12  睡眠と覚醒

  
 病室を何度か見に行ったのに、姉は一向に起きる気配がないので、
 ベッドのそばに座り、眠っている姉を見ていました。
 姉の白髪の部分は、根元の所からほんの2センチほどしかなく、
 姉が臥せってからの時間の短さを物語っていました。

 姉の目が開き、私を認識しました。
 姉はいきなり「母さんから、ひろちゃんが昨日の先生の説明を聞きに来る、
 って聞いたから、待ってたのに」と、ぶつくさ言いました。
 それが、ほとんど唇を動かさないで言うので、聞き取れませんでした。
 その意味は、あとで母の話から解ったことです。

 すぐに、「それは勘違いだよ。」とか「いや、もともと今日しか来れないし。」
 とか言えば良かったのに、きょとんとしたまま、聞き流してしまいました。
 しかもあとで判明しましたが、それは姉の勘違いではなく、
 「ひろと先生の説明を聞きに行く」と、明確に母の送信メールが残っていました。
 この話を無視したことは、今でも後悔しています。

 姉はゆっくりと手を伸ばして、私の頬をさすりました。
 伸ばした手は弱々しく、骨と皮だけになっていました。
 にもかかわらず、お腹は、臨月の妊婦のようにぱんぱんに膨れていました。
 姉の顔を見ただけで、死期が迫っていることを感じました。
 どんなに希望を持っても、その予感は逃れようがありませんでした。
 それでも、4日後とは、ゆめゆめ想像しませんでした。
 もう一度、GWに会えるか?どうかな??
 母の喜寿(10月7日)のお祝いは無理かな?と思っていました。

 姉と少し話すと、姉はすうっと眠ってしまいました。
 たぶん姉は、眠っている自覚などなかったと思います。
 もうすでに、意識がもうろうとしている状態で、
 起床とか睡眠とかそういう時間軸で動いてないことを悟りました。
 姉は、ただもう本能のまま、最小限のエネルギーで生きていました。
 人は、ああやって、睡眠と覚醒を行ったり来たりして、
 ついには目覚めなくなってしまうのでしょう。

 姉が再び覚醒したので、病状を聞くと、姉の病名は「腸閉塞」でした。
 腸が閉塞して、詰まってしまうので、お腹がぱんぱんに膨れてしまうのです。
 翌日に手術する、ということだったので、
 それが済めば、またもとどおりになると信じていました。

 でも、あとで考えると、もうすでに内臓は石のようになって、
 何も吸収しない状態だったのです。
 点滴を入れないと生きることはできませんが、
 入れた栄養は、排泄されることなく、お腹に貯まっていくのです。

 水分を吸収しない姉の唇はかさかさになり、かさぶたができていました。
 姉が話している言葉も、なかなか聞き取れませんでした。

    NEXT→ 

 もどる