16  オムライス   


 こんな状態になって、1人で生活するのは不可能ですが、
 淳にとってはあたりまえのことだったのでしょう。
 ただ、実家だと目の前に料理が並び、それを一口か二口食べることが出来ますが、
 1人だと食べたい物を食べたい量だけ用意しなくてはなりません。
 そうすると、自ずと「食べない」という選択肢になるわけで、よろしくありません。

 1月6日に、私がどうしても行くと言ったので、
 「どうしても来るなら、オムライスを作ってくれ」
 と言われ、ご飯とタマネギを持って行きました。
 オムライスは、私の得意料理です。
 くいしんぼうの淳が最後にリクエストしたのがオムライスだったとは、
 オムライスが好物だったからではないでしょう。

 淳は弱々しく起き上がり、私が作った小さなオムライスを全部食べました。
 テーブルに座ると、いつもの淳で、話が盛り上がりました。
 うちらはやっぱ、「あ、うん」の呼吸です。
 身体は弱っていても、会話のタイミングはいつものままです。
 こんなに弱っているのに、普通に会話できるのが、うれしくもあり、奇妙でもありました。

 帰る前にトイレに入ると、便座が冷たく、飛び上がりました。
 便をした後、処置して汚れるので、カバーができない、とのことでした。
 帰って夫Tに訴え、すぐに温熱便座を配送しました。

 ところが配送後「悪いが、あれはもう要らない。ここを引き払う。」と、電話がありました。
 淳は、民間療法に通うために世田谷に帰ってきたのですが、
 電車に乗って市ヶ谷にいくことはもとより、
 駅まで歩くこともできなくなっていることを、3日で認めたのでした。
 そうなるともう、ここにいる意味がありません。
 
 ついに1人で暮らすことを断念し、
 UR賃貸住宅を引き払って、家に帰ることにしたのです。
 それは良かった、と皆、安堵しました。引っ越しは17日と決まりました。                    

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