アンコール遺跡 

    
 
 


 肝心のアンコール遺跡は、
 さすが、なかなか見応えがありました。
 
 この遺跡がすばらしいのは、
 12世紀にヒンズー教の寺院として造られ、
 その後、政権が変わり、
 そのまま仏教寺院として使われたことです。
 
 トルコのアヤソフィアなんかも、
 キリスト教の教会をそのまま
 イスラム教寺院として使用しています。
 
 政権が変わって、宗教が変わっても、
 お祈りする場所は変わらないんですよ。
 仏教国日本では、考えられません。
 
 その強引な使用具合が、
 唯一無二の異様な光景を醸し出しています。
 しかもその後、プノンペンに遷都したので、
 アンコールは、何世紀も捨てられ、放置されていました。
 
 街が無くなり、誰も住んでいませんでした。
 ただのジャングルの中にある岩だったのです。
 そこが、鎌倉や京都と違うところです。
 
 それが、19世紀にフランス領になった時に、
 フランスが見出し、保存しました。
 ところが、先の内戦で、共産主義の奴らは、
 ここに逃げ込み、戦い、地雷を埋め、
 さらに破壊が進んでしまいました。
 ほんと、カンボジア人、バカヤローですよ。
 
 アンコール遺跡は、ほとんど解体寸前です。
 日本を中心として、各国が力を合わせて、
 修復工事を行っていますが、
 修復された場所は、場違いに新しく、
 違和感を放っています。
 
 アンコール遺跡の廃墟の中でも、
 圧巻なのは、木の根で覆われた遺跡です。
 ジャングルに隠れていた間に、
 鳥が屋根に止まり、糞をします。
 その中に、木の種があるわけです。
 
 そしてそれが石を覆う苔や雑草から養分をもらい、
 大きくなり、芽は上へ、根は下へ伸び、
 ついには、遺跡全体を覆ってしまいます。
 何百年もかけて、
 遺跡を包み込んでしまっているのです。
 
 天空の白ラピュタのエンディングそのものの
 姿が、ありました。
 宮崎駿は、ここに来たよね?
 そして、インスパイヤされたよね?
 
 どんだけの確率で、
 この異様な光景ができあがるのでしょうか?
 1カ所や2カ所じゃありません。
 あっちもこっちもです。
 
 何の樹、ということはありません。
 楢やガジュマロ、椎の木など、さまざまです。
 しかも、遺跡を包む大木は、
 強い太陽の日射しを浴び、金色に光っています。
 
 この樹をどけると、遺跡は崩れます。
 この樹を放置しても、遺跡は崩れます。
 いやその前に、普通、こんな遺跡は、
 とっくに壊れているべきです。
 
 何千年もの間、地震が1度も起きていない、
 という証明でもあり、日本人には、
 そっちのほうが信じられません。
 
 しかしこの光景こそが、
 「アンコールヘ行け!」と言わしめる所以です。
 1つ1つは、たいした写真にはなりません。
 それぞれ違う形の木の根で覆われた異様な遺跡が、
 何戸も何戸も、しつこく押し寄せてくるのです。
 
 苦しみ、苦しめられ、それでも共存していて、
 いずれ破壊されてしまう、という、
 その滅びの美学と、生命の神秘が、
 胸を打つのです。
 
 ちっぽけなジブン、人間が生きている時間の短さ、
 そういうものを樹から思い知らされるのです。
 国旗の真ん中に描かれているアンコールワットは、
 それ自体は、美しい遺跡です。
 
 アンコール観光が年間200万人の人を呼ぶ魅力は、
 アンコールワットの美しい建物だけではない、
 ということが、行ってみて分かりました。
 
 

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