2  執着心   

 淳に出会ってから34年間。私は淳に、一度もむかついたことはありません。
 淳は人に向かって、攻撃する人間ではありませんでした。
 そしてそれは、私もそうだったでしょう。
 今となっては、淳と私はあまりに長い年月を影響し合ったので、
 お互いのもともとの性格がどうだったのか、思い出せません。

 淳の初カレが私にメールしてきた中に
 「あなたのいない彼女の人生はありえなかった」
 とありました。それは、私にとってもそうです。
 淳が別の淳だったら、私は別の人になっていたでしょう。
 今私の中に、優しさや思いやりがあるとしたら、それは淳が教えてくれたものです。
 高校へ行くのに、同じ駅から乗るのが淳で良かった、とその偶然に感謝します。

 34年間、淳とは良く話しましたが、淳は一度も自慢話をしたことがありません。
 淳は、人より優れていることに満足したり、安心したりする人ではありませんでした。
 決して自分に自信があったわけではありません。
 何かを目指して、何かを掴む、そういうことに情熱を持っていなかったのです。
 あるがままの自分があるがままの行動をした、だから自慢には思えないのです。
 向上心も満足感も皆無の人でした。

 高校の時は偏差値や成績に全く興味を示さず、
 年頃になっても結婚に興味を示さず、
 仕事さえも、来た仕事を受けるだけで、勝ち取ったことなどありませんでした。
 稼いだお金は、ほとんど食べる物と着る物に使ってしまいました。
 貯金もせず、将来像も夢も全くありませんでした。

 別に独身主義で結婚しなかったわけではありません。
 将来はなんとなく結婚して出産するのだろう、と思っていたら、
 なんとなく時が過ぎてしまっただけです。
 いつも「私がひろちゃんなら、専業主婦で家にいて、仕事なんかしないよ。」
 と、じたばた生きる私を不思議がりました。

 淳は、執着心というものを持ち合わせていませんでした。
 だから淳は、あっけなく死んじまったのです。
 ばかやろう。ちっとも熱くならなかった。
 淳の死にざまは、淳の生きざまそのものです。

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