2 三匹が行く!
「て、敵襲!うがっ!」
巡回していた兵士が叫びを上げる間もなく、ソアラの素早い跳び蹴りが顔面に炸裂する。
「な、何だと!そんな馬鹿な!あっ!」
一際立派なテントから一人の男が飛び出して来ると、ソアラを見て頬を引きつらせた。中年らしい顔と体型。小隊長にしては年のいった、少し太り気味の男だ。
「あっ!」
ソアラもその男の顔を見て、思いっきり渋い顔になる。
「あんたまたまた左遷されてこんなとこに飛ばされたのね!?」
「ええい黙れ!誰のせいで左遷されたと思っている!」
男は汚らしく髭の生えた頬をかきむしりながら怒鳴った。
「自分に聞いてご覧なさいな、万年中間管理職のグイドリンさん。」
彼を良く知るソアラは虚仮にするような口振りで言った。彼の名はグイドリン。もういい年なのだが未だに小隊長クラスから抜け出せないでいる。ソアラがポポトルから脱出した際に、砦役を買って出たがまんまとしくじり、内定していたはずの大隊長昇格が取り消され、こんな前線の小隊長に飛ばされらしい。
つまり二人は因縁の間柄だ。
「因縁!?冗談じゃないわ、こんな端役と一緒にしないで。」
えへっ。
「グイドリン!フローラを出しなさい!大人しく従えば暴れるのはやめてあげるわ。」
「何だと___自分の状況が分かっているのか?」
グイドリンは不適な笑みを浮かべる。だがキャンプには風が吹き抜けるだけで何も起こらない。
「は、速いよぉソアラ。」
遅れてライがやってきた。途中であさっての方向へと転げ落ちたのか、体中土で汚れている。
「で?」
何も変わらない状況に、ソアラが首を傾げて尋ねる。
「ちょ、ちょっと待て!」
グイドリンはすぐ側の大きなテントへと駆け込んだ。
「ぎゃっはっはっ、おまえまた大貧民!」
馬鹿笑いが聞こえたと思うと続けざまにグイドリンの怒声が響き渡った。
「さっさと武器を取って外にでんかこの馬鹿者が!片づけなんて後でもできるだろうが!」
「部下にも恵まれていないわけか。」
「大変そうだね。」
「今のうちにフローラを助け出しましょう。」
「そうだねぇ。」
二人はグイドリンが出てきた豪華なテントへと向かった。
「フローラ、いる?」
「え?」
テントの中、一際頑丈な梁に一人の女性が拘束されていた。薄暗いテントに射し込む光で、彼女の白い頬が淡く光っている。
「ソアラ?」
彼女が顔を上げると豊かな黒髪が流れた。そんな彼女の面影に心躍ったのは、ソアラではなく彼女についてやってきたライの方であったとか。
「助けに来たわ。」
「よく___」
「なにもされてない?」
「大丈夫。」
ソアラがナイフでロープを切り裂く間にほんの短いやり取りが交わされる。
「彼は?」
「あ、途中であったのよ。ライって言うの___」
「そうだったんですか、ありがとうございます。」
「い、いやそんな。」
フローラの丁寧で暖かな言葉にライは急に畏まり、ぺこぺこと頭を下げている。そんな彼を見て、ソアラはあたしの時と態度が違うと感じていた。
「自己紹介は後にして、今はまずここを脱出しましょう!」
ソアラは腰に結いつけたナイフを抜くと器用に回転させて言い、二人は力強く頷いた。
「ソアラ!怖じ気づいたか!?」
テントの外では数人の兵士を引き連れたグイドリン。些細な隙にすっかりソアラを見失っていたようだ。そしてソアラはここで逃げるような真似をするつもりはなかった。ポポトル軍でも最下の下に当たるような弱小小隊。逃げることはむしろ追撃の危険を伴う!
「ここだよ!グイドリン!」
「むっ!」
グイドリンがそちらを振り向いたとき、既にソアラは猛烈な勢いでダッシュしはじめていた。
「ぬうっ!」
グイドリンはそれを迎え打とうと自慢の長剣を抜きしなに振り下ろした。だがソアラはほんの僅かに横へと跳躍することであっさりと刃をやり過ごし、飛び込むようにしてグイドリンの顔に体重を乗せた拳を見舞った。
「うがっ!」
ソアラは更に尻餅を付いて倒れたくグイドリンの顔を踏みつける。
「これでもあたしが怖じ気づいてるって?」
「おのれ!」
グイドリンが身体を捻るよりも早く、ソアラは颯爽と飛び上がり、数人の兵士の中へと身を投じた。
「おまえら何をやっとる!そいつを捕まえろ!」
グイドリンの掛け声一番、しばし呆然としていた兵士たちが一斉にソアラに襲い掛かってきた。
「うわっ!」
四方から一斉に掴みかかられたソアラは素早く身を縮め、足下の隙をスライディング気味に滑り抜けた。
「そーれぃ!」
「んぎゃっ!」
兵士たちが一箇所に集まったところで待ってましたとばかりにライが突撃。鞘に収めたままの剣を豪快に横凪にし、ベチン!と言う痛々しい音を立てて兵士の腹へと打ち付けた。一箇所に集まってしまっていた兵士たちは、打撃の煽りを受けて将棋倒しのように倒れてしまう。
「何をやっとんじゃこの馬鹿ちんが!あがっ!?」
立て膝の姿勢でその光景に気を取られていたグイドリン。不幸にも彼の首筋はソアラの中段回し蹴りがヒットするのに最適な位置にあった。
「この隊長にしてあの部下ありってか?」
「ソアラ、こっち!」
声のする方を振り向くと、フローラが三頭の馬の引き綱をしっかりと握っていた。ソアラとライは示し合わせたようにそちらへと駆けだした。
「あっ!待てっ!」
「この馬は頂いていくよ。私たちのこれからと、あなたの降格を祝して!」
高らかな嘶きと共に、三匹はあっという間にキャンプを脱出していった。
「馬が無くなったら私は一体どうやって本土に帰れっていうんだ!?私の作戦を踏みにじりおって、金返せこのあほんだら!」
グイドリンの虚しい叫びだけが、風の運ばれていった。
「まあ、ならライさんは白竜軍の方なんですか?」
「へへ、そうなんだ。」
「悪いじゃないソアラ___白竜の人を巻き込んでしまうなんて。」
フローラは実に清楚な、優しい眼差しを持ち、それでいて芯のしっかりした活力ある黒い瞳を有する、男の心を擽る魅力ある女性だった。十六という年齢よりも大人びており、顔立ちは年相応だが、落ち着きを感じさせる。ソアラとはタイプが異なる。内面までは分からないが、鈍いライでさえ、フローラとソアラは静と動であるということだけは分かった。だからこそ、この二人がかみ合うのだろう。
「そうはいってもどうしても一緒に行きたいって言うからさぁ。あたしだって、ポポトルの将校と接触があった上に、勝手にキャンプを襲撃したなんていったらどんなお咎めがあるかも知れないって言ったのよ。」
「困っている人を放っておけないじゃん。」
「本当にありがとうございます。」
「やめてよ〜、照れるよ〜。」
フローラと喋るときだけ赤くなりやがって。ソアラは疎ましい目でライを見ていた。
「あ、そうだ。」
暫くとにかく白両軍の土地までひたすらに馬を進めていた三人、ようやく落ち着いたところでライが切り出した。
「二人はこれからどうするの?」
それは実にわかりやすい質問だった。
「そうね___」
ソアラは少し考えを巡らせる。
「どうしようかしら。」
「とにかくポポトルを脱出することしか考えていなかったからね。」
「元はといえばポポトルの影を暴こうと思っていたのよ。」
「影?」
ライは小首を傾げた。
「ポポトルには裏がある。確証はないけど___ポポトルが軍事国家を志し世界征服に動き出したのは何故だと思う?」
ソアラはライに尋ねた。
「わかんない。」
ああ、聞くだけ無駄だったかな?とソアラに思わせるのがライである。
「ポポトルの総帥の名前は知っているわね。」
「デュレン・ブロンズ。」
「そう。その総帥が軟禁されていると言ったらどう思う?」
「総帥が軟禁?それっておかしいよね。白竜で言ったら___アイザック・グロースタークがどっかに閉じこめられてるって事だよ?」
「そう。つまり___総帥不在の軍隊なのよ。じゃあ軍の総括は誰がやっているの?総帥補佐のギャロップは人に諂うことしかできないような強欲な男よ。そんな男にあれだけの軍隊をまとめるだけの器はないわ。」
「要するに___誰かがポポトルを裏でまとめている?」
「ポポトルは昔から軍事大国を目指してきた国よ。昔から世界征服だけを考えていた。でもそれは誰の意志?移民の中の一体どれほどが、世界征服をしたくて辺境の島に移り住むというの?」
「世界征服をしたいと思っている誰かがポポトルを作ったっていうことだ。」
「そう、そいつが今も国を裏で操っている、そう睨んだから、ポポトルの奥を見たくて内乱を起こしたって訳よ。」
「失敗したけどね。」
「そう、奥は見られなかったわね。」
そう言ってソアラとフローラは微笑みあった。辛いこともあったようだが、こうして無事脱出できた今を思えばこそ笑顔にでもなれるというものだ。
「じゃあさ、二人はこれからポポトルと戦うの?」
ライは気持ちを隠す態度、言い回しが得意ではない。二人には彼のいわんとしていることが分かりかけていた。
「戦うことになるわね。どのみち追われている身だし、このままじゃ終われない。そもそもあたしのこの色じゃ、平穏な暮らしなんて出来やしないわ。」
ソアラは艶やかな紫色の髪に手櫛を通し、日の光を浴びてキラキラと光る髪にライは目を奪われた。
「あ、そうそう。」
思い出したようにライが続ける。
「だったら白竜軍に入ったら?簡単にはいかないかも知れないけど、僕もできる限り力になるから。」
「本当、簡単にはいかないわ___何しろ私の手は血みどろだからね。」
「え___?」
ソアラの表情に影が差す。明るさが前に出ている彼女のそんな表情は、ライさえも不安にさせるものがあった。
「私はゴルガ制圧作戦の先発部隊を指揮した。何人もの人を殺している。幾らあたしがポポトルを裏切ったと言っても、白竜にとっては私はポポトルの紫の牙よ。」
ソアラは馬の横腹を軽く蹴り、やや先を行くフローラのペースに会わせるように馬を速めた。
「___」
ライは少しだけその後ろ姿を見送って、ハッと思い立ったように言った。
「でも僕は二人のこと信じているよ!」
そして急いで二人を追うのだった。
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