13  民間療法   


 淳は抗がん剤治療を止めてしまいましたが、
 治療を何もしなかったわけではありません。
 淳は、こっけいなほど、民間療法を信じました。
 ビタミン療法や温熱療法、丸山ワクチン、こんにゃく療法などに
 残された時間とお金を費やしました。
 
 淳があまりにも熱心にその効果を語るので、
 「そんなもん、効かへんで」とか「それって、だまされとんちゃうか」とは、言えませんでした。
 でも今思えば、絶望の淵に立たされて、何もしないで泣いているだけの淳だったら、
 回りの者は、さらに苦しかったでしょう。
 淳は、民間療法を信じているパフォーマンスを演じることによって、
 私達を安心させたかったのかもしれません。

 Nクリニックに定期検診に行くと、腫瘍マーカーが下がっていることがありました。
 ぬか喜びする淳に、ドクターは「しかしながら必ず死にます」と付け加えました。
 「Nクリのドクターは、情け知らず。Nクリのドクターが憎い」と、淳は逆恨みしました。

 民間療法では、そんなことは言わないでしょう。
 「私が治してあげます」「かならず治りますよ」「いっしょに治しましょう」
 無責任な治療実積をまことしやかに言ったに違いありません。

 今思えば、それでいいのです。
 現実などどうでもいいのです。
 その言葉が癒しになり、ヒーリング効果があるのです。
 エステや占いも同じで、自分のために割いてくれる時間の対価なのでしょう。

 9月になると、時々、突然の発熱にうなされるようになりました。
 10月になると、週のうち3日寝込むようになりました。
 8度程度の熱でも原稿をあげましたが、
 さすがに締め切りが苦痛になり、徐々に仕事を受けないようになりました。

 がんが再び暴れ出したことは明らかです。
 ここで淳は、そのことをお母さんに知らせることができずに苦しみました。
 淳はずっと、何でも1人でできる、親孝行な長女を演じて来たのです。

 「あんたが回復するなら、見栄を張り続けていてもいいけど、
  絶対的な結果が待っているんだよ。
  いつかは期待を裏切らなきゃいけない日がくるんだから、
  嘘をついちゃダメだよ。さらに悲しませることになるんだよ。」
 と、必死で説得しました。

 何よりも大切にして来た両親なのに、自分が嘆きの元になるなんて、
 どんなに悔しくて、情けなかったでしょう。
 人知の及ばない病魔は、絶対的な挫折でした。                    

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