エピローグ
光が消えた。空に立ち上っていた光が全て消え失せ、クリムゾンサークルが耳に残る騒音を響かせて消滅する。そして、目の前にはなにもなくなっていた。
「クーザーマウンテンが___」
大地はまだ震えの名残を漂わせ、爆音は耳にこびりついて離れない。だがそれ以上に、今の目の前の景色が皆の心を釘付けにした。
「なくなった___な。」
サザビーや棕櫚でさえ、ただ呆然としていた。目の前に聳えていた大理石の山が、跡形もなく消し飛んでいたのだ。そればかりか、大地は深く削り取られ、椀状に窪んでいた。
「フュミレイがやったんだ。」
ただ一人だけ、百鬼はいやに落ち着いていた。彼女の死を目の当たりにしても、憎らしくなるほど心が平静で、落ち着いていた。それは___光の筋を昇っていくフュミレイが彼に全てを教えてくれたから、そう思えた。
「フェイロウも、アヌビスも、全部あいつが消し飛ばした。あいつ自身の命で___」
百鬼は目を閉じて空を見上げた。
「けじめ___ですね、彼女なりの。はじめからこうするつもりでリングを奪った。」
「自分を犠牲にしてアヌビスまでも葬るなんて___」
フローラはまだ信じられない様子。ただそれは、クーザーマウンテンが消えたことではなく、フュミレイが死んだということがだ。
「思い詰めるものがあったんだろうな。まあ、これで当面の恐怖は超龍神だけ___」
「いや、違うな。」
サザビーが取りだした煙草を横からアモンがかすめ取る。
「封印が解けたぜ、とんでもない封印がな。」
アモンは呪文で煙草に火を灯し、錆び付いた煙を胸一杯に吸い込んだ。
「でも誰もいないよ?」
ライは真剣な顔で辺りを見渡す。人影はこれっぽっちもなかった。
「アヌビスそのものがクーザーマウンテンに封じられているなんて、誰も言っていないし、どこにも書いてないぜ。」
アモンはゆっくりと、自爆で生まれた窪みの淵へと進んでいく。
「どういうことだアモンさん___?」
百鬼は強く問いかけた。
「忘れていた俺も迂闊だった。セルセリア出身なら、このことはしっかり記憶しておくべきだったんだ。」
アモンは足下の石ころを、窪みに向かって蹴飛ばした。石は斜面を弾むように転がり落ち、窪みの底へ___
ボチョン___
そして水の深みへ落ちていく。そう、窪みの中心には池があった。まるで鏡のように澄んだ水を湛えているのに、決して底を見ることができない池が。
「なんだ、ありゃ?」
皆はアモンの側へとやってくる。どう考えても不自然な池を見て、サザビーが煙草をくわえたまま呟いた。その問い掛けの答えをアモンは迷うことなく、はっきりとした口調で言いきった。
「魔導口(まどうこう)だ。」
___
ケルベロスの東海岸から海を越えた先に、「聖域」と呼ばれる伝説の土地がある。
その名はセルセリア。
神の声を聞き、神の導きを知る土地。
雪降りしきる神秘の土地の大社、その大奥で、一人の女が目を閉じていた。
「扉が開かれた___」
憂いに眉をひそめた彼女は、決して瞼を開くことはしなかった。
その日、ケルベロスが他国からのあらゆる軍事力の撤退を宣言した。すなわち事実上の敗戦である。原因はアドルフ・レサの失踪による。あまりにも唐突で、影武者の用意すらなく、情報の歯止めもできなかった。共に消えたフュミレイ・リドンにはすぐに懸賞金が掛けられ、大陸全土に手配が呼びかけられた。
あまりにも不意な形であれ、ここに一つの戦いは幕を閉じた。しかし___
アヌビスの封印は解かれ、新たなる戦いが幕を開けたのである。
「ゆくぞ、アヌビス様の側へ。」
超龍神は徐に、黒鳥城の玉座から立ち上がった。
第2部へ続く!
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