見つけてくれたの?」
「僕が落ちた崖の上辺りにある木に引っかかってたんだ。」
「ありがとう、もう髪の毛が邪魔でしょうがなかったのよ___」
ソアラはライからリボンを受け取ると、彼女の本質を思わせる明るい笑顔を見せ、背中まで届く髪を後頭部でまとめ上げ始めた。さっきまで、自分の身の上話をしているときの、どこか悲しげな隙のない顔よりも、今こうしているときの彼女の方が数倍素敵だとライは思った。
「でさ、あなたはこれからどうするの?」
「え?僕はとりあえずみんなと合流しないと。」
「あたしを連れていく?」
「ソアラはどうしたいの?」
何とも欲のない男だ。ソアラは呆れると同時にライに好感と信頼を抱いた。
「あたしは___白竜に投降したいとも思っているけど、それよりも今はフローラを助けなきゃいけない。」
「当てはあるの?」
「この山の向こう、ザルツァの麓にポポトルのキャンプがあるの。」
「本当!?こんな近くまで___」
ソアラは頷いて、話を続けた。
「白竜軍が思っているよりもポポトルはしたたかよ。あわよくばカーウェンを脅かそうと狙っている。ともかく、フローラはそのキャンプに監禁されている可能性が高いと思うわ。こんな白竜の側で、彼女一人を本国に送還するために人員は割けないから。キャンプの撤退か、物資の補給の時まではそこに拘束していると思う。」
「なるほど___でもさ、キャンプってそうそうこぢんまりとしたものじゃないよね?」
ソアラの右腕には血の染み付いた布が巻かれている。いくら彼女が紫の牙という綽名を持とうとも、その痛々しい姿でキャンプからフローラを救い出すことなどできるのだろうか?ライの純朴な心と人一倍の正義感が出した答えは一つだった。
「僕も手伝うよ。」
「ああ、私はそんなつもりで言ったんじゃないのよ。あなたが危険な目に遭う必要なんてないわ。」
「いや、放っておけないもの。それに、君だって白竜に投降するつもりなら、僕と一緒の方が都合がいいはずだよ。」
だがソアラは首を横に振る。
「危険よ。これは私の起こした反乱の尾鰭ですましておかなくちゃいけない。白竜の人が手を貸す場面じゃないの。」
「そんなの知らないよ。僕は困っている人は放っておけないってそう言う性分なだけなんだ。君の右腕、そんな傷じゃいつもの半分の力も出せるもんか。現に、僕の腹にたたき込んだ君の拳は弱々しかったよ。」
ライの強引なまでの意志に押し負けたか、ソアラは一つ溜息をついてから困ったような笑顔になる。
「手伝ってくれるの?」
「勿論!」
ライはグンと張った胸を一つ拳で叩いて見せた。ソアラは彼との出会いに何か運命的なものを感じていた。彼とは___腐れ縁になりそうな、そんな気がした。
「いや、山の降り方が分からなくって本当に困ってたんだよ。実は前も遠征ではぐれちゃってさぁ、いっつも怒られてばっかりなんだよね。」
「フフ、本当に変わってるわね、あなたって。」
「そうかなぁ?」
動くのは白竜軍がこの山から撤退してから。その日はソアラが隠れていた穴蔵に、月明かりを頼りに二人で籠もっていた。男女一組で暗所に入ればと言うこともあるが、その点に関して、ソアラはライにまったく警戒心を抱かなかった。
そうさせる男なのだ、ライというのは。
「ライはどうして白竜軍に入ろうと思ったの?」
朝日が昇ると同時に動き始めた二人。お互いについてより踏み込んだ会話を交わしながら、河原跡を下流へ向かって進んでいく。
「いや、その点僕も良く分からないんだよね。」
「どういうこと?」
「気づいたら白竜軍にいたって感じかな。両親の顔って記憶にないし、育ててもらった神父さんがカルラーンの人だったから。十五の時に、とにかく軍に入れば生きていくための最低限の生活は保障されると思ったし、剣術はこう見えても得意だからね。白竜軍に志願したんだよ。」
「そうだったの、そんな苦労しているのに、ライってそれを感じさせない人ね。」
そう言われてライはなんだか照れた顔をしている。
「あたしも境遇は似たようなものよ。孤児院育ちだし。ポポトルでは、素質が有れば必然的に軍に入らなければいけないんだけど、あたしの場合はとにかく自分を認めさせたかったっていうのが大きいわ。」
折り重なった岩をソアラは身軽に、軽やかに越えていく。一方でライはもたつきながらよじ登るように乗り越えた。
「でもそれは間違っていた。あたしは強くなることで、人と違う色であるあたしの存在価値を示そうとしていた。紫の牙なんて名前も付いた。でもそれは人としてのあたしを認めさせたわけじゃない、兵器として認められたに過ぎないのよ。だから牙なんて名前が付く___あら?」
ちらりと後ろを振り返ってみるとライの姿がない。
「ちょ、ちょっとまって〜。」
ライはまだ先程の折り重なった岩の所で服の裾を岩に挟まれ、もたついていた。
「フフッ、あいつの前では真面目腐った話はするなって事かしら?」
ソアラは微笑みを浮かべ、彼の元へと駆けていった。
「フローラは私と同じ孤児院出身で、私より二つ年下___あ、そういえば年を聞いてなかったね。」
「十八。」
「なぁんだ、同い年か。」
「えっ、そうなの!?」
「何よ___老けて見えるとでも言いたいの?」
「いやいや、そんなことはないけど___」
ソアラは少し頬を膨らませてから話を続けた。ライはただ端に、ソアラの実績と年齢が釣り合わないので驚いただけに過ぎない。
「私はとにかく戦いが専門。でもフローラは違うわ。勿論戦闘訓練も受けてはいるけど、彼女は医学の道を志して、アーロン・リー・テンペストの内弟子になったのよ。」
「あ、その人聞いたことある。」
「テンペストは世界一の医師として名高い人物よね。」
「三大地蔵とか言う人の一人でしょ。」
「三大頭脳!」
「あ、そうそれそれ。」
大部お互いのキャラクターに馴染んできたようで、すっかりボケと突っ込みの関係ができあがり始めている二人。ただソアラは、この男とは歯車がかみ合わないだろうとも感じていた。
「発明王フランチェスコ・パガニン、芸術王モーリス・アメヤコフスキー、医学王アーロン・リー・テンペスト。この三人が三大頭脳よ。」
「そうそう。」
「あんたねぇ___まあいいわ、とにかくフローラはそのテンペストの元で医学の修行に励んでいたのよ。」
「二人は親友ってとこ?」
「ええ。フローラがいなければ私はあり得なかったわ。処刑されかけたところを助けて貰った恩もあるけど、それ以上に、ポポトル時代の私にとって唯一の救いだったのよ。」
「救い?」
「会えば分かるわ。あたしなんかと違って、優しい子よ。」
「うわぁ楽しみ。」
「へへっ、あんたってわかりやすすぎてちょっとむかついてきたわ。」
純粋な代わりに世辞やフォローも言えない、まあこんな男も素敵ではあるか。暫くソアラ主導で語らいながら、なだらかな下り坂の河原跡を辿っていた二人だったが、河原がヘアピンのように曲がっている角で、ソアラは鬱蒼とした茂みへと入り込んでいった。
「見えた、この先よ。」
「凄い、良く分かったね。」
茂みの切れ目から顔を覗かせてみると、なだらかな崖の下に軍隊のキャンプが見えた。ポポトルの紋章も確認できる。
「逃亡中も逃げ道の地形くらいはたたき込んで置かなきゃ。」
「僕には絶対に無理だな。」
場所は丁度キャンプテントの裏側。なだらかな崖に片側面を沿うようにして大きなテントが設置されていた。
「馬もいるよ。あれ使えるんじゃない?」
「そうね___」
ソアラは妙にうきうきしているライの横顔を改めて見つめ直した。
「ライ、もう一回だけ聞くけど、手伝ってもあなたに得なことはないわよ。」
「今更なに言ってんの。僕はもうソアラと一緒にフローラを助けなきゃおさまりつかないよ。」
ライは屈託のない笑みを見せる。そんな彼を見ていると、ソアラは戦局や組織が気に掛かって仕方ない自分が馬鹿みたいに思えた。彼は純粋にフローラを助け出したいと思っている。今自分を突き動かしているのもその気持ちではないか。
「よし、分かった。なら一気の奇襲作戦で行くわよ。あなたの剣の腕前、期待してるからね。」
「ソアラも傷が治ってないんだから無理はしないでよ。」
「心配無用。紫の牙の所以をあなたにも見せて上げるわ。」
二人は一度お互いの意思を確認しあい、しっかりと頷きあう。いざ!
「あ、ところで本当にあそこにフローラはいるの?」
「うっ___」
踏み出しかけたソアラの足がピタリと止まった。
「___」
急に無口になる。
「だああっ、今更気にしても始まらないでしょ!いなかったらいなかったで、行き先を聞き出すまでよ!」
「そーだねー!」
「よし!いくよ!」
二人は一気に崖を滑り降りていった。
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