17  成人式   


 1月17日に実家へ引っ越しすると決まったので、
 14日に無理矢理、淳の部屋に押しかけました。
 14日は長女の成人式があったので、朝、長女の晴れ着姿の写真を部屋で撮り、
 急いでA4のコピー用紙にプリントして持って行きました。

 玄関のカギはやはり開いていて、入ると、淳は壁の方を向いて寝ていました。
 もうひとりで生活できないと断念した淳は、さらにやせ細っていました。
 「成人式はどうだった?」と聞くので写真を出すと、
 枝みたいな手で受け取って、長女の写真を見てくれました。
 「なな、おめでとう」と、いつまでもいつまでも見ていました。
 あまりにも長く見ていたので、
 ホンモノを連れて来たら良かった、と後悔しました。今でも後悔しています。

 淳の部屋は、淳の愛でた物であふれていましたが、
 部屋を引き払うと決めた今、それらを捨てるしかありませんでした。
 形見に何かもらおうとあせりましたが、実際には不可能でした。
 淳の家具は趣味の良い物でしたが、狭い我が家には必要ありません。
 運ぶ手配をする時間も手間もありません。

 もうすぐ結婚する姪にも電話しましたが、必要ありませんでした。
 あとで考えると、死者の家具を嫁入り道具に、なんて、
 縁起の悪いことなので、断ってくれてよかった。
 でもその時は、淳の家具を手放したくない思いでいっぱいでした。

 業者に頼んで、見積もってもらったところ、
 ¥5万くらい払えば処分してくれるということでした。
 悲しい処分は、死への旅立ちの準備です。
 残りの物はコンテナに詰めたまま、未だ倉庫で眠っています。

 淳は、冷凍庫に中村屋のカレードリアがあるから、それを食べよう、と言いました。
 刺激物を食べると肝臓が暴れるので、カレーは御法度だったのですが、
 淳は禁を破って、どうしても食べたかったようです。
 私はお腹いっぱいでしたが、淳が残した2/3をつきあって食べました。

 淳はグルメだったので、いろんな美味しい物を教えてくれました。
 淳との思い出のシーンは、いつもおいしい食べ物とリンクしています。
 その淳と最後に食べたのが、中村屋のカレードリア。
 「意外にうまいな」と私が言うと、淳はいつものように、満足気でした。

 4日後には引っ越しだったので、ここで会うのはこれが最後だ、と淳も私も解っていました。
 でも、その日は特別なことは何も話しませんでした。

 じゅんさよならいままでありがとう
 >そんなこと、言えない。

 温熱便座を返品するために、紐で結んで、持って帰りました。
 「じゃあ、横須賀に会いに行くからね。」と言って、部屋を閉めました。
 そして重い便座を抱えて、夕暮れの道をとぼとぼと歩きました。

 そうか、淳はもういないのか。
 あれが本当に、今生の別れだったんだな。        

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