13  今までありがとう

  
 幸いなことに、姉は痛みをあまり感じていませんでした。
 モルヒネで紛らわしているのか?と聞くと
 「いや、アモバンだけ」と言いました。
 姉は最期まで毅然とし、頭がしっかりしていました。

 長女が無事建築科に行けたことと、私の竹馬の友Jが退院したことを喜んでいました。
 そして姉はまた、すうっと眠ってしまいました。
 このまま死んじゃうのかな??と思って見ていると、
 10分ぐらいして、また目が開きました。

 「ああ、生きてる。生きてるんだ。ねえちゃんが生きてる、っていいなあ。」
 と、感動して、泣けました。
 姉の前で泣いちゃいけない、と思うのに、泣けました。
 このときのことを思いだすと、また書きながら泣いてしまいます。

 私「ねえちゃん、あんとき、ありがとうな。
   次女がお腹にいて、出血した時、すぐに来てくれて、ありがとうな。」
 姉「そんなこと、あったっけ?」
 私「ほんで1人で幼児3人連れて、ディズニーランド行ってくれたやん、
   あんときありがとうな。」
 姉「ああ、あんときな。」
 と、姉は遠い目をして、また眠ってしまいました。

 またしばらくすると、すうっと目が開いたので
 私「ねえちゃん、あんとき、ありがとうな。
   次女を産む時、長女を1週間預かってくれて、ありがとうな。」
 姉「ああ、あんときな。」
 私「それから、夫Tが、六甲のアパートにねえちゃん来てくれて、
   あかちょうちんのサラダ持って来てくれて、びっくりした、って。」
 これは1976年のことです。
 姉は弱々しい腕を宙に上げ、「『ん、これ』て渡したんや。」
 と、遠い目をして言いました。

 私「それからねえちゃん、あんときありがとうな。
   酔っぱらって部屋で吐いた時、
   ねえちゃんの部屋からやってきて掃除してくれたやろ、
   あんとき、ありがとうな。」
 姉「あんたいつも酔っぱらってたから、いつのことかわからへん。」
 私「スピーカーにゲロしたんやん。
   ねえちゃん『こっちまで吐きそうや』言いながら、拭いてくれたやん。
   あんとき、ありがとうな。」
 姉「あんたいつもゲロしてたから、いつのことかわからへん。」
 と言いながら、また眠ってしまいました。

 姉はもうだいぶ疲れたようで、起きている時間がさらに短くなってきました。
 少しでも長くいたかったのですが、もう限界なようでした。
 目を開けた時に、私の相手をしなくてはならないのが辛そうです。
 でもたぶん姉は、私がいたのは5分くらいにしか感じていないでしょう。
 私の存在が姉に疲労を与えているなら、もう帰るしかありませんでした。

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