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少子高齢化は我国にとって大きな政治課題である。子作り子育てが奨励され様々な支援策が検討されている。しかし、子育てはそんなに生易しいものではない。週末の早朝8ch「テレビ寺子屋」で
何回か子育てにまつわるテーマが取り上げられた。 |
講師が語る苦労話の例を聞きながら、会場にいる母親達は皆涙を流している。たった一つの例え話にもそこにいる大半の人が共感してしまう。誰もが思う「子を持つ幸せ」とは裏腹に、誰にも言えない子育ての苦労。それを察してテレビの前の子育て経験者達も、ついもらい泣きしてしまう。
そんな番組の中で、ある講師の講話に共感した。受け売りになるが是非とも紹介したい。
子育ての過程で最も大切なことは0歳〜3歳の時期に「自己評価」即ち「自己肯定観」を持たせることだ。具体的には「私は存在価値がある。」「大切な人間だ。」「必要な人間だ。」「生きていていいんだ。」「私は私のままでいいんだ。」という認識だ。
そう言えば公共広告機構のコマーシャルで「命が大切」と何万回教わるよりも、「あなたが大切」の一言が・・・と言っている。また以前に小学生を殺し首を切り取って校門に掲げたある中学生(当時)が「自分は透明な存在だ。」と言っていた。いずれの話も「自己肯定観」に繋がっている。
因みに子育てのステップの続きは4歳〜6歳で
しつけや生活習慣を身につけること。規則正しい生活や社会のルールを教える。7歳〜勉強を始める。自己評価があり生活習慣が身につくことで、様々な疑問や未知のものへの興味がわいてくる。昔は自己評価ができている前提でしつけや知識教育が行われていた。しかし、自己評価・自己肯定
ができていないと「心の問題」が生じることや、そのような状況でしつけや勉強を教えてしまうと、かえって自分をボロボロにしたり、教えれば教える程逆行してしまう子がいることが判明している。
親に必要なことは子供の自己評価が下がってきた時のサインを見落とさないことだ。「どうせ私なんか存在価値がない。いらない人間だ。生きている価値が無い。死んだ方がマシ。」のように「どうせ・・・」という言葉が出てくるようになる。その場合、叱らないで見守ることが大切。
叱っても良い子とは
(1)良い意味で自信があって何事にも前向きな子。
(2)のんびりして大らかな子。叱ってやらないと気づかない子だ。
一方叱ってはいけない子は
(1)気が小さくて臆病な子。叱ったら萎縮してしまうので。
(2)ここが問題の自己評価の低い子だ。いじっぱり。頑固。可愛くない。ナイーブ。反発するタイプ。一番叱りたくなる子だが、実際は叱るとすぐに傷ついてしまう。
こういうことに親が気づくのはおそらく10歳〜15歳位になってからだ。しかし、けっして手遅れではない。気がついた時点でしっかり付き合って行けばやり直せる。
(1)まわりの人から大切にされること。
(2)叱らないで見守ること。
(3)叱らないで教え諭すこと。
を実行することが大切だ。
父の日は必要か?昔は母の日しかなかった。当然である。結婚して夫婦になる。やがて子供ができる。夫は社会に出て貢献し、様々な形で自己実現をはかる。結婚や子供を得ることさえ自己実現のひとつになる。
母親は大半が専業主婦だった。炊事、洗濯、掃除に夫や子供の世話。場合によっては年寄りの世話まで。。。
育った家庭ではお嬢さん。就職したら職場の花ともてはやされた生活が結婚で激変する。自己実現のかけらさえ見あたらない。
せめて週末、夫に愛されるひと時だけがやすらぎで、子育てや年寄りの世話は文字通り戦争だ。鬼の心が芽生えそうに
なるのを必死に押さえ。。。いや時折噴火はするが、何とか人の姿でいたいとがんばる。
こんな母がせめて達成感を味合えるイベントが、娘の結婚式の花束贈呈とこれに伴う感謝のことばであろう。しかし、これでは生涯一度だけ?2人いれば2度か?娘がいないとどうなるの?いろいろあるので、平等に毎年1回感謝の日があることはとても良いことだと思った。従って父の日はいらないと思っていた。
とはいうものの父の日のおかげというエピソードが一つある。
個人差はあると思うが、私の娘は小学校4年生で一緒に風呂に入らなくなり、中学校で一緒に外出しなくなり、高校ではついにあまり話さなくなった。これが反抗期だろうか。
| ところが20歳頃だったと思うが、突然父の日に、しゃれたボトルに入ったお酒をプレゼントされた。反抗期終結宣言だったようだ。 |
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今日は父の日だ。母の日、敬老の日、バレンタインデー、ホワイトデー、
こどもの日、ひな祭り、クリスマス等プレゼントや商品の購入が義務付けられた記念日が随分増えた
ものだ。
これに中元、歳暮も加わってデパートやスーパーでは1年中販促イベントに事欠かない。
国民生活も豊かになり、自分では欲しいものも無くなったので人に買ってあげたいという消費者の気持ちと、必要なものだけ売っていたのではもう売上が伸びない流通産業のニーズが一致したところで成り立っているシステムと思えるから今は良いのだが。。。
今後、富の二極化が進み脱物質文化を求める若者も増えてくると思う。そういう人達にとってこのような記念日と人間関係のしがらみがプレッシャーにならなければ・・・と思う。